第一章5 『お側付き護衛衆』
【2017年10月2日改稿。キャラの描写を詳しくしました。】
【2018年1月19日改稿。内容に変更はありません。見やすくしました。】
魔王となってしまった社畜の俺は、どうにか初めての魔王としての仕事を終えた。
しかし会議を終えても気は抜けず、魔王と直轄のみが入ることのできる魔王の寝室へと出向き、そこで俺もサキさん達も力が抜けた。
「あ、危なかった……」
「魔王様、助かりました。あの機転がなければ、ボロを出していたかもしれません」
サキさんはペコペコお辞儀する。
「とりあえず、大丈夫そうかな?」
「はい。次の定例会議は先ですから、幹部達に怪しまれるリスクはないかと。これからのことも、私が対策を練りますから、魔王様は安心して、記憶を取り戻してください」
「ありがとう、サキさん。サキさんが秘書でよかったよ」
「そ、そそそんな勿体無き御言葉です!」
記憶が戻ることはない。
これから、思い出すのではなく、知っていく必要がある。
本当なら、投げ出したかった。
以前の俺は、辛いから逃げて線路に飛び込んだ。
でも、今は魔王。
権力を願って、それを手に入れた。
こうなってしまえば、簡単に自分の命を捨てられるはずがない。
俺のことを、必要にしてくれる人がいる限り、俺の命は、俺だけのものじゃないんだ。
「……」
こんなこと、わかっていたはずなのに。職場でいいように使われてたせいで、忘れてたのかな。
なんにせよ、これからは魔王として、生きていかないといかないのか。
プレッシャー、半端ない。
今更、胃が痛くなってくる。
不安だ。
「ねーねー魔王様、記憶がないんでしょ?」
「ん?」
一人で不安を感じていると、護衛衆から注目を浴びていた。その一人、やけに小さな赤い羽を生やす少女がマントを引っ張ってくる。
「おい、フェニックス! 敬語を使え!」
「フェニックス?!」
首無しの騎士が怒鳴るが、それよりも彼女の正体に驚いた。
この小さな子がフェニックスだと言うのか?
そういえば、ミノ子さん以外の人は、ほぼ初対面だったな。
お側付き護衛衆、魔王のボディーガードのようなものだろうか。
「サキさん、彼らを紹介してもらえませんか?」
「やはり、彼らのことも覚えていないのですね……」
「なんと残酷な!」
サキさんの言葉に、首無しの騎士は嘆きの声をあげた。他の護衛衆も、どことなく残念そうだ。
これまで、彼らが忠義を尽くしてきた魔王が自分たちを忘れたとあれば、どんな思いか。俺でも想像がつく。
「みなさん、一人一人、自己紹介をお願いできますか?」
サキさんは護衛衆に提案し、彼らは頷いた。
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「では、我から」
先陣をきり、首無しの騎士が頭を脇に抱えたまま、前に出てくる。
性別がはっきりしないが、黒い鎧に身を包んだ体つきと渋い声から、男性であることがわかった。
「我は、護衛衆の一人、デュラハンでございます。魔王様が記憶を失われたとしても、我が忠義は揺らぎません」
「あ、ありがとう」
「もったいなき御言葉!」
デュラハンさんは、そう言ってから引き下がった。
この忠義は、胸が痛む。
「次はわたしです」
ミノ子さんがゆったりした所作で前に出てくる。
「護衛衆の一人、ミノタウロスです。魔王様に立ち塞がる敵は、誰であろうと吹き飛ばしますから、安心してください」
「た、助かるよ」
ミノ子さんの持つ鈍器は重量を感じさせるもので、あの身体のどこにそんな力があるんだと思わせる。
やはり、あの胸だろうか。
「魔王様? ど、どこをご覧に?」
「い、いや、なんでもない」
危ない危ない。
あんな格好されてたら、揺れる物体に目が奪われないわけがない。
「……魔王様。胸なら秘書のものを見てください」
「え?」
「では、次にいきましょうか」
いま、サキさんが何か呟いていたが、聞き取れなかった。聞き取れなかったのが良かったかどうかもわからぬまま、紹介が続く。
「次はね、フェニックスのフェニちゃんだよ!」
「本当に、フェニックスなの?」
「うん! 何されても死なないし、変身したら超つおいよ?」
見た目は幼女。舌足らずでコロコロと表情の変わる天真爛漫を絵にかいたような赤い羽衣を纏う子だ。
フェニックスの要素は赤い翼くらいしか見当たらないが、変身出来ると聞いて納得した。
しかし、ここまで順応できるのは、狂気的にゲームにはまった時期があったからだ。
夏休みを使い、ゲームに没頭していて良かった。受験があって自然とやめたけど、その頃のゲーム知識がなければ、疑問符ばかり浮かべていただろう。
「魔王様は、フェニちゃんが守るかんね!」
「た、頼りにしてるよ、フェニちゃん」
そう言うと、満面の笑みを浮かべ、引っ込む。
今度一度でもいいから、変身を見せてもらおう。
「次は、あたしですね」
次に前に出てきたのは、銀色の髪をなびかせ、冷気を纏った白無垢の美女。赤い色の帯が真白の中で引き立っている。
サキさんやミノ子さんとは違うタイプの美人だ。
「あたしは、雪女ですの。護衛衆の一人として、よろしくお願いしますね?」
「あ、はい。よろしくお願いします」
「ふふっ。記憶を失われたら、途端に可愛くなりましたのね?」
「ご、ごめん」
「いえ。あたしは今のあなた様の方が好みですわ」
「へ?」
「雪女ぁぁぁああああああ!!!」
呆気に取られていると、サキさんが雪女さんとの間にはいるように立ち塞がる。
「あら? どうされたの? サキュバス様?」
「しゃあしゃあと……。魔王様は渡さないわよ!」
「まぁ……! 告白ですの?」
「――! ち、ちがっ――!」
「でも、抜け駆けはよろしくありませんわね。魔王様の正室を狙う魔物は多いのですから」
「~~~~!」
サキさんは顔を真っ赤にし、言葉にならない抗議をしているようだが、雪女さんは気にせず、こちらに手を振ってくる。
「では、よろしくお願いしますね」
「はぁ……」
なんて人だ。
あのサキさんを手玉にとるなんて……。
「…………セイレーン、です」
「よ、よろしく」
「は、はい……」
……。
声が小さく、身体も小さな半身半魚の少女。
上半身は人の肌と同じで、少しふっくらとした胸に桃色の貝のパッドをつけ、半透明のベールを纏う。
下半身は魚の尾をしており、虹色の鱗が綺麗に光っている。
体型はフェニちゃんよりは大人だが、言葉数も少なく、なにより遠い。
透き通る色の長い髪をなびかせ、かなりの美形なのだが、まとうオーラはジトッとしていた。
「セイレーンさぁん、大丈夫ですよ~」
ミノ子さんが手招きして呼んでも、フルフルと首を振る。
「い、いえ、自分はここで」
そう言った彼女は、ここに来てからずっとあの調子だった。
部屋のすみに体育座りし、チラチラとこちらを窺っては目を逸らされる。
「サキさん、彼女……」
「セイレーンは、極度の恥ずかしがりやなんです。あれがいつも通りですけど、いざとなれば頼りになりますから、心配いりませんよ?」
サキさんはそう言うが、別の意味で心配だった。
今度、さりげなく話しかけてみよう。そう、心に誓った。
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「――以上、彼らがお側付き護衛衆になります」
護衛衆の紹介を一通り終えた。
しかし、俺にはもっと気になることがあった。
本当は、もっと早く訊ねておきたかったが、そんな余裕もなかったわけで。
「サキさん、一ついい?」
「はい。質問ですね」
「……魔王として、俺は何をしていたのかな?」
「そ、そこまでお忘れに……。魔王様はこれまで、魔界を作り、魔界を統治してきました。そして次の段階に移行しています」
そこまで言われると、なんとなく理解する。
「領土の拡大?」
これは、先程の会議でも議題になっていた。
「はい。人間の住む土地を侵略し、果ては世界を魔界にしてしまう。それが、我ら魔物の悲願にして、魔王様の悲願です」
「……」
魔王がどんな存在か、把握していたけど……。
「混乱なさるのも無理はありません。ミノタウロスから聞いています。先の戦いの記憶もないとか」
「うん。もしかして――」
恐怖か、本能か、俺は全身が震えてきた。
想像でき、何故か奮い立つ気持ちが、まるで自分ではないようで、同時に気色悪い。
「ご想像の通り、人間との戦いに勝利し、都を一つ破壊したときの戦いです」
「――ッッ!」
『やめて、こないでええええええ!』
『いや、やめて――』
『ぎゃああああ!』
『お、俺は使える!奴隷でもなんでもするから! だか――』
サキさんの言葉に、赤黒く燃えたぎる炎の中、魔物に殺されていく人間の姿が鮮明に脳裏に渡来する。
大人から子供まで、男も女も関係なく、すべてを根絶やしにする光景だ。
まるで見てきたように、記憶があるかのように……。
――そうか、これは魔王の記憶だ。
でも俺は、この光景を思い出しても、なんとも思わなかった。
不思議と、いままでなら感情が動いたはずなのに、何も抱かない。
それどころか、喜びすら込み上げてくる。
なんだよ、これ。気持ち悪い……。こんなの、俺じゃないのに……。
いくらなんでも……人を嫌いになっていても、ここまでじゃないのに。
「――っ!」
「ま、魔王様?!」
もしかして、心まで魔王になってるんじゃ……。
おいおい、そんなんで、どこが俺なんだよ。
全身で根っこから魔王じゃないか。
ただ命を繋げただけで、ここにいるのは俺ではない。
ふざけんな……こんなの、あの時よりも最悪じゃないか。
俺がまた、俺だけが、ここにいない――。
ここにあるだけの存在……。
「き、記憶喪失の後遺症でしょうか……。ミノタウロス、すぐに――」
記憶? そうだよ。そうだよな。
あぁ、俺が馬鹿だった。
この人たちが俺を慕ってくれるのは、俺だからじゃない。
魔王だからなんだ。
こんなんで権力持っても、意味ないっての。
あの時、あんなこと願うんじゃなかった――。
「魔王様! しっかりしてください!」
そうだよ、魔王なんだ。
魔王でもいいんだ。だから、だからッッ――。
誰か俺を…………ここにいる俺を、見つけて。
「ッッぁぁぁぁあああああああああああ!!」
サキさんの声が聞こえた気がしたけど、次の瞬間にはわけがわからなくなっていた。