第一章2 『生まれたての魔王』
【2017年10月2日改稿。キャラの描写を詳しくしました。】
【2018年1月19日改稿。内容に変更はありません。見やすくしました。】
「…………様、起きてください」
「ん……?」
ふと透き通った声が聞こえて、ようやく意識が戻った。
ようやくと言っても、どれだけの間、意識がとんでいたのかはわからない。
そもそも、どうして寝ていたんだっけ。
ともかく、目を開いてみる。
すると光が溢れてきて、見慣れない天井と、視界の端にビキニ姿の女性がいた。
「おはようございます。よく眠っていましたね」
彼女が俺の顔を覗き込んでくると、同時にはち切れそうで柔らかそうな白い乳房が揺れ、目を奪われる。
大きいなんてものじゃない。まるで牛のようだ。
それに、ビキニも白と黒のホルスタイン柄で本当に……。
「どうされました?」
「あ、いや、すごい巨乳に驚いて……あ」
思わず言葉にしてしまっても後の祭り。
これはれっきとしたセクハラ発言だ。
彼女は顔を紅潮させていき、耳まで…………耳? あれ?
「そ、その耳……」
人の耳ではなかった。
短い黒髪の中に隠れていた牛のような小さな耳が、赤くなってパタパタ揺れている。
そしてよく見ると、くびれよりも下半身に目を引かれる。彼女のおしりの部分で長い尻尾がハタハタと上下しているのだ。
だが、その件を訊ねようにも、彼女はプルプルと胸を隠したまま震えていた。
「あ、あの……」
「……たい」
「え? なんて?」
「ま、魔王様の変態!」
牛のコスプレをした女性は、真っ赤になって叫ぶ。
彼女の言葉はメンタルに結構響いていた。
本来なら、すぐに謝罪して、プライドもなにもかも捨て去って土下座すべきだが、今は後の訴訟問題よりも、気になることがあった。
「ま、魔王って、何? なんのこと?」
こちらの言葉に、彼女は抗議の目をやめてキョトンとする。
「魔王様、何を仰って……それにその話し方はどうしたのですか?」
「いや、この状況とかよくわからなくて。大体、ここはどこなんだ?」
「え? ……どこって、マカイに決まってるじゃないですか?」
マカイ……? もしかして魔界か? 冗談だろ?
戸惑いが表情に出ていたのか、彼女は慌てて窓の方へ走っていき、それを開け放つ。
「ほ、ほら! 澄んだ毒色の空に、淀みきった空気! 向こうにはマグマの噴水があって、城から数キロ四方まで城下町が広がっている……ここは魔王様がお作りになった魔物たちの楽園、魔界じゃないですか!」
――と、言われましても。
「ご、ごめん。何一つ理解できないんだけど」
「そ、そんな……」
今度は真っ青になり、彼女は窓の縁に手を掛けたままへたりこんでしまう。
「――ハッ!」
そして何かを思い出したように立ち上がり、こちらに急いで歩み寄ってくる。
「も、ももももしや! 先の戦いの後遺症ですか?!」
えっと……。
「戦い? 一体、なんのこと?」
「魔王様、やはり後遺症で、お記憶が……先日まではいつもの魔王様でしたのに。まさか、症状が遅れて発現するなんて、こんな残酷な。だからあの時、もっと安静に…………」
両手で頭を抑え、ブツブツと呟きだす彼女は明らかに動揺していた。
「……うん」
そして意を決したように、こちらを見てくる。
「あ、あなた様は魔界の支配者、魔王様です! 『お側付き護衛衆』の一人、『ミノタウロス』のわたしもお忘れですか?!」
「ミノ、タウロス?」
ミノタウロスって、あれか? ゲームとかで出てくる魔物の……。
そんな非現実的な……あ。
ようやく、俺も思い出してきた。あの声が言っていたことを、ようやく思い出す。
俺は転生したんだ。
そしてここは、別の世界ってわけで……待てよ。
もしかして、いまの俺――。
「あの、魔王って、俺のことなの?」
「はい! あなた様は正真正銘の魔王様です!」
どうやら俺は、この世界では魔王らしい。
あの、ゲームとかでお馴染みのラスボス。平和を奪う悪の王道にして、命の蹂躙を厭わない最悪の存在。
つまり、それになってしまったようだ。
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いやいやいや、「なってしまった」って、簡単に受け入れられないし!
どうやら、ミノタウロスの巨乳のスタイル抜群女性――この際だから「ミノ子さん」と呼ぼう。
ミノ子さんは、なにか知っていそうだ。さっき、魔王のなんたらとか言ってたし。
「あのさ、魔王の証拠はあるの?」
「証拠……やはり、記憶を?」
今は、そうしておいたほうがよさそうだな。
「あ、ああ。なにも覚えてないんだ(棒読み)」
「……」
やべ。演技下手すぎ。
本物じゃないって、バレたかな。
待てよ。バレたらどうなんの?
ミノ子さんって心のなかで呼んでるけど、この人は魔王の手下っぽいし、バレたら即死なんじゃ――。
「やはり、そうでしたか」
ミノ子さんは俯き加減で、そう言った。
マズイ。これはマズイ。
転生から一時間も経たないで死んだら、またあの変な声に説教されかねん。
「魔王様……」
ガッ!
肩をつかまれる。
恐ろしい握力で、逃げられそうにない。
「は、話せばわかる! 別に騙そうとしていたわけじゃないんだ。だからこの手を離して、今は落ち着こう。俺は肉付きも悪いし、そんなに美味しくないから――!」
むぎゅううう!
「え?」
「魔王様、記憶を失っても、わたし達がついています。お辛いでしょうけど、少しずつ思い出していけばいいんです」
俺はなぜか、ミノ子さんの溢れる母性に包まれていた。
抱きしめられ、頭を撫でられる。
ミノ子さんの母性は物凄かった。柔らかく温みのある抱擁で全身の硬直が解け、とても安心できた。これは胎児の感覚だろうか。
――ハッ!
もしや、安心しきったところを?
いやいやいや、都会生活が長くて人間不信になりすぎだな。第一、ミノ子さんは人間じゃなさそうだし。
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とりあえず落ち着いたところで、ミノ子さんは親切丁寧に自己紹介してきた。
「お側付き護衛衆の一人、ミノタウロスです」
「ミノ子さんだね。了解」
「ミノ子さん、ですか?」
「あ……!」
しまった。落ち着きすぎて心の中の呼び名が出てしまった。
「ミノ子さん、ですか」
しかし、なんだか嬉しそうなので、そう呼ぶことにした。
「それでミノ子さん、俺が魔王って――」
「証拠ですか? それなら、こちらをどうぞ」
そう言ってミノ子さんが渡してきたのは、手鏡だ。これで自分を見てみろということだろう。
「じゃあ――」
恐る恐る、手鏡を構えてみる。
「――!」
そして、そこに映った顔は、毎朝顔を洗うときに眺めていたお馴染みの貧相な顔ではない。目や歯は鋭くなり耳もやけに尖っていて、皮膚は人間の頃と大差ない肌色なのだが、髪が赤黒く変色しており、ギタリストのように逆立っていた。
一言で言えば、恐怖。
だが何よりも驚いたのは、体型も以前と全く違い、細くもガッシリとしており、スポーツ選手みたいな体つきになっていたことだ。
腕もある程度太くなっており、力こぶをつくらずとも凹凸がある。
まさか体型まで変わるとは……。
俺が一人で驚いていると、心配そうに見つめていたミノ子さんが声をかけてくる。
「どうですか?」
「確かに魔王みたいだけど、これだけじゃ――」
「それでしたら、頭をご覧ください」
「頭を?」
言われた通り手鏡を傾けてみると、今日一番で驚いた。
「これって……」
触ってみると、固くてしっかりと頭から生えていることがわかる。
「それこそが、魔王サタンの証。覇王の角です」
頭の両端にゴツくて太い漆黒の角が生えていた。頭皮から直に生えているようで、しかも、それが重いと感じない感覚。
ここまできたら、認めるしかないだろう。
俺は、魔王らしい。
ギギィッッ。
「魔王様、起床しました?」
扉が開き、今度は俺と似た風貌の金髪美少女がやってきた。小柄で小さな角を生やし、黒い尻尾を揺らしている。
しかし、小ぶりの胸元を豪快に見せつける衣服は、どことなく痴女のような印象を持ってしまいかねない。
「あ、サキュバス様」
ミノ子さんがお辞儀する。彼女の上司のようだ。
ミノタウロスの次は「サキュバス」……美少女揃いだったのが、唯一の救いかもしれない。
これが男だったら……考えるのはやめよう。
「――?! ミノタウロス、それ本当?」
どうやら記憶喪失の報告をしているようだ。魔界にも報連相はあるらしい。
「わかったわ。ひとまず、今回の会議では隠し通しましょう」
次は会議ときた。
最悪の前世を思い出すなぁ。つい昨日までのことだけど。
――と、そんなことを考えていると、サキュバスの少女が近づいてくる。
「魔王様、秘書のサキュバスです。ひとまず、会議に参加していただけませんか? 定例なので、不参加というわけにはいかなくて」
「え?」
こうして俺の、魔王ライフが幕を開けることとなった。