第六章3 『準備しよう』
魔界では魔王のよくない噂が立っていた。
同時に、魔王も調子を落としており、心配した護衛衆と秘書は「魔界舞踏会」の開催を決定する。
舞踏会を通じて魔王のリフレッシュと、権威の維持を実現しようという狙いだった。
「魔界舞踏会?」
自身のことで迷っていても魔王としての仕事は増えていく。そうなれば、嫌々やっていた魔王としてもいられなくなり、俺はまた、この世界でも存在がなくなってしまう。
そう思って、久しぶりに職務を再開しようとしたが、執務室で待っていたサキさんの一言に驚いた。
聞きなれない単語に聞き返すと、彼女は笑顔で頷く。
「はい。魔界舞踏会です」
「舞踏会……」
まるで王族みたいだな。
「魔界舞踏会は、代々伝わる由緒正しい行事です。魔王城の大広間で行われ、幹部も下級魔物も肩を並べて楽しめる宴会になっております。先日のビーストとの会談の成功を祝って、この度の開催を決定いたしました」
……魔王の趣味みたいなものだろうか。
「魔王様も、舞踏会を楽しんでくださいね」
「あ、うん……」
そうか。やっぱり、みんな気づいてるよな。
こんな俺のために、本当に嬉しい……。
「俺は何をすればいいかな?」
「あ、魔王様は何もせず、当日を待っていてくだされば……」
何もせず、か。
悪気はないけど、少し刺さる言葉だった。
「でも、さすがに何もしないわけにはいかないよ。手伝えることはないかな」
それでも、役目がほしい。
魔王としてではなく、この場にいる証拠があればいい。
せめて、何かをして、頭の中に残り続ける勇者の言葉を忘れたかった。
「で、でしたら……その、今回の舞踏会は魔王様に従う魔物たちが参加する大きな行事ですので、名簿の整理を、お願いできますか?」
「わかったよ」
その日から、舞踏会の準備は急ピッチで進められることとなった。
俺も一応の役割をもらい、慣れた執務室で名簿に目を通していく。
「スライムにゴブリン、コロボックルにオーク……こんなにいたのか」
名簿を眺めると、いかに自分が無知だったか痛感させられる。そこに書かれている魔物の名前は、魔王に支持する者達。
ビースト解体の影響もあり、ビーストに所属していた魔物の名前も増えている。
「……」
ハーピーの事も、事前に調べておけば……。
「セイレちゃん、ちょっといいかな?」
「あ、はい。何でもお申し付けください」
今日から当番制の護衛担当になっているセイレちゃんは、執務室の扉の近くに控えており、彼女に色々と訊ねてみることにした。
セイレちゃんは確か、魔王に代々仕えてきた種族だったから、魔王近辺のことに詳しいはずだ。
「この、コロポックルとは会ったことがないんだけど、どういう種族なの?」
「え、えっと、コロポックル族は温厚で戦いを好まない種族、です。魔王城周辺の林に住んでいて、自分たちと同じく、代々仕えている種族の一つ、です」
そうか……。
「じゃあ、役職についてるのかな?」
「い、いえ。彼らはとても小さな妖精ですので、職務を全うできません。しかし、その代わりに、魔王城周辺の地域を監視していて、侵入者を通達してくれます」
いわば、監視カメラの役割のようだ。
「あ、あの、魔王様……」
「ん?」
「えと、魔王様はとても頑張ってくれています。どうか、自信を持って、ほしいです」
セイレちゃん……。
「自信、か」
あの日、勇者に会って以来、奴の言葉が離れない。
『やり直すんなら、ここでやり直してみりゃいいんじゃねえの?』
やり直す。
普通は、簡単にできることじゃない。でも俺は、その権利を手にしてここにいる。
出来ることなら、やり直したい。
だけど、元の世界に戻りたいって気持ちも、捨てきれない。
『そもそも、人生を巻き戻してくれる保証がないじゃん』
俺だって、あんな上手い話を全て信じてるわけじゃない。
だけど確かなのは、ここにいること。
あいつの言うとおり、やり直すことはできる。
しかしそれは、魔王としての人生だ。それも偽物の魔王としての人生。恨まれ、狙われる人生。
やり直したいと、思うか?
「ま、魔王様」
セイレちゃんの言葉に顔を上げると、彼女は真剣な瞳でこちらを見ていた。
「どうしたの?」
「……自分は、魔王様のためであれば、命を懸けます」
「――!」
「うまく、言えないですけど、自分は迷惑だなんて、一つも思いません」
そうか、あの時……聞かれてたのか。
「……ありがとう」
その言葉に、少しだけ胸のつっかえが取れた気がした。
幾日か過ぎ、一週間後の舞踏会の準備が整った。
あとは当日を待つだけ。執務室でルーティンワークのように書類整理をしている。
セイレちゃんは休憩中で、執務室のソファで横になっている。
コンコン。
そんな静かな空間にノックの音が小さく響いた。
「どうぞ」
「魔王様、失礼いたします」
「サキさん……」
ハーピーの件以来、なんとなく距離を取ってしまっていたけれど、ここ最近は元の距離感に戻りつつあった。
「体調は、いかがですか?」
サキさんが心配そうに訊ねてくる。
今思えば、サキさんは他の魔物にこんな表情をしていない。秘書だから、かもしれないけど。
「大丈夫、だよ。……あの、一つ、いいかな?」
だから、口を突くように出てきた。
「な、なんでしょうか?」
「俺って、魔王として相応しいと思う?」
「……もちろんです。あなた様は、人の上に立つべき方です」
言い切られてしまった。しかも、驚くこともなく……。
「私は、あなたが例え人間であったとしても、忠誠を誓えます」
「――!?」
「え、えっと、例え話です。で、でも、それくらい私は――」
「……ありがとう。サキさん」
この言葉がほしかったのだろうか。
自分で自分のことがうまく把握できていないが、今はこれで十分だった。
「あ、その、資料をお持ちしただけ、ですので。失礼いたしますね」
サキさんは顔を少し赤くし、慌てて部屋を出て行った。
しかし、彼女が戻ってくることは、なかった。




