第三章6 『前夜の宴と思惑』
【2017年9月30日改稿。読みやすく改良致しました。】
魔界に影響力を持つ勢力、魔界四天王ビーストの独断専行の件を巡り、魔王とビーストの会談が行われることとなった。
その会談の前日、俺こと魔王は秘書のサキュバス、護衛のセイレーンやミノタウロスを伴い、馬車でビーストの治める領域、ジャングルへとやってきた。
そこではビーストの幹部に迎えられ、彼らに歓迎された。
「魔王様、久しぶりですな……」
俺たちは密林の中、ビーストの居住する大樹の内部に招かれていた。
そこで、明日の会談相手となるビーストの王――ケンタウロス族の族長と、謁見の間で顔を合わせている。
「(魔王様、ここは下手に出てはいけません)」
「(わかったよ)」
サキさんの小声のアドバイスを受け、俺はキッとケンタウロスを睨みつける。
正直、めっちゃ怖い。
相手もなんだか睨んでるみたいだし、ケンタウロスの族長ってすごく、あれだ。雰囲気からして強そう。
上半身は人間、しかもマッチョで胸板が以上に厚く日焼けしている。下半身は馬なのだが、同様にムキムキの四本足だ。
それに、想像していたよりもずっと、顔がイケメンだった。
総合すると、体育会系のモテマッチョだ。
考えてみれば、あれがミノ子さんと結婚しているはずなんだろ? なんか、色々とむかつく。
「(魔王様……!)」
「(あ、ごめん)」
頭の中で考えすぎていて、まだあのモテマッチョ(魔王命名)に返事をしていない。
「久しぶりだな。明日の会談、楽しみにしているぞ」
返事をすると、モテマッチョは値踏みをするようにこちらをジロジロと見てきた。
「……ふむ。そうか」
「え?」
「いえ、なんでもございません。今宵はこちらで宴席を設けています。すでに準備も整っているでしょうし、存分に楽しみ、疲れを癒していただきたい」
そう言ってモテマッチョは、ホワイトニングしたてのようなギラリと光る白い歯を見せてくる。
「さすがケンタウロス様……」
それを見ていた側近と思われる先程の大蛇の魔物や、蜘蛛女はうっとりとしていた。
女性は好きなのか? ああいうの。
そう思ってセイレちゃんやサキさんを見ると、彼女たちはドブネズミを見るような濁った目で見ていた。
み、ミノ子さんは……。
「――!」
なんと、頬を染めていた。
普通にショックだった。
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モテマッチョの言葉通り、宴席が設けられた。
飲んでも食べても満たされることのない不思議な魔王の身体だが、他の魔物は食べないと生きていけないみたいで、ビースト達は嬉しそうに食事をしている。
俺はサキさんの指示通りに何も口にすることはなく、並ぶ料理を目にするだけだった。
宴席では色々な獣型の魔物がパフォーマンスで盛り上げ、終始にぎやかな空気が保たれており、まったく両勢力の緊張状態を感じさせないことが恐ろしい。
そして宴席が終わり、用意された部屋にやってきた。
「――ようやく、解放、されました」
セイレちゃんが溜息交じりに口にした。
この部屋は来賓用の部屋らしく、広めに作られており、見たところ四人部屋だ。
大樹の中に作られたというだけあって、ほとんどの家具が木製で作られており、ベッドやソファは大量の葉がクッションの役目を果たしていた。
四人でソファに落ち着くと、セイレちゃんが再び溜息をつく。
「ケンタウロス、の、王様……相変わらず、キモいです」
「セイレちゃん、随分と毒舌過ぎない?」
「いいんですよ、魔王様。ケンタウロス族は古来から、獣型以外の魔物からは嫌われてきましたの。ミノタウロスには悪いけど、断然魔王様の方がカッコいいです。食べたいです」
「あ、あはは……」
サキさんも、不機嫌な様子だった。
「ミノ子さんは……」
「は、はい。えっと、その……すみません。ケンタウロス族はミノタウロス族にとって特別なので」
「あ、そうなんだ」
「で、ですが、今は魔王様一筋です」
そんな顔を赤らめながら言われてもなぁ……。こればかりは仕方ないけど、悔しい。
「とりあえず、明日に向けて打ち合わせをしておきましょう。魔王様、お疲れでしたら――」
「大丈夫だよ。続けて」
「わかりました。……今回のビーストの様子からすると、彼らはやはり、ミノタウロスのことを気にかけているようです」
サキさんが言うと、セイレちゃんも頷く。
当人のミノ子さんは、やはり頷いていた。
「みんな、ミノタウロスさん、見ていました」
「そうだったんだ……気づかなかった」
「魔王様が気付かないのも無理はありません。彼らは会話の途中に、一瞬ミノタウロスを気にかけるだけで、目立った動作はありませんでしたから」
サキさんがそう言って続ける。
「他に気になる点を挙げるとすれば、ケンタウロスの様子ですね。彼らにも、魔王様のことは噂程度に知られているのかもしれません」
「そ、それって、オーガの時みたいに……」
「今は大丈夫でしょう。それに、そうとなれば魔界の全面戦争になります。ビーストは他の四天王とは違い、他勢力からの信用はないので、味方を集うことも難しいでしょう」
「成程」
「まず明日の会談は、その点を上手く利用して――何者ですか!!」
「うわ!」
話の途中、サキさんが急に立ち上がって扉の外に叫ぶと、物音を立てて逃げるような声が聞こえた。
「間者、ですか?」
「そのようね。私から逃げようなんて、随分と知能が低いみたい」
サキさんがそう言って、自身の唇に手を当てる。
「誘惑の吐息……ふぅ」
サキさんが息を吐くと、そこから赤い煙が溢れ出て、まるで意思を持っているかのようにうねうねと動き、扉を貫通していった。
「つかまえました」
そして程なくサキさんは口から溢れ出る煙をつかみ、口から分断した。
「つ、つかまえたって……」
意味も分からず驚いていると、サキさんは煙を手繰り寄せるように引っ張り始めた。
セイレちゃんが扉を開くと、熊のような魔物が先程の赤い煙に身体を拘束されながら、目をハート型にしてフラフラとやってくる。
「そこに座りなさい」
「はい……」
サキさんの言うことを聞き、熊の魔物は大人しく座った。
「今からいくつか質問するわ。それに答えなさい」
「わかりました」
熊の魔物は大人しくうなずき、サキさんがセイレちゃんと共に問答を始める。
それを不思議そうに見ていたからだろうか、隣にいたミノ子さんが状況を説明してくれた。
「今のはサキュバス様の七つある誘惑術の一つです」
「誘惑術……サキュバスの能力みたいなものかな?」
「はい。そう考えるとわかりやすいです」
それが七つもあるのか……すごいな。
「あの赤い煙、『誘惑の吐息』につかまれば、魔物も人間もサキュバス様しか目に入らなくなります。命令に従い、問いかけにも応じる盲目の操り人形としてしまうのです」
「そ、壮絶だ……」
サキさんって、実は護衛衆よりも強いのか? なんか、そんな気がしてくる。
「魔王様、終了しました」
変な妄想をしていると、サキさんがやってくる。
「ど、どうだった?」
「獣型の下級魔物で、我々の動向を探るようにケンタウロスに命令された間者のようです。明日の会談まで閉じ込めておきましょう」
そう言うと、サキさんは指を鳴らして熊の魔物を一瞬で消してしまう。
「ど、どこに……」
「魔王様、心配なさらずとも彼は私が収納いたしましたので、いつでも呼び出せますよ」
収納って……もう何が何だか……。
しかし、わかったことは一つある。
「でも……これでハッキリしたね。向こうは、歓迎する気なんてなかった」
「そのようです。我々の睨んだとおりでした。セイレーン、ミノタウロス、二人は必ず魔王様をお守りするのよ。彼らがどのタイミングで仕掛けてくるかわかりませんから」
「大丈夫、です。魔王様は、絶対に守ります」
「わ、わたしも! わたしはもう、ビーストのミノタウロスではありませんから!!」
二人が意気込んでいるのを見て、こちらも気合が入った。
「明日の会談、私も全力で支えます。魔王様、どうか力をお貸しください」
「ああ。やってやるさ」
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その日の夜、魔王やサキュバスが寝ているのを確認し、ミノタウロスは一人、部屋を出た。
「……懐かしいです」
大樹の中の城。ビーストの拠点。
そこにあるミノタウロスの好きな場所は、大樹の頂上。
ここで育ったミノタウロスにとって、これほどまでに色濃く懐かしい場所は少ない。
目が冴えてしまい、この光景を見ようと考え、ふと足を運んだ。それは、覚悟でもあり、郷愁でもあった。
月明かりと星空。夜空一面の景色に息をのんでいると、後ろから足音が聞こえてくる。
「眠れぬのか?」
「――!? け、ケンタウロス……」
「もう、様を付けて呼ばないのだな」
まさか、ケンタウロスと遭遇するとは思っておらず、緊張が走る。
「わたしは、魔王様の臣下ですから」
睨み付けて断言すると、ケンタウロスは感心したようにリアクションをとる。だがこれはフェイク。ミノタウロスには分かる。
「……しかし、魔王も変わったな。噂の話、知っているだろう?」
「なんの、ことですか?」
「とぼけるな。森の奥深くにも届いているということは、他の四天王もいずれ、動きを見せることとなる。お前に一つ、訊ねておきたいことがあったのだ」
「……?」
「魔王は、記憶を失っているのか?」
その言葉に、ミノタウロスは眉一つ動かさず、答える。
「そんな噂、ビーストの英雄が信じているのですか?」
「……やはりそうか。噂は噂……しかし、魔界は揺れるぞ」
「……!」
「これから魔女や悪魔、アンデッドも動くだろう。これでは、魔王の元にいるのは利口ではない」
そう言い、ケンタウロスは目を細めた。
「なにが、言いたいんですか?」
「我が元へと戻れ。今ならまだ、王妃としてミノタウロス族を復権できる。悪い話ではないだろう」
そう言ってケンタウロスは手を差し出してくるが、ミノタウロスは考えることもせず、その手を払う。
「それが、返答か?」
「そうです。失礼します」
そう言ってケンタウロスの横を通り過ぎ、部屋に戻ろうとした瞬間、彼は一言、肩越しに呟くようにし、言葉を吐いた。
「お前の返答は、我が覆す」
「え……?」
ミノタウロスが振り返ろうとしたのも束の間、彼女の目の前に突如現れたアラクネが糸を吐いてミノタウロスを一瞬で拘束してくる。
「これ、こんなこと……!」
ミノタウロスが拘束を強引に引きちぎろうとするが、その暇もなく、頭上から毒針を携えたハチの魔物が急降下し、ミノタウロスの肩に針を突き刺した。
「――ぐうっ!」
「大丈夫だ。心配は必要ない。お前が目を覚ます頃には、全てが終わっているであろうからな」
ケンタウロスがそう言って笑った。
目がかすみ、意識が遠のいていく。毒が全身に回ってきたようだ。毒自体はミノタウロスの身体に害はない。しかし、身動きが取れなくなるのは防げなかった。
「(魔王様……どうか、お逃げください…………!)」
ミノタウロスは意識がなくなる寸前まで魔王を心配したが、どうすることもできなかった。
ドサッ。
「連れていけ。手荒な真似をしたら殺す。こいつは我の嫁であり、明日の会談に勝利するための鍵だ」
「わかりました。ケンタウロス様」
「ふふ、さて魔王はどうするか……」
こうして、夜も更けていった。




