第十章21 『魔王軍VSアルカナ』
国王暗殺の報を受けた翌朝、俺たち魔王軍は既に人間側の軍が攻めてきてもいいように布陣を構えていた。
今回は俺もサキさんの制止を振り切って隊列に加わっている。
両隣にはセイレちゃんとサキさんが並び、俺の前には悪魔の軍勢、最前列にミノ子さん率いるビーストの軍勢が布陣してある。
「魔王様、全軍の配置が完了しました~」
「ありがとう。エルさんは引き続き後方部隊をたのむ」
「はい~」
エルフ・シルフ族の族長であり御傍付き護衛衆となっているエルさんは、能天気な返答をして拠点側に戻っていった。
彼女たちの魔法部隊は今回、後方に位置取らせている。俺たち魔王軍の主力が前線に出た時の拠点防衛要因だ。
「いよいよですね、魔王様」
「うん……」
「あら、セイレーン様。もしかして怖いのですか? それでしたら魔王様のことは私に任せて拠点でゆっくりしていてはどうですか?」
「……結構です、サキュバス様。正室は常に主人と共にあるべきですから」
またやってるよ……。
「魔王様は本当に、罪づくりなお方ですわね」
「雪女さん……」
二人の論戦をよそに、雪女さんがふわふわと浮かびながらこちらにやってきた。
どうやら、本調子に戻ったみたいだな。
「大丈夫そうだね、雪女さん」
「……ええ。ご心配ありがとうございます」
「あ、雪女! あんた、なに会議サボってんのよ!! 遅刻よ!」
「あらあら、サキュバス様は厳しいですのね。しかし魔王様、本当に人間側の総指揮を担う国王が死んだだけで彼らはやってくるのでしょうか?」
雪女さんの意見はもっともだ。
彼女は朝の会議に出席していなかったが、会議でも議題に上がった。
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時は数刻遡り、早朝の会議。ここ数日毎朝行っている戦いの指針を決定する会議だ。
この会議に参加していたのは、今回の主力メンバーの面々。
まずは最前線のビースト部隊を率いるミノ子さん。
次に悪魔を束ねる大悪魔サタナキア。
魔法部隊を率いるエルさん。
諜報活動を裏で行っているスライム族の族長。
そして本作戦の総指揮補佐である秘書のサキさん。
そこに、魔王の俺と正室のセイレちゃんが加わった形だった。
「あの雪女……」
「ま、まあまあサキュバス様。昨日はつかれているご様子でしたし」
セイレちゃんの言葉に、サキさんは納得いかない様子だったが、議題を続ける。
「――こほん。では早急に各部隊の配置を進めてください」
「一つ、いいかな」
「……なんですか、サタナキア様」
露骨に嫌そうな顔でサキさんはサタナキアを指名した。
「本当に人間は攻めてくるのでしょうか? 昨日の一件はお聞きしましたが、撤退の可能性もあるのでは?」
まあ、至極当然な疑問だな。
「それは――」
「それについては俺から答えよう。確かに撤退の可能性はある。だが、こちらも無策ではない」
「――というと?」
「向こうにはスライム族の諜報部隊が既に忍び込んでいる。仮に撤退の動きを見せればこちらにその連絡が来る手筈となっている。そうだな?」
俺がスライム族の族長に話を振ると、族長はぷるぷると体を震わせた。
あの動き肯定なんだよな。ようやく区別がつくようになってきた。
「布陣を構えるのは万が一のためだ。奴らが撤退した場合はそのまま進軍し、この大陸の隅までを占拠するだけのこと」
だが、俺には連中が諦めるとは思えん。
相手は人間だ。人間の俺が知っている。あいつらの執念は恐ろしいものだ。
「人間の執念は時として力に変わる。連中が攻めてくる選択をしたときは捨て身の覚悟だ。布陣を構えて腰を据えておかなければ、こちらが瓦解してもおかしくはない」
「……成程。わかりました」
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「――そうですわね。人間の執念は本当に恐ろしい。あの生物ほど執念深い生き物はいませんわ」
雪女さんはどこともつかない方向を見て静かに言った。
「なに染み入ってるのよ。あんたは持ち場に戻りなさい」
「ええ。魔王様、あたしの力……どうぞお好きに使ってください」
「うん。その時が来たら借りるよ」
「うふふ。では、また――」
言い残して雪女さんは持ち場に戻っていった。
遊撃部隊として備えている雪女さんの部隊は、ミノ子さんたちの部隊の隣に列をなしている。
さて、こちらは準備万端だ。
来るなら来い……。
「魔王様! 反応あります!」
サタナキアが声を上げた。
どうやら仕掛けてある魔法に反応があったらしい。
悪魔部隊は一斉に陣を展開し、小さな箱のような空間に入り込んでいく。
それに対してサタナキアはもっと大きな陣を展開し、戦場を飲み込んでいった。
あれでも一応、大悪魔だからな。他の悪魔とは格が違うってことか。
「見えましたね」
サキさんがポツリとこぼした。
言葉の通り、視線の先に旗を掲げる集団の姿を捉えることができた。
「進軍を選んだか。……攻撃に備えろ!! 今日をもってこの戦争は、我々の勝利の二文字で終わる!」
『おおおおおおおおおおおお!!!!』
士気が高まってきた。
見たところ、向こうさんもかなり焦ってるな。
隊列なんて無視したバラバラの突撃か……先頭集団は既にこちらのビースト部隊とぶつかり合いそうになっている。
「衝突しそうですね……魔王様、いい機会ですし、護衛衆の力を使ってみてはどうですか?」
「え?」
「いざ戦闘となった時、感覚をつかめていない状態では危険です。試しにエルフの力……心眼を使ってみてください」
まあ、サキさんの意見は最もか。
魔王の慈愛……護衛衆との契約によって、彼らには魔王である俺の力が供給されている。
護衛衆の就任時に交わす契約と刻印の力で、俺が彼らを信頼するほどに力は強まる。
そして同時に、それは魔王である俺にも共通していた。
紋章を持つ護衛衆であれば、彼らの力も使おうと思えば使えるらしい。
これが以前の魔王と俺の一番の違いだと、サキさんは言っていた。
以前の魔王は護衛衆を頼っていなかったらしく、紋章は飾りになっていたという。
「心の中で護衛衆の名前を呼んで彼らの力をイメージしていただければ、その者の力を共有できます。試しにやってみてください」
「うん」
俺は目を閉じてエルさんの姿を思い浮かべ、彼女の名前を唱える。
心眼のイメージはつかないけど、遠くが見たいと漠然に考えてみた。
「……!」
「成功です。心配はしていませんでしたが、さすがです」
不思議な感覚だ。
一瞬だけ身体が浮いたような感覚に襲われたが、次の瞬間には冴え渡った視界が広がっている。
「すごいな……相手の軍勢の顔まではっきりと見える」
「エルフ・シルフ族の心眼の力です。魔王様はさすがです。簡単にこなしてしまうなんて、お見事です」
「そ、そうかな」
「あの、お二人とも。戦局、動いています」
サキさんの言葉に照れていると、ムスッとしたセイレちゃんが見ていることに気づいた。
あの様子からして、かなりむくれているだろう。
えっと、とりあえず戦局は……あ。
「どうやらミノタウロスが、ぶつかったようですね。あの軍勢は先日のアルカナと同様のようです。……雪女、ミノタウロスのカバーに向かいなさい」
サキさんは陣の力で雪女さんに連絡を取っているようだ。
こちらからも見て取れる。ミノタウロスさんは相手方の不気味な男と相対しているようで、他のビーストに指示を送り、流れ込もうとしている兵士を止めようとしていた。
「これでとりあえずミノタウロスは大丈夫でしょう……しかし予想以上に、人間たちも必死ですね」
「そうだね」
サキさんの言葉通り、相手側の勢いは凄まじく、一人止めたところで後ろからもう一人が脇目もくれずに通過してくる。
狙いは、あくまでも本陣というわけか。
「ん? あれは……明らかに他の騎士や兵士とは格が違うな」
「あれが噂のアルカナを率いる騎士グラウスです。さすがにミノタウロス達では止められないでしょう。指示を送ります。……あれは見過ごしなさい。出来るだけ戦闘は避けて。対処はこちらで行います」
迅速な指揮でミノ子さん達は道を開けるように敵を誘導し、グラウスをそのまま通過させた。
「あれがあっちの切り札なんだよね?」
「ええ、そうです。あれは悪魔部隊の魔法で――」
「それなら、俺がやる」
「「――!?」」
「む、無茶です。魔王様は戦闘自体にまだ慣れていません。ですから……」
「敵将は俺がとる。そうすればサタナキア達にも更に魔王の力を見せつけられる。何より、魔界への牽制と求心のためにも、ここは俺がいかないと」
以前の、いや今までの魔王ならこうしていただろう。
それなら俺が前に出ないわけにはいかない。
「ですが……」
「わかりました。出来る限りのサポートは任せてください」
サキさんは反対するが、セイレちゃんは胸の前に手を組んで頷いてくれた。
「セイレーン……」
「サキュバス様、こうなることはわかっていたはずです。わたくし達が全力で魔王様を支えましょう」
「……わかったわよ」
なんとかサキさんは認めてくれたようだ。
俺は魔王専用の剣を手に取り、その感触を確かめた。
実際に戦闘で剣を扱うのはこれで二度目……しかしオーガの時とは勝手が違う。
この剣はあの時の護身用ではなく正真正銘、以前の魔王が使っていた剣。
「魔王様、その剣は魔王様にしか扱えない特別なものです。力を籠めれば必ず魔王様の意思に応えてくれるはずです」
そう言われて剣を見て見るが、相変わらずの魔界センス抜群なデザインだ。
禍々しい刀身に柄の部分に棘があって握ると少しチクッとする。
「これ、どうして棘あるの?」
「そ、それは以前の魔王様がカッコいいからと」
あの野郎。
「名前とか、あるの?」
「魔剣ヴァーミリオンです」
聞かなきゃよかった。滅茶苦茶恥ずかしい名前だった。
なんだ? 魔王の知能レベルはそこまで低いのか?
「……」
名前に納得はいかないが俺は魔剣ヴァーミリオンを背中に背負い、サキさんとセイレちゃんに目配せする。
「行くよ、二人とも」
「「はい!!」」
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こちらは前方にいるミノ子たちの軍勢。
ミノ子は敵勢力の中心、アルカナの一人ゼノロスと対峙していた。
「うが、殺す……」
相変わらず血走った目でミノ子を見ながら、両手に装着した鉤爪の先端を舐めている。
既に何名かのビーストが犠牲になり、鉤爪の先端には血が付着していた。
「あなただけですか? 他のアルカナはどうしました?」
「があああ!!」
「話の通じる相手じゃなかったですね」
ダッ!
獣のような動きでアルカナの一人ゼノロスが向かってくる。
ミノ子にとって奴との戦闘は二度目。一度目は脳を叩き割っても復活してくるゼノロスに対し、ミノ子は対処法を見出せなかった。
「ミノタウロス様、来ましてよ」
「雪女さん!」
ミノ子の元に吹雪と共に雪女がやってくる。
サキの指示通り、ミノ子は雪女と共に戦闘態勢に入った。
「が? 一人じゃ、ない?」
「あら? 戦場ですから一対一なんてありえませんわよ?」
「不甲斐ないですけど、勝つためです。雪女さん、力を貸してください」
「ええ」
雪女は余裕たっぷりに笑みを浮かべた。
ミノ子はそれを見て肩の力を抜き、金棒をグルンと一回転させて構えた。
「魔王お傍付き護衛衆の一人、ミノタウロス!! 行きます!!」
「同じく護衛衆が一人、雪女。参ります」
ミノ子が走り出していき、ゼノロスは鉤爪でそれに対応する。
金棒と鉤爪がぶつかり合い、激しい攻防が始まった。
「はあああ!!」
ミノ子は全力で金棒を打ち込むが、ゼノロスは先日とは違って明らかに違う動きで華麗に金棒を受け流していく。
「ひゃはああ!」
ズブシュッ!
「――!?」
そして隙を突くように腕を伸ばしてきて、ミノタウロスの脇腹を削った。
いつのまにか彼女の白い肌から、血が流れており、その攻撃はかわせなかった。
「(この動き、前と全然違う? まさか、本気じゃなかったってこと?)」
「確かに、アルカナは驚異的ですわね。けれど……これならどうかしら?」
「んがっ!?」
激しい攻防を繰り広げるミノ子とゼノロス目掛け、雪女は自身の周りに作り出した十数本の氷柱のうち、一本を放つ。
ヒュンッ!
氷柱は一直線に二人目掛けて飛んでいくが、ミノ子の身体を避けるように変化し、ゼノロスの目に命中した。
ブサッッ!!
「があ!!」
「いまですわ!」
「渾身の一撃、いきます! てやあああああああああ!!!!!!」
ズブシャアアアアアッッ!!
垂直に思い切り振り降ろされた金棒は、確実にゼノロスの頭を直撃し、鈍く破裂するような音が響き渡った。
ゼノロスの頭からは大量の血が流れ、残された身体はそのまま俯せに倒れていく。
「今度こそっ……」
「が、あああががががが!!」
しかし俯せに倒れることはなかった。
ゼノロスは足を前に出して踏ん張り、ニカっと笑って顔を上げる。
滴っていた血はなくなり、変形していた頭の形もすでに元通り。
目をむき出しに笑うその姿に、ミノ子は後ずさりしていた。
「そんな……! 確実に頭を潰したはず!」
「がああああ!!!」
そして天に向かって方向のような雄たけびを上げ、ゼノロスは怪我をものともせずに飛び上がり、ミノ子目掛けて鉤爪を伸ばしてくる。
だが、その刃が届くことはなかった。
パキンッ!
「が?」
「どうしまして? こちらは二人がかりといったはず……それに、まだこれ残ってますわよ」
ゼノロスが空からの声に目を向けると同時に氷柱が迫っていた。
「あがっ!」
ズブシュッ!
ズザザザザアアアアッッッ!!!
先ほどの氷柱は再びゼノロスの目を射抜き、更に残りの氷柱が身体を弾丸のように貫いていく。
「あがあああああああああああああああああああああ」
「す、すごい……」
ゼノロスの身体には無数の穴が開き、大量に血を流して今度こそ俯せに倒れる。
しかし、倒れた次の瞬間にはもう傷が塞がり始め、びくんと体が動いていた。
「ひょっとして、アンデッドなのかしら?」
「そ、そんな冗談言ってる場合じゃ――ま、また来ます!」
「そんなに慌てて金棒を構えなくても大丈夫ですわよ。圧倒的な治癒能力を持った人間であれば……氷漬けにして砕いてしまいましょう」
「え?」
「雪花の息吹……」
雪女はどこからともなく取り出した扇を構えると、自身の周りに吹雪を纏い始め、起き上がろうとしているゼノロス目掛けて放った。
その吹雪は彼を包み込むようにして一瞬で氷漬けにした。
「……! これが、雪女さんの力……」
「ふぅ。ではミノタウロス様、砕きましょう」
「……恐ろしい」
ミノ子は氷の中のゼノロスを見下ろし、一思いに金棒を振り下ろす。
そして粉々になった彼が復活してくることはなかった。
「後味、悪いです」
「勝てばいいのですわよ。魔王様は、どうやら始まったようですわね」
「始まった? あ、あれって――」
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「魔王様!?」
俺は最終列から前に出て、悪魔たちの軍勢を抜いた。
さすがに驚いたようで、サタナキアは大声で問いかけてきた。
「サタナキア、あれは俺がやる。お前たちは他の兵士を止めろ」
「……さすが魔王様。敵将の首は自身で取る。変わっていませんね」
サタナキアは感心したのか、命令通りに周囲のカバーへと部隊を移動させた。
そして目前、馬に乗った鎧の騎士がこちら目掛けて突撃してくる。
「――! あれは魔王……その命、このグラウスがいただく!!」
視界にとらえたか。
グラウスはこちらを睨み、そのまま馬で突っ込んでくるつもりだろう。
試してみるか……。
頭の中で雪女さんをイメージする。すると一瞬で身体に冷気が流れ出してきた。
これを地を這わせるように放つ!
「はぁ!!」
パキパキパキイインッッ!!
剣を持っていない左手を振り払うようにしただけで、冷気がイメージ通りに地を這いながら地面を次々に凍らしていく。
「魔王様すごいです!」
「雪女の力……なんか複雑ですね」
冷気は向かってくる馬の足元まで届き、一瞬で凍らせて行動を不能にさせる。
「グラウス様! 馬が!!」
「狼狽えるな! 降りればよいのだ!」
言葉通りグラウスは馬を飛び降りると、ガシャンと大きな音を鳴らして着地した。
同様に、後ろについてきていた兵士たちも馬から降りる。
「……」
グラウスは随分と重そうな鎧に身を包み、険しい表情を浮かべてこちらを睨んでくる。
あれが世界最強の騎士か……。
「魔王! 我が名はアゼール国王が家臣、アルカナの筆頭騎士グラウス!! 貴様を倒し、世界に平穏を訪れさせる者の名だ!!」
それはまた、随分と責任感の強そうな役回りだな。
俺は特に返答もせず、二人に振り返った。
「二人は援護を頼むよ。いざとなったらでいいから」
「はい。お任せください」
「傷はわたくしが癒します!」
頼もしいな……。
さて、と。
「――!」
「な、なんだこの迫力!!」
あれ?
ちょっとやる気出しただけなんだけどな。
「お前たちは下がれ!! 足手まといだ……」
「はっ!」
グラウスは部下を下がらせ、盾と剣を構えて深呼吸した。
俺も背負っていた剣を両手で構える。
緊張感が張り詰める空気の中、先にグラウスが動き始めた。
「魔王、覚悟!!!」
ダッッッ!!
その体躯から想像の出来ない迫力と速度で一気に間合いを詰められる。
一歩の脚力じゃないだろ、それ。
こちらもすぐに剣を構えて、振りかぶって来るグラウスの剣を防ぐように動かす。
子供の頃にバッティングセンターで遊んだことはあるが、あんなフルスイングではなく相手の動きに合わせるように剣を持っていく。
「ふんっ!!」
ガンッッッッ!!
メキメキメキッッ!! ズシンッッッッ!!
「……っ!」
俺の剣とグラウスの剣が衝突し、衝撃波が辺りの草木を吹き飛ばした。
気づくと地面はえぐれ、俺たちを中心にクレートができている。
「……はぁ、はぁ」
それほどまでに一撃の威力が大きかったのか。手が痛い……。
だが、これしき……!!
相手も考えていたことは同じだったのか、剣をひいて振り抜こうとすると今度はグラウスが俺の攻撃を防いだ。
「だああああああ!!」
そこからは勢いに任せるだけ。
しかし何度も剣を叩き込むが、グラウスは剣と盾をうまく使って俺の攻撃を防いでくる。
キンッ! キイィンッ!!
「「はあああああああああああああああああああ!!!!」」
そこからは力と力のぶつかり合いだった。
俺は剣を思いきり振り、グラウスはそれを剣と盾で受けきる。
明らかに技量の差はあるが、力なら対等のはず――な!?
キンッッ!!
「魔王様!」
やべ、弾かれた!?
もしかして、単に力だけでも負けてるのか!?
「もらった!!」
グラウスの剣が首元まで迫ろうとしている。
サキさん達も動こうとしているが、さすがに突然すぎて間に合いそうにもないのが視界の隅に移る。
「……っ」
さすがにこれを食らったら死ぬ!!
考えろ、この一瞬で、どうすれば!
……そうだ。あの人だったら、どうする?
思い浮かんだのは、黒い鎧の首なし騎士の姿。
イメージした瞬間、それは想像を超えた身のこなしになって還元された。
「ふんぬっっ!!!」
ガキィインン!!
弾かれて終わりだと思った刹那、俺は無意識にデュラハンさんの力を借りていた。
洗練された戦闘術は、弾かれた剣の反動を利用して肩をぐるりと回し、下から振り上げるようにグラウスの剣を弾いてみせる。
「魔王様! ご無事ですか!?」
「大丈夫だよ、二人とも! まだ大丈夫!!」
間一髪、俺の首元を狙った一撃は軌道を大きくそらし、危機を逃れた。
「……!(先程までの我流とは違う洗練された剣の扱い。何が起こった。これが魔王なのか?)」
グラウスも少し動揺しているようで、距離をとって盾を構える。
このままデュラハンさんの力で押しきりたいが……もう俺の中にデュラハンさんの力を感じない。
慣れていない証拠か?
さっきの雪女さんの力も、一回使うだけで精一杯だったしな。
「ふぅ……」
このまま先程と同様に力でぶつかっても負ける。
技術じゃ誰にも勝てない。確かに魔王の身体は少し反射的に動ける面もあるが、それだけだ。
勝つためには、この魔剣の力を引き出すのが手っ取り早いか、あるいは護衛衆の力を借りるのが得策か……。
どちらにせよ付け焼き刃だな……。
「面白いじゃないか。人間のくせに、少々お遊びが過ぎたようだ」
「……!」
こうでも虚勢を張っておかないと、さっきの危なかったシーンは払拭できない。
最速で考えろ。今の俺に出来て出来ないことを……そこから、どう戦えばいいのかを。
「魔王……我が手で滅ぼす!!」
「俺を楽しませてみろ!!!!」
全力で魔王を演じたセリフを吐いたが、再び剣がぶつかりそうになっている。
このままじゃ、さっきの二の舞だ。そうなれば、今度こそ首が飛ぶ。
馬鹿の一つ覚えみたいに剣戟繰り返しても意味がない。
それなら……ミノ子さん!!
「力、借りるよ!!」
彼女の姿を思い浮かべると、身体の熱量が一気に増加した気がした。
今なら拳一つで地面を叩き割ることもできそうなくらいに、力があふれてくる。
このビーストの怪力で、力負けするはずがない!!
「うおおおおおおお!!」
グラウスが迫る。迷っている暇はない。
ミノ子さんのパワーをイメージして、それをそのまま体現する!!
大丈夫、絶対に力負けしない。
彼女の力を信じるんだ。
キイイイイインッッッ!!!
グラウスと俺の剣が再びぶつかり合い、火花と轟音が放たれる。
それは今までのどれよりも激しいもので、ビリビリと衝撃波が俺達を中心に破裂する。
「……!?」
一度目の打ち合いで、すぐにグラウスの表情が曇った。
気づいたか、だがもう遅い!!
すぐに俺は剣を振りかぶり、攻撃を繰り出す。グラウスもやっと盾を構えるが、強引に力任せに振りきる。
「ぐっ、なんだこの力は……っ!」
盾を押し切り、再度剣を振り抜く。
グラウスもそれに対応し、一歩も譲らない剣戟が繰り返される。
まるで自分の身体じゃないみたいに力があふれる。デュラハンさんの時よりも、より強くミノ子さんの力を引き出せている感じだ。
「うおおおおおおおおおお!!!」
「っ!」
いける!
グラウスの身体が揺らいだ!
今度は力で押し切る!!
盾ごと斬ってやる!
俺の中に流れ込んでくるエネルギーをそのまま剣に乗せろ!!
「らあああああああああああああ!!」
「なっ――!」
グラウスの剣を弾いた。ここだ!!
ズバンッッ!!!
「ぐっ、かはっ……」
「グラウス様!!!!」
手ごたえはあった……!
これな、ら……?
「嘘だろ」
思わず小さな声で言葉をこぼす。
いや、今のでどうして、その程度の傷で収まる。
「ありえません。魔王様の一撃が間違いなく命中したはずです!」
「前と同じよ。あの人間の身体は、魔物でも信じらないくらいに頑強なの……でも、これは以前よりも……」
サキさんの声が聞こえた。
彼女の言葉通り、俺の振り切った剣はグラウスの鎧を砕き、傷を与えている。
しかし、鎧の下の屈強な肉体に刻まれていたのは紙で指を怪我したかのような薄い傷。手ごたえに反した結果だった。
「流石は魔王か。我が体に傷をつけるとは……」
何だよその台詞。どっちが魔王だよ。
「だが魔王であれど、陽の光の下にいる俺には通じない。皆の者! 勝機は見えた! 諦めるな!!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
「人間風情が調子に乗るなぁ!!」
サタナキアが応戦しているものの、連中の動きが苛烈を帯びてきた。
士気が下がるどころか、今ので高騰してしまったか。
ビリビリとした圧力、存在感がグラウスから放たれて、周りの連中に伝播してる感じだな。
「魔王様……助力を!」
「ありがとうサキさん。でも大丈夫。身体が動く感覚はつかめてきた……」
正直、このままで勝てるとは思えない。
相手は戦闘の達人だ。素人の浅知恵じゃ技量では勝てない。
それにあの恐ろしく頑強な身体……あれだけ力を込めて切り込んでもほぼ無傷……。
だからサキさん達の力を借りても、奴の身体に傷をつけるのは難しいだろう。
「こうでなくてはな、人類最強……」
今はまだ強がりの一つでも吐くしかない。
目の前の化物を倒すため、頭をフルに回せ。
グラウスも剣と盾を構えなおし、ニヤリと笑みをこぼした。
「魔王を倒し、世界を安寧に導く。我が主の願いを叶えるために、このグラウスに敗北の二文字は存在しない!!」
宣言と共に踏み出す足を見逃さず、剣を振りかぶる。
ミノ子さんの怪力は効果が薄くなっているが、それ以外の対処の術がない。
ガキインッッ!!
音を合図に戦いが再開する。
魔王の目でかろうじて捉えられるグラウスの剣に合わせ、激しい攻防の剣戟が始まってしまったのだった。