第一章4 『魔王、会議で発言する』
【2018年1月19日改稿。内容に変更はありません。見やすくしました。】
魔界の定例会議が始まり、流れるように会議は進行していく。
内容はよくわからないものが多かったが、俺はサキさんの提案通り、無言で頷き続ける。
話せば、気づかれてしまう可能性が上がるからだ。
『魔王様は以前から、あまり会議では発言しません。私が進行するので、ただ頷くだけでいいです』
サキさんの作成通り、会議が進行している。
ちなみに、この場で記憶喪失の件を知る者は秘書のサキさんと、お側付き護衛衆、そして扉近くに控えるサキュバス族のメイドだけ。
ここまでは、順調だった。
「一つ、質問があります」
「なんですか?」
手を挙げたのは、ゴブリンの男。不思議な肌の色をしている戦士で、幹部の彼は見るからに屈強だった。
「魔王様は、ご気分が優れないのでしょうか? 先程から黙っておられていて、心配なのですが」
「ゴブリン様。その質問は、会議に無関係です」
「で、ですが……」
「口を慎みなさい! 魔王様の御前ですよ!」
サキさんが彼ら以上の迫力でゴブリンの男を黙らせると、一気にシンとなった。
さすが秘書というだけのことはある。もしや彼女は、魔王の次に偉いのか?
「他に、意見または質問はありますか?」
サキさんの問いに、誰も手を挙げようとしない空気の中、一人、構わず手を挙げた者がいた。
「――!」
彼女が手を挙げると、幹部達が一斉にどよめく。ゴブリンの時とは全く違う反応だ。
「では、ハーピー」
サキさんが仕方なくといった様子で許可すると、腕が翼となっている鳥と人間を混成したハーピーは、怪しく笑って俺を見る。
「魔王様、先の戦いで得た領地、どのようにいたしましょうか?」
「そちらについては――」
「……サキュバス様ではなく、魔王様の意見が聞きたいのです」
「……!」
「ハーピー、ふざけるのもいい加減に……!」
「ふざけているのは、そちらでしょう? サキュバスさ・ま」
ハーピーは挑発するような笑顔を浮かべる。
「ふざけてるって、どういうことだ?」
「さあ? あのハーピーが言うから、なにかあるのか?」
幹部たちもザワザワと戸惑い始める。
これはまずい。
サキさんも護衛衆も感づいているようで、玉座の後方から殺気が充満してくる。
俺も悪意には敏感だから、分かってしまう。
以前なら仕事を引き受けるしか職場で生き残る道はなかったが、今は違う。
俺は魔王になってしまったんだ。
それなら、演じきるしかない。社畜の頃に培った演技力を駆使して……。
『これ、どうなってんの?』
『すみません。すぐにやっておきます!(笑顔)』
真面目に生きすぎて、自然と不満を顔に出さない演技を身に付けたんだ。魔王を演じるくらい、社内ノルマより軽い!
「ま、魔王様は体調が優れないのです。ですから――」
「よい。答えよう」
「魔王様……!」
サキさんが必死に目で訴えてくる。
だが、ああいう輩は引き下がらない。向こうは、こちらの弱い立場に気づいている可能性が高いからだ。
でなければ、あそこまで強気には質問してこない。
「領地の件だったな」
「はい」
「……これに関しては、全て秘書に任せてある」
「……! そ、それでは解決に――」
「魔王が、そのような小さな事を気にかけると思うのか?」
その言葉に、他の幹部たちは何故か声を上げる。
そこまで感心するような言い訳じゃないんだけど……まあ、いいか。
「どうなのだ?」
突きつけると、ハーピーは俯き加減になった。
「そ、それは……」
「説明を」
俺はそう言ってサキさんに視線を送り、彼女は理解して、すぐに説明を始めた。
これを見て、玉座の後方から発せられていた殺気も落ち着く。
「領地に関しては、前回の合意通り、新たな村の設置に決まっています。この件に関しては、今後も私が担当指揮する予定です」
「――だそうだ。納得したか?」
「は、はい……」
ハーピーは納得していないようだが、反論はなかった。
魔界は縦社会。これは、ここに来るまでに知った。
つまり魔王とは、現代における社長のようなもの。こう見てしまえば理解しやすい。
ならば、社長が信用のおける部下に任せるのは当然。
そこに不明点はないはずだ。
かつて職場の上司様が、偉そうに語っていたのを憶えている。ちなみに、その上司様は全て部下に任せてなにもしなかったのだが。
「他に、ありませんか?」
サキさんの言葉に反応はなく、こうして無事(?)会議を終えることができた。
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会議を終え、魔王が退室した後――。
「久しぶりでしたよね。魔王様が迫力を使ったの」
「ああ! あれでこそ俺らの大魔王様だぜ!」
皆が口を揃えて、先程の魔王に興奮していた。
しかしハーピーは、疑念を払拭できずにいる。
「どうして、誰も不思議に思わないのよ……おかしいじゃない。あんな魔王様……」
「……興味がある。お前の言葉」
吐き捨てるような独り言だったが、彼女の言葉を聞いていた男が深く重い声で話しかけてくる。
「オーガ……なに? 鬼に興味ないんだけど。つーか、盗み聞きなんて、嫌な趣味ね」
背丈の大きい鬼のオーガは、ハーピーを見下ろしてきた。
「俺も、お前のような者には興味ない。俺が興味を持つのは、圧倒的な力」
「変態ね、あんた」
「お前こそ、変態で有名。魔王のストーカー」
「――! あんた、今なんて言った?」
ハーピーは、鋭い目でオーガを睨む。
「ストーカー……ガハガハッ」
オーガが気色悪い声で笑うと、ハーピーは翼の腕をオーガの首もとにかざした。
「それ以上笑うな。気分が悪い。それと、口に気を付けなさい。魔王“様“でしょ?」
「う……それはすまなかった。お前、不思議なこと言ってた。それが気になった」
「?」
「魔王様、どこがおかしかったんだ?」
ハーピーは溜息をつき、呆れたように説明する。
「簡単よ。私はずっと見てたから、すぐにわかった。昨日の魔王様とは違う。きっと、理由があるわ」
「魔王様が、違う?」
「ええ、もう別人」
「だから、ボロを出させるために会議で質問したのか?」
ハーピーは、その言葉にムッとする。
「違うわよ。第一、魔王様に嫌がらせするわけないじゃない。私は、サキュバスのやつが説明しないから、ムカついたの。あいつへの嫌がらせよ」
「そうか……」
「はぁ……心配」
「そうだな、心配だな」