第十章EX4 『破門』
戦場から離れた一本の木。
その木陰には二つの人影が重なっていた。
「言われた通り、グラウスちゃんの存在感を最大限にしておきましたよ」
そこにいたのはアルカナの一人、魅惑のライム。
妖艶な雰囲気を纏う彼女は、もう一人に向かって話しかける。
ライムの視線の先には、国王の側近を務めていた女性アルビノがいた。彼女はライムの言葉に小さく頷く。
「ごめんね。あなたにこんな事させちゃって」
「いえ、お役目光栄ですわ。……けれど、本当によろしかったのですか? これは、自身の信徒を裏切る行為でしょう?」
その言葉に、アルビノは目を細めた。
戦場そのものは見えずとも、彼女からはグラウスが魔王と戦っている姿を見通せる。
彼は勇猛果敢にも魔王に挑み、その力をもって攻勢に転じているようだった。
「裏切ったのは彼よ。信託に従わなかった彼に、もう信頼は置けない。それに思い出すべきなのよ。自身の力は不死ではなく、死が常に傍にあることをね」
「まあ、恐ろしいですわね。死を司る大天使様の御言葉だと余計に……ではアタシはこの辺で。話したい子がいますし、まだ役目もありますので。……アリエル様によろしくお伝えください」
そう言ってライムは姿を消した。
天使でも彼女を捉えるのは難しく、アルビノの視界に彼女の姿はもうない。
「……」
アルビノを名乗る女性は一人、瞳を閉じて戦場を見渡す。
そして、魔王と死闘を繰り広げる一人の騎士の姿を目に焼き付けていた。
彼の存在感は激しく、彼もまた戦場において表情を生き生きとさせながら剣をふるう。
自分に酔っているのか、はたまた何もかもを忘れて戦うことで自身を肯定したいのか……。いずれにせよ天使の彼女には理解できないことだった。
二人の勝負は拮抗していた。
魔王の斬撃は彼の身体に通らない。
「今日は随分と陽の光が多いから、彼を貫けるのは本気の魔王の斬撃か我々の一撃だけね」
そういう権能が彼には宿っている。
彼が天子アルビノという人間に扮した大天使アズライールの信徒である以上、彼の権能が揺らぐことはない。
だが、それも今日この日までだ。
「……愚かしい」
アルビノは嘆く。
彼を見つめるその瞳に温度はなく、深くため息をついた。
「人間というものは、感情に左右される生き物……それが愛おしいけれど、時に感情は理性を壊す。本当に、残念ね」
そして同時に、少しだけ悲しみに満ちた表情を浮かべると、掌を見つめた。
彼女の掌にはいくつかの星が刻まれており、その中心で大きく光を放つ星を見つめ、目をつむる。
「陽光による身体硬質化の権能を停止。大天使アズライールの命により、我が信徒グラウスは、今日この日、この時をもって破門とする」
唱えた途端、掌にあった大きな星の光は消えてしまった。
それを名残惜しく見つめながら、アルビノは掌をぐっと握る。
「もう、その力を行使することは許せない……ごめんね」
神言に従うか、信徒を守るか、その二択を迫られてもなお、彼女の決意は一瞬で終わる。
当然、多くを生かすための選択だった。
それが天使としての選択。
「まだ、魔王には生きてもらわないとね」
視線の先、数キロ離れたその先で、魔王と騎士の対決は呆気なく終結を迎える。
それを見届けて、少女はどこへともなく姿を消すのだった。