第十章22 『クズでも勇者。勇者でもクズ』
※勇者sideです。
アニアちゃんは傷が痛みながらも、今朝起きた出来事を語った。
どうやら、今の連合軍を率いているのはアルカナのグラウスらしく、それを止めるためにアニアちゃんが戦いを挑んで負けたらしい。
「不動のグラウス……見た目通りの堅物のようね」
エリカちゃんの言葉に、僕もモルちゃんも頷く。
しかし参ったな。
既に魔王軍と交戦中みたいだし、もう止めるなんて不可能じゃん。
「アニアさん、わたくし達と逃げるですよ。船に戻って怪我を治療するです。もうこの戦いに参加する義理はないはずです」
「そうね。あのグラウスでも魔王には勝てないでしょうし、私たちと――」
「それは、できない……ありがたいし、そのほうが楽だけど、面倒でも……やらなきゃ」
ズサッ。
「……っ!」
エリカちゃんたちの提案に賛同せずアニアちゃんは立ち上がろうとするが、痛みで座り込む。
骨折に打撲……見るからに痛そうだ。
なのにどうして、立とうとするんだ……?
「アルカナは、人々の希望で……支えにならなきゃいけない。決して壊滅してはいけない」
「……その為に、アニアちゃんが頑張る必要があるの?」
アニアちゃんは僕の問いに小さく笑う。
「それを勇者が言うの? グラウスは周りが見えてない……ゼノロスは論外。フィリップは何考えてるかわからないし行方不明。ライムも同じく姿をくらませた……もう、ウチしかいないってこと。はぁ……」
……。
「……あいつを止め、ないと。兵士たちが、無駄死にする」
「立ち上がっては駄目です。骨が折れてるですよ」
アニアちゃんはまだ立ち上がろうと無茶をしている。
しかし身体は意思に反して動こうとせず、アニアちゃんは下唇をかんだ。
「うご、け……この」
「民を守るのが、騎士の役目だからね。きっと少しでも多くの人を守ろうとしているのよ」
見ていられない。
だけどこの様子だと、何を言っても無理をするんだろうなぁ。
しゃあない……覚悟、決めるか。
「僕がいくよ。要するに、とっとと戦争が終わればいいんだよね?」
「は!? な、何言ってんのよあんた!!」
「勇者様……駄目です」
「勇者じゃ、無理。本気のグラウスを止めるなんて出来ない……っ!」
三者三様に無理と言われた。
まあ確かに、僕じゃどう転んでも連中には勝てないだろうけどさ。
こんな姿見て、放っておくほうが僕には到底無理なんだよ。
「あいつを止めるわけじゃない。ただ、この戦争を終わらせる。それは勇者である僕にしかできないことだ」
「どういう意味よ……」
「エリカちゃん、僕だってたまには勇者らしい所見せてあげるよ」
ま、魔王の作戦次第だけどね。
ダッ!
「勇者様!!」
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モルちゃんが呼び止めていたが、それを振り払うように僕はその場から離れた。
久しぶりの全力疾走であの場から離れ、手ごろなテントの裏に回る。
「……見てる? シュネーさん」
その言葉で、目の前につむじ風のような小さな吹雪が発生した。
吹雪が人型に変化していくと、そこから和服の美女が姿を現す。
「見ていました。戦場では魔王様が戦っておられます。まだ期は早いかと」
「少し離れたところに移動するよ。そんで、そこから頃合いを見て魔王と接触する」
僕の言葉に、シュネーさんは冷たいため息をつく。
「手間が省けて助かりましたけど、本当によろしいの? あなたはこれから――」
「いいんだ……シュネーさん。僕を連れて行って」
「……魔王様のためです。いきますよ」
その言葉の後に、僕の身体を巻き込むように風が起き、吹雪に包まれる。
僕は次の瞬間には駐屯地から戦場へと移動していた。
『うおおおおおおお!!』
周りでは魔王軍と連合軍が戦闘を繰り広げているが、シュネーさんの計らいによって僕はあまり目立たない位置にいる。
「着きました。あそこで魔王様が戦っておられます」
「……すげぇな」
魔王がでかい剣を振るってグラウスと打ち合っているのを見て、息をのんだ。
「人間側の兵が攻めてきて一時間弱が経過しています。そろそろ、タイミングが来るでしょうね」
魔王と、あれが噂のグラウスか。
「……」
悪いがアニアちゃん、あいつを止めることはできそうにない。
カッコいいこと言ったけど、あんな暴走してるやつを止められると思うほど自惚れちゃいない。
だから代わりに魔王があいつに勝つはずだ。勝ってくれ。そうしてくれなきゃ困る。
そしてグラウスが倒された後、僕が突っ込む。
ここで僕と魔王の作戦が成功すれば戦争はスムーズに終結し、まだ生きている後方の軍は助かるはずだ。
そしてついでに、僕の自由な生活が幕を開ける。
「んじゃ、みせてやるか。勇者のカッコいいところ」
「……転移させられるだけ」
「ちょ、シュネーさん水差さないでよ! カッコつけてる最中なんだから!」
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勇者がシュネーの力で戦場へと向かってから数分後、駐屯地を探し回るエリカとモルは彼を見つけることができずにいた。
「あいつ、どこ行ったのよ!」
「……エリカさん、わたくし達も戦場に向かうですよ」
「は!? もしかして、あいつが本当に戦場に向かったっていうの? 無茶よ! さっきのは得意の――」
エリカの言葉に、モルは首を横に振った。
「勇者様が、冗談を言う時と言わない時の判別くらい……エリカさんにもできるはずです」
「……っ。わかったわよ。あの馬鹿を連れ戻しに行く。アニアには悪いけど、あれ以上動くこともできないでしょうし待っていてもらうわ」
「大丈夫です?」
「大丈夫よ。もう前みたいな無謀はしない。今の私じゃ、魔王はおろか幹部にすら届かない」
エリカが強い口調で言い切ったのを見て、モルは目をパチクリさせる。
「な、なによ」
「驚いたです。成長したです?」
「……冷静になれただけ。昨日の夜から調子は戻ってるわよ」
「道理で料理とか言い始めたわけです……」
「そ、それはいいでしょ。い、行くわよ!」
「はいです!」
こうして勇者に続いてエリカとモルの二人も、戦場へと赴くのだった。