第三章5 『馬車に揺られ密林』
【2017年9月30日改稿。読みやすく改良致しました。】
いよいよ、ビーストとの会談の前日となった。
俺は今日、初めて魔王の領域から出る。
ビーストの領域はここから馬車で1時間程度、ドラゴンだと10分もかからない魔界のジャングル地帯。
側近として、秘書のサキさん。護衛にはミノタウロスのミノ子さんと、セイレーンのセイレちゃんがついている。
「今回は、刺激を避けるため、馬車で向かうことになります」
サキさんの言葉通り、目の前には首なし馬の馬車がある。手配したのはデュラハンさんだろうか。
だが、それよりも気になることがあった。
「――その口ぶりだと、ドラゴンも可能なの?」
「はい。魔界では魔王様が唯一、ドラゴンを保有しております。ですが、戦闘能力が高く、他の種族から恐れられていますので」
魔王って、何でもありなんだな。
魔王城の城門、そこには見送りにデュラハンさんがやって来ており、他にも魔王の配下となっている種族の代表が数名、顔を揃えている。
「魔王様、留守は任せてください」
「頼んだよ、デュラハン。行ってくる」
歓声に包まれ、俺は馬車に乗り込んだ。
中はそれほど広くなく、四人掛けで膝が触れあいそうな距離だった。
「では、出発します。出してください」
「はっ」
サキさんが運転席の汚れた鎧の魔物に合図し、馬車がゆっくりと動き出した。
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「ま、魔王様、狭くありませんか?」
「大丈夫。ミノ子さんは平気?」
「だ、大丈夫ですぅ」
座る位置は隣がミノ子さんで、対面がサキさん。サキさんの隣がセイレちゃんとなっていた。
「魔王様、会談は明日。本日は歓迎会となっていますが――」
「わかってるよ。食事には手をつけない」
「お願いします。セイレーンは魔王様の護衛ね」
「わ、わかり、ました」
「あと、この事なんだけど――」
サキさんとセイレちゃんが打ち合わせを始める。
役割的にはセイレちゃんが護衛のメイン。ミノ子さんは俺やサキさんと共に会談に参加し、補佐も務めながら魔王を護衛する至近距離のボディガードとなっている。
そのミノ子さんは、隣で縮こまっていた。手に持っている大きな鈍器も、少しだけ震えている。
「ミノ子さん、大丈夫?」
「ま、魔王様……」
二人が話し始めたのを見て、俺はミノ子さんに視線を向ける。
彼女は明らかに緊張していた。
「わたしは、大丈夫です」
「そっか。それなら、俺は信じるだけだ」
「魔王様……」
その言葉がよかったのか、彼女の手の震えは止まった。
「魔王様、少しよろしいですか?」
「あ、うん」
サキさんに声をかけられ、その後の道中は会談に向けた打ち合わせが続いた。
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馬車に揺られること、数十分といったところか。
途中で関所のような場所を越え、既にビーストの領域内に入っていた。
セイレちゃんやミノ子さんは真剣な表情で馬車の外に気を配っており、サキさんも同様だった。
ここはすでに敵地といってもいい場所だ。
外の景色は見たこともないようなジャングル。想像していたようなアマゾンのジャングルなどとは遠くかけ離れた、鬱蒼を越えた大森林。聞こえる声が魔物の鳴き声というのだから恐ろしい。
森林浴を楽しむ余裕もなく、緑のキツイ匂いにむせる。そんな具合の密林だった。
領域に入ってから、かなりジャングルを堪能しただろう。
魔界には時計がないものの、体内時計は素晴らしいものがある。
特に魔王の身体になってから、やけに時間を克明に感じられるようになった。
そろそろかな。と思い始めたころ、馬車が停車する。
「どうしたの?」
サキさんが馬を操っていた汚れた鎧の魔物に声をかけると、鎧は「どうやら出迎えのようです」と言って指をさす。
「……そのようね。魔王様、降りましょう。ビーストはどうやら、歓迎体制を見せつけたいようです」
「わかった。ここからは気を引き締めるよ」
「はい。お願いします」
深呼吸を一つ。
「すー……ぶはっ、げほっ」
緑にむせた。
「だ、大丈夫、ですか? 魔王様……」
「ありがとう……でも大丈夫だよ、セイレちゃん。よし、行こうか」
意気込んで馬車を降りると、三人の魔物が立っていることに気が付いた。
一人は上半分が人間で下半身が大蛇と化した女性の魔物。
もう一人は三つ首の犬のような男性の魔物で、明らかにケルベロスっぽいのが、二足歩行で直立している。
そしてその二人に挟まれているのは上半身が人間で、下半身が蜘蛛と化した女性の魔物。
その蜘蛛女が前に出てきて、お辞儀をしてきた。
「これはこれは魔王様。遠いところを、ありがとうございます」
「あ、ああ――」
「お久しぶりです。アラクネ族長様。お気遣い、感謝いたします」
俺が対応するよりも先に、サキさんが対応する。
そうか。会談の前にボロを出すわけにはいかないんだ。
この状況で弱みを握られるのはマズイ。
俺の隣では、セイレちゃんとミノ子さんが真剣な表情をしていた。対するあちらの護衛と思われる魔物も、真剣な表情をしている。
一方、サキさんとアラクネ族長と呼ばれた蜘蛛女は、ニコニコと不気味な笑みを携えており、この場の空気は、マイナスイオンなど感じる余裕もなく、ただただ重かった。
外交って、人間と同じで穏やかじゃないなぁ……。
「我々ビーストは、魔王様一行を歓迎いたします。今晩は宴席を用意いたしましたから、存分に楽しんでくださいませ」
アラクネ族長と呼ばれた蜘蛛女は、そう言って笑った。
その表情で実感する。もう会談は始まっているのだと。
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「……」
ドクン――。ドクン――。
時同じくして、お傍付き護衛衆の雪女は、魔王城の中枢と呼ばれる部屋にいた。
今回の彼女の役割は、例の作戦が決行するまで、ここの防衛を担当することとなっている。
「魔王様……あたしの、可愛い魔王様。ふふっ」
ドクン――。ドクン――。
ここは、護衛衆でも限られた者――古来から魔王の家系であるサタン族に仕えるセイレーン……忠義が厚く、魔王を支えるデュラハン……そしてこの雪女……以上の3名しか立ち入りを許されていない禁断の部屋。
この部屋では5つの燭台の上、心臓の形をした5つの青い炎が、静かに、ゆっくりと、滞ることなく脈動を続けており、照明の代わりとなっていた。
「魔王様こそ、この世界を統べる御方。邪魔する者は誰であれ、許しませんの」
雪女は浮遊しながら部屋の中央から、奥を見つめる。
「うふふっ。キレイ……」
5つの炎から溢れる光は、奥にある大きな炎へと繋がっている。
そして、その大きな炎もまた、脈を打っていた。




