第十章26 『残された者や凍える者』
※勇者sideです。
ヘルリヘッセ大戦は、魔物たちの勝利で幕を閉じた。
連合軍を率いていたアゼールの国王は暗殺され、アルカナは二名が戦死、他二名は行方不明、一名は重症。結果として事実上の崩壊となった。
最終的には戦地に足を運んでいた勇者も魔王の手によって消滅。完全な敗北だった。
「ここまでくれば、大丈夫そうです」
戦場から駐屯地まで戻ってきたモルは、肩を貸しているエリカを見て溜息をつく。
「勇者様の勝手な行動には困ったものですよ。事前に打ち合わせしていればこんなことには……」
そうぼやきながらも、果敢にも魔王に立ち向かっていたエリカを責めることはできない。
それは勇者一行として正しい行動だったのだから。
「……わたくしも、力不足です」
モルは唇をかみしめながら、再び歩き始めた。
向かう先は自分たちのテント。そこで荷物をまとめて早々に大陸を出るつもりだった。
「戦争は、終わったの?」
そんな中、痛む体に鞭を打って戦場の方角に歩くアニアと出会った。
彼女はモルたちを見てすぐに目を伏せ、結末を悟ったようだ。
「グラウスは、負けたみたいだね」
「はいです。いずれここも魔王軍によって占拠されるです。アニアさんも、わたくし達と一緒に……」
「嬉しい提案。だけど出来ない。……まだ戦場に取り残された兵士たちがいる。彼らを逃がすまでは、うちが逃げるわけにはいかない」
強いまなざし。
アニアの普段の言動からは考えられないような決意は、関係の薄いモルでも読み取れる。
モルは小さく頷いて言葉をかけた。
「わかりましたです。わたくしに治癒術が使えたらよかったのですが……」
「気にしないで。これは、うちの身勝手。なんだかんだ言っても楽できる場所だったから、恩を少し返すだけ」
アニアはそう言って小さく笑みをこぼす。
そして躊躇なく歩みを再開し、モルとは別の方向へと重たい身体を動かしながら歩いて行った。
「アニアさん……ロリキャラ被りとか言って申し訳なかったですよ」
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「う、うぅん」
「目が覚めたです?」
「ここは?」
「船の上ですよ。もっと詳しく言うと海の上です」
エリカが目を覚まし、モルは肩をなでおろした。
まだ頭が回らないのか、エリカはきょろきょろと周りを見て目を見開く。
「勇者は!?」
「目星はついているです。船はいま、海の上で待機中ですよ」
「は?」
混乱するエリカに、モルはあえて魔王の情報だけは伏せながら説明する。
勇者が生きている可能性があり、その場所も知っていることを話した。
「雪の王国アブソルト……魔王はどうしてそこに勇者を転移させたの?」
「真相は分からないです。ですがエリカさんが気を失っている間に先日の雪女が現れて教えてくれたです」
「ふうん」
もっとも自然な形を模索し、エリカに伝える。
するとエリカは割とすんなり情報を受け入れた。
「なんにせよ、早く向かわないといけないわね」
「そのことですけど……わたくしに一つ提案があるです」
「?」
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「……し、死ぬ。こんなの凍え死んでしまう」
一方、アブソルトに転移した勇者は雪原の只中で吹雪に見舞われていた。
「あれ、こっちから来たんだったか? わからん」
吹雪で視界はなくなり、方向を見失う。
完全に勇者は遭難していた。地理があるわけでもなく、勢いのまま転移させてもらったものの、一瞬で絶体絶命だった。
「さぶい……髪の毛凍った…………どうすりゃいいいんだよ、これ」
ついには足が止まる。
靴の中に雪が入り、足が冷たい。
前髪に雪が積もって凍っている。
最悪だ。
段々と力が抜けていく。
感覚がなくなっていく……。
「こ、こんなことなら、酒の一杯でも飲んでからくたばりたかった、ぜ……」
ドサッ!
「ど、どなたかいるのですか?」
「え……」
声がした。
吹雪の中で人影がぼんやりと把握できる。
「神、いや……天使か?」
勇者は薄れゆく意識の中、手を差し伸べてくる人影を見た。
それはまさに、天使そのものだった。