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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第十章 「ヘルリヘッセ大戦」
196/209

第十章25 『終戦、開戦』

※魔王sideです。


 俺と勇者は何度かの攻防を終えて、雪女さんの氷に囲まれた中、にらみ合っていた。

 そこで俺はいくつかの質問を奴に投げかける。

 勇者は不思議がっていたが全てに答えた。

 

 俺は問答を終えて深呼吸する。

  

「合図を送る。準備はいいな」


「あ、ああ」


 問答の中で、なんとなく奴の存在が見えてきた。

 あんな奴と殺し合いをさせるつもりだったとは……俺たちをこの世界に成立させた天使ってのはつくづく最低らしいな。


 まあいい。

 サキさんへの合図を送り、奴の足元の魔方陣が真っ赤に光りだしたのを見てから剣を振り上げる。

 雪女さんの氷が、魔方陣から放たれる衝撃で崩れ落ち、今まさに魔王が勇者に剣を振り下ろそうというシーンが完成した。あとは魔方陣が光りだす瞬間に合わせて剣を振り下ろすだけ。

 

 ここだ。

 

 ブウンッッッ!!

 ズシャアアアアン!!!


「うわああああああああああああ!!」


「勇者!!」


 魔法陣が起動し赤黒い電が剣の振り下ろしと同時に降り注ぐと、そこに勇者の姿はなかった。

 あたかも魔王の一撃で消し飛んだように見えてくれるといいんだが。


「……よし」


 サキさんを振り返ると、小さく頷く。どうやら転移は成功したようだ。

 奴の希望通り、今頃は雪の王国とかいう場所にいる頃だろう。


 周りの空気が一気に静まり返った。

 そんな中、サキさんは額に汗を浮かべながらセイレちゃんと共に駆け寄ってくる。


「魔王様、完了しました。……ふぅ、大掛かりな魔法陣でしたが、成功して何よりです」


「ありがとう、サキさん。これで連中の最後の希望は消えた」


 言葉通り、周囲には絶望が蔓延していた。


「やばいぞ。勇者が消された」

「どうなるんだよ、これから!」

「アルカナも全滅だし、国王様も暗殺されるし、俺達は蹂躙されるんだ……!」


 勇者、これで計画は成立だな。

 人間側の戦力は確実に削がれた。これ以上の戦闘は……。



「まだ終わりじゃない!!」



「……?」


 誰もが打ちひしがれる中、赤髪の戦士は剣を掲げていた。


「魔王があそこにいるのよ! 私が、引き下がるわけにはいかない!!」


「エリカさん! 抑えるです!! 今は勇者様の安否を――」


「放しなさい!! 私は――!!」


「きゃあ!」


 赤髪の……あれはたしか、勇者の仲間か。

 女戦士は仲間の魔法使いを突き飛ばし、怒りに満ちた視線をこちらに向ける。


「ま、魔物みたいな迫力です」


「ああ」


 セイレちゃんの言葉通り、異質な迫力だ。

 勇者を失ったことで怒りの感情に支配されたか……?


「お前のせいで……私のっ! っ――せめて一太刀でも!!」


 女戦士は剣を手に駆けだし、まっすぐにこちらへと向かってくる。

 

「魔王様、放っておきましょう。あのよう、な……え?」


「どうしたの? サキさん」


「いえ、あの者からかすかに魔族の力を感じて――」



「うああああああああああああああああああ!!」



 女戦士は叫びながらこちらへと一直線に向かってくる。

 単なる暴走だろう。気に留める必要はない。

 

「止めろ。第一陣、かまえ!」


 サタナキアが配下の悪魔に指示を飛ばす。

 彼女の目前に陣を構えた悪魔たちが並び、暴走もそこまでと思われたのだが――。



 バシュッ!!



「なっ、消えた!?」


 走ってきていた女は突然赤い光を放って姿を消した。

 ――と思いきや、悪魔の構えた陣を超え、こちらに向かって走り出している。


「まさかこれは転移!? そんなの、人間に扱えるはずがない!!」


「魔王様!!」


 サキさんは驚き、セイレちゃんは叫ぶ。

 もうすでに俺の目前に迫った怒りに満ちた女戦士は剣を振りかぶっていた。


「たああああああ!!」


「ふんっ!!」


 キンッ!!!


 こちらも剣を手に応戦する。

 そして互いの剣がぶつかり、反発された。


「……?」


「まだまだ!!」


 カンッ! キンッ!!


 剣がぶつかり合い、すぐに違和感を覚えた。


 なんだ、これは。剣の重さか?


 先程のグラウスに比べたら軽く、勇者の不思議な感覚とはまた違うのだが、とてもその体躯から発せられる力とは思えない反発力。まるで磁力の様に引きはがされる感覚だった。


 あの瞬間移動といい、こいつは何者なんだ?


「……っ! めんどうだな」


 長引かせるわけにはいかない。

 ここは力任せに剣を当てずに攻撃を受けるか……。


「はぁっ!!」


 キンッ!! ギリギリギリ……!


 剣がぶつかり合うこと数度、こちらの振りかぶりを抑え、彼女の剣を受け止める。

 そしてようやく、赤黒い火花を散らす女の剣を捉えた。


「ぐ、ぬぬ……!」


 互いの剣と剣が接触している中、女戦士は退こうとしない。

 こちらも全力で反発に耐える。

 そしてようやく女戦士が一瞬だけ力を緩める瞬間が来た。


 ここで押し切る……!


「……大人しくしていろ。はああ!!」


「――! きゃああ!!」


 そこからは簡単。ただ力任せに振り抜くだけだ。

 あの不気味な反発力がなければグラウスとは比べ物にならないくらいの力。容易にその身体ごと吹き飛ばすには十分だ。


 ブオンッッ!!!

 ドサッ!!


「エリカさん!!」


 剣を振り抜くと女戦士の身体は吹き飛んでいき、魔法使いの元へと戻っていった。

 魔法使いは何か魔法を使ったのか、飛んでくる速度を落として安全に女戦士を着地させた。


「なんだったんだ。……?」


 腕がビリビリ痺れてきた。

 あれは本当に人間なのか? あんなのばかりとか化物の巣窟だろ。


「魔王様、ご無事ですか!?」


「大丈夫だよ、セイレちゃん」


「エリカさん! しっかりするです!!」


 どうやら向こうも大丈夫そうだな。

 周りの魔物たちは戦闘態勢を解除しないが、さすがに勇者の仲間を追い打ちするわけにはいかない。


「……気絶してるです。ぐぬ、重いです」


 魔法使いの子は女戦士を担ぐようにしてすぐにこの場を退場しようとする。

 彼女は事情を知っているから心配ないだろう。


「魔王様、あれは始末してしまってよろしいのでしょうか?」


 サキさんが目を細めるが、俺は手で制する。


「……放っておこう。今はデュラハンさんが先決だ。お前らも、逃げる人間を追うな! もはや追い打ちするのも無駄な腑抜けだけだ!」


「そうですね……確かにデュラハンの件は急いだほうがいいかと」


「ああ。……サタナキア!」


「お、お呼びでしょうか?」


 急に名前を呼ばれて驚いたのか、急いでこちらに駆け寄ってくる。

 そんなサタナキアの顔を見て、後ろに続いてきた悪魔たちの顔ぶれを確認した。


 大丈夫そうだな。


「サタナキア、後の事は任せていいか」


 その言葉に少し驚きを示しつつも、力強く頷いた。


「はい。しかし、残った人間はどういたしましょうか」


 まあ、そうなるわな。


「人間たちはこの大地から撤退させる。今後は領域を広げてこの大地全てを魔界の領地にするつもりだ」


「おぉ……」


「ついては、サタナキアには重要な役割を与えることになるが、こなしてくれるか。お前が大陸占有の先遣隊として動いてくれ」


「……! 承知いたしました!! 喜んでその任をお受けいたします!」


「頼む」


 これで事後処理はサタナキアに任せられた。今のサタナキアなら間違いなく完璧にこなしてくれるだろう。

 それに大役を任せたとなれば信頼にもつながる。悪魔の一件で少なからず下降したサタナキアの信頼を回復するにはもってこいだ。


「お疲れさまでしたわ」

「戻りましたぁ~~」


「雪女、ミノタウロス。お疲れ様」


 ちょうど二人が戻ってきたか。

 ようやく終わったって感じだなぁ。ま、まだアンデッドの件が片付いていないが。


「雪女さん、ミノ子さん、お疲れさま」


 声をかけると二人は小さく笑った。

 かなり消耗したようだな。無理もないか、前線に常にいてくれたのは助かった。


 ミノ子さんはヘトヘトだったが、雪女さんはふわっと浮かびながらこちらにやってきて耳打ちする。


「魔王様、あたし達には勝利の証が必要ではありませんの?」


「雪女! 近いわよ!!」


「あら、ごめんなさい。サキュバス様」


 勝利の証……確かにそうだ。

 大河ドラマとかで戦に勝ったら勝ち鬨をあげていたな。


「それもそうだな」


「魔王様?」


 俺は全軍を見渡し、近くに落ちている連合軍の旗を手に取って掲げた。

 すると周囲の魔物たちの視線がちょうどよく集まってくる。

 


「これより全軍撤退!! 此度の戦いは、我々の圧勝である!!!」



 俺の号令に、軍勢から鬨の声が上がった。

 こうしてヘルリヘッセの戦いは幕を閉じる。違和感を残す部分は多かったが、今はそれに時間を割く余裕がない。

 終わったからには一刻も早く、デュラハンさんの元へと向かわないと。


 待っていてくれ、デュラハンさん……!



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「はぁ、はぁ……」


 時同じくして、ここは魔界。

 アンデッドが領域を構える鍾乳洞に差し掛かる荒れ地には、叩きつけるような大雨が降りしきり、その只中に黒い鎧の首なし騎士が剣を杖代わりにして跪いていた。


 その周囲には同じような鎧の騎士たちが馬ごと倒れ伏している。


「あぁ、ようやく感動の再会ができたというのに、わちの前で屈服する兄さまなんて見たくなかったの」


「殺せ……」


「かは。やだよぉ。実の兄を殺すなんて……もったいなさ過ぎて簡単にできないもん」


 見下すように、金髪の小柄な少女が首なし騎士の前に立つ。

 彼女こそ、不死の軍団アンデッドを率いる女帝ヴァンパイア。見た目は幼いが、既に数百歳は超えている。


「あぁ、ゾクゾクする……そうだ」

 

 彼女はゴシック調のドレスの何処かからかナイフを取り出すと、自分の手をいきなり刺し始めた。


 ぐちゅ。ズブシュ。


 真っ赤な血飛沫が上がり、彼女の顔にべちゃべちゃと飛び跳ねて付着する。

 ヴァンパイアはそれを舌で舐めて硬骨な表情を浮かべていた。


「はぁ、最高だよぉ。……兄さま、ねぇ昔みたいに血をなめてよ。わちの血を舐めたら、きっとその傷も癒えると思うなぁ。ついでに、こっちに戻ってくることも許しちゃうよ」


「断る」


「あっそ。殺しちゃいたいなぁ。あは。いいかな?」


 紅い瞳で鎧騎士を見下すヴァンパイアは、とても生死のやり取りをしているようには思えない。

 まるで遊びの延長の様に動けない騎士の周りを歩き始め、再度ナイフで手を削いでいく。


「お前のその癖、まだ、直っていなかったのか」


「癖?」


「自分を刺す癖だ。やめろと、母に言われていただろう……」


「あー、そだったそだった。そんなこともあったなぁ。懐かしいなぁ。でもどうでもいいや。今のほうが楽しいもん」


「戻って来い。昔の、お前に……」


「嫌だよ。でもまぁ、よく喋れるよね。そのしつこさに免じて、いったん軍は退いてあげるよ」


「……っ!?」





「ただし、兄さまはここで終わりだけどね」





 ズブシュッッ! ブシュゥッ!!


 紅く光った指が騎士の鎧を貫き、それを一気に引き抜くと、鮮やかな血が噴き出した。


「兄さまにも血はあったんだね。ビックリしちゃった」


「……魔王、様。もうし、わけ」


 そして彼の身体は指が食い込んだ箇所からひび割れていき、砕けていく。


「忠義、立派だね……兄さま。あは、かははははは!!」


 雨に打たれた黒い鎧の首なし騎士は、身体が崩壊し、そのまま塵になっていく。

 だがまだ言葉を紡げるのか、声が途切れない。


「あなたを、最後まで、まもれなか――」


「ん? まだ息があるの? うるっさいなぁ。早く消えなって」


 ズブシュ!!


 もう一度、ヴァンパイアの赤く光る指が砕けた鎧に突き刺さり、今度こそ粉々になって消えてしまった。



「さて、と。楽しかったから、一度戻ろっか。三銃士もお疲れ。帰ったらわちの血を少しだけ分けてあげるね」



 ヴァンパイアは何事もなかったかのように金色の髪を翻して回れ右をする。

 その視線の先にいたアンデッド三銃士達は彼女の言葉に跪き、そのまま彼らは領域へと戻っていったのだった。



「……デュラハン様」



 それを遠目で見ていた小人族のコロボックルは、気づかれないように引き返す。

 全てを、彼の生きざまを魔王に伝えるため。






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