第三章7 『会談、始まる。』
【2017年9月30日改稿。読みやすく改良致しました。】
魔界四天王のビーストとの会談前日、魔王たちはビーストの領域へと足を踏み込み、彼らの拠点である大樹で手厚くもてなされた。
しかしその夜、魔王たちの部屋に間者が現れ、ビーストたちの歓迎が偽りだと理解する。さらに、ミノタウロスが夜のうちに失踪し、翌朝、魔王たちは騒然としていた。
「どこにも、いないです」
探しに行ったセイレちゃんが戻ってくると、その報告に俺とサキさんは顔を見合わせる。
嫌な予感が、頭をよぎった。
「これってもしかして――」
「間違いなく、想像の通りかと。ミノタウロスは昨晩、ビーストによって失踪させられたのでしょう」
「こんなの問題だよ! すぐに会談の場で――」
「急いてはいけません。私達が追及するのは、あちらも予想済み。返答を用意しているはずです」
「でも……」
「はい。外交において、この行動はあまりにも馬鹿げています。しかし、ミノタウロスを狙ってきたということは、ビーストは彼女が自らの意思でビーストに戻ってきたと言って処理しても不思議ではありません。彼女は元々、そういった立場ですから」
それが狙いか……。
「ですから、訊ねたとしても深く追求せずに、昨晩の間者を追及することで、私達が優位に会談を進められる状況を作り出しましょう」
「……うん。会談の段取りは、昨日と同じ?」
「はい。魔王様は、どんな時も表情を険しくなさっていてください。会談は私が進めますので、魔王様は私が合図を送った際に発言してください」
サキさんが言うには、以前の魔王はいつも表情が険しかったらしい。
その魔王は、あれ以来反応がないけど……いまは会談に集中しないとだめだな。
「わかった……」
「では魔王様、すぐにご支度を――」
サキさんに促され、納得できないまま魔王の装束に着替えた。
それから少し経ち、迎えの魔物がやってくると、そのまま会談が行われる大会議室へと通された。
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大会議室は天井に大樹の年輪が広がっている、大樹の中心部だった。
切り株のイスと長机が用意されており、既にビーストの連中は席についている。
右から三席。順に昨日会った面々が並んでいた。
ケルベロスのような三つの顔を持つ犬人間、中央にモテマッチョこと半身半馬のケンタウロス、最後に椅子に座らず立っている(?)のが蜘蛛女……たしかサキさんはアラクネと呼んでいたはずだ。
それだけではない。背後には蜂のコスプレかと疑ってしまう美人に、モグラのような鼻の長い魔物など多くの魔物が控えており、彼らは武器を手に持っている。
つまり、用意周到というわけらしい。
しかし、震えはない。オーガとの戦闘を経験していなければビビっていたかもしれないが、今は堂々と席に着くことができた。
こちらが席に着くと、対面のケンタウロスはにこやかに笑う。
「昨晩は、眠れましたか?」
「まあ、一応」
適当に返事をしておく。
なにが「眠れましたか?」だよ。
「ケンタウロス様、一つ伺ってよろしいでしょうか?」
俺は言われたとおりにしていると、サキさんが隣でケンタウロスに質問する。
「どうぞ。もしかして、ミノタウロス様の件ですかな?」
「――!」
向こうから来たか。
「はい。朝から見当たらないのですが、ご存知ですか?」
「……実は、昨晩ミノタウロス様は一人で歩いていたらしく、寝ぼけていたのか大樹から落下されたのです」
大樹から落下……そういうシナリオか。
ミノ子さんはドジだけど、そこまで抜けてないだろ。
「ケンタウロス様は、お詳しいのですね?」
「それはもちろん。彼女がアラクネに保護されたと聞いて、すぐに向かったのでね」
「では、なぜ我々には報告がないのでしょうか?」
サキさんが突き付けると、ケンタウロスは眉一つ動かさない。
「あなた方は客人。ミノタウロス様も客人だが、元は我々の同志ですからな。彼女の失態で魔王様の安眠を妨げることなどできますまい」
顔の皮が厚いことで。
完全におかしい。しかしこちらも言い切る証拠がない。
「……」
俺はサキさんと目配せした。
「では、ミノタウロスを連れてきていただけますか? 彼女にも今回の会談には同席してもらうつもりでしたので」
「それは無理です。彼女は重傷ですから、数日は起き上がれないでしょう。会談の後、医務室を案内いたしますよ」
「……それでは、仕方ありませんね」
「ご安心ください。ミノタウロス様は我々で保護しています。すぐに良くなるでしょう。彼女が回復するまでは、会談が終わった後も、我がビーストの領域でごゆっくりされるといい」
「そうですか。では、お言葉に甘えましょう」
サキさんはそれ以上の追及はしない。
これは完全に人質だ。でもまさか、こんなことをするとは。
「(魔王様、ここは冷静に)」
「(大丈夫。冷静だから)」
頭に血を上らせようとしてる相手に、そうしてしまえば思うつぼだ。
心配な気持ちを押し殺してでも、この会談に勝つ。
それが、ここにいる理由だ。
「では、会談を始めますかな?」
ケンタウロスの言葉で、会談が始まろうとする。
だが、その前に――。
「ひとついいか? 昨夜、我々の部屋に不届き者が現れたのだが」
時代劇を見ておいてよかった。
なんとなく、偉い人の口調っぽく聞こえるセリフをチョイスし、俺は間者の件を訊ねる。
「なんと。そうでしたか……その者はどこに?」
「サキ」
「はい。出てきなさい」
サキさんの誘惑の効果は持続しており、声をかけるだけでどこからともなく会議室に現れた。収納を解いたのだろう。
そして間者と思しき熊の魔物は、会議室に現れ、まだ目をハートにしている。
「目を覚ましなさい」
パチッ!
サキさんが指を鳴らして誘惑を解くと、熊の魔物は目をこすりながら気が付いた。
「――! こ、ここは? たしか俺はケンタウロス様に――ま、魔王、どうしてここに! な、なにが起こって――」
熊の魔物は慌てふためき、状況を飲み込めていないようだ。
俺は、ケンタウロスを睨み付け、出来るだけ低いトーンで訊ねる。
「これを、どう説明する気だ?」
「……」
この言葉に、ケンタウロスの顔が一瞬だけ曇った。
だが、すぐにムカつく笑顔に変わる。
「そうですか。ビーストの裏切り者のようですね」
「――!?」
ケンタウロスが言い切ると、熊の魔物は驚いたのか、突如彼の元に走り出し、泣きつく。
「ど、どういうことです! 俺はケンタウロス様の指示通りに!」
「ポイズンハニー、アラクネ、その者を始末しろ」
「「かしこまりました」」
ブシュッ!!
「――うぐっ、アラクネ様……どうして!」
ケンタウロスが指示を送ると、蜘蛛女のアラクネが熊の魔物を口から出した糸で拘束し、蜂のコスプレ美女ポイズンハニーに目配せした。
「ポイズン、やりなさい」
「はい。任せてください」
「や、やめ――」
身動きが取れないほどアラクネの糸に身体を拘束された熊の魔物は、ポイズンハニーが飛んでくるも何もできなかった。
ズブッ……!
そしてポイズンハニーの腕にある鋭い針が、動けない熊の魔物をとらえる。
「あ、ぁが……」
途端に熊の魔物は意識を失い、その場に倒れこんだ。
それを確認したアラクネが、さらに彼をダルマのように糸で包み込むと、もう熊の原型はなく、繭が転がっているだけとなってしまう。
「終わりました」
「ご苦労……裏切り者には制裁を。この者と、この種族を始末しておけ」
ケンタウロスの冷徹な言葉に、隣に座るケルベロスが頷く。
すっと立ち上がると、彼は転がった繭を担いで部屋を出て行った。
「では、再開しましょう。無粋な真似をしてしまい、申し訳ない」
その一部始終を見せられ、俺もサキさんも、後ろで控えるセイレちゃんも言葉が出ない。
切り札のはずが、こうも簡単に処理されるとは思ってもみなかった。
一口に裏切り者とするのは簡単だが、目の前で始末されてしまえば彼の独断として処理できる。
「(これが、ミノ子さんが見た……ビーストの暴力支配か)」
一つ、唾を飲み込んだ。
魔王として、魔界に君臨するものとして、正確に理解した瞬間――目の前にいるのは支配下にいたオーガではない。
魔界に影響力を与え続けてきた魔界四天王の一角、ビーストだ。
「気にするな」
「(……! 魔王様……平気なのですか?)」
以前のようにサキさんが心配してくれる。後ろから、セイレちゃんが心配する気配も伝わってきていた。
大丈夫。俺は、一人じゃない。
俺は魔王。そこだけは迷っちゃ駄目だ。信じてくれる人達がいる限り、その一点だけはぶれないようにしないと。
「さあ、会談を始めるぞ」
語気を荒くして、俺は会議の再開を促した。




