第十章20 『静かすぎる朝』
*勇者sideです。
「ふわぁあ……よく寝た。って、やけに外が静かだなぁ」
国王暗殺騒動の翌朝。
ライムさんのおかげで安全を保っていた僕たちは、呑気なことにすっかりと熟睡してしまったらしい。
外から光が差している。
もう、完全に朝か。
朝……朝!?
「ったく、まだ昼じゃねぇのかよ。もっかい寝よ」
「勇者様、相変わらずのクズっぷりです。今の状況を忘れたです?」
僕が横になろうとすると、モルちゃんの声が聞こえた。
彼女は既に起きていて、ちょこんとテントの端に座っている。
「……やだなぁ。忘れたわけないじゃん。僕たちは国王暗殺の容疑をかけられた重要人物だよ」
「その通りですよ。とりあえず、エリカさんが戻ってきたらこれからの行動を考えるです」
「? どこ行ったの?」
「周囲の偵察に行ったですよ。この静けさが気になるらしいです」
相変わらずアクティブだなぁ。
「大丈夫なの? 外に出たりして」
「多分というか、間違いなく大丈夫ですよ」
……まあ、ほとぼりも冷めたってことだろう。
連中もいつまでも犯人捜ししてるわけじゃないだろうしな。
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「ただいま。戻ったわ。……ようやく起きたわね、勇者」
しばらくしてエリカちゃんが戻ってきた。
「どうだったです?」
「そうね。あのライムとかいう変な女の言ったとおりだったわ」
ライムさんって昨日の超美人なミステリアスレディだよな。
彼女が変な女……。
「変って……いやいや、エリカちゃんも負けず劣らず――」
「あ?」
「なんでもないっす」
なんか場が緊張してたからジョーク言っただけじゃん。
そんな「殺すぞ」と言わんばかりの目で見ないでよ。
「はぁ。勇者様は放っておいて、報告を続けてほしいです」
「いやモルちゃん、辛辣すぎね?」
「自業自得ですよ」
あ、これ間違いない。
魔王との例の約束のことを怒っているな。
まあ、体裁では『勇者の消滅が偽装であることを簡単に知られないため遠くに飛ばしてほしい』ということだったが、実際は僕が自由を欲しただけ。
モルちゃんにはその辺がバレバレなのだろう。
「……そうね。きっと言葉よりも見てもらったほうが早いわ。もうテントを出ても問題ないから、あんたも一緒に来なさい。今の連合軍の状況が一目でわかるわよ」
「へーい」
エリカちゃんに言われるまま、僕はモルちゃんと一緒にテントを出た。
するとたった一歩で異変に気付く。
「……誰もいねぇ」
「本当です。人払いをしたかのような静けさで不思議だったですが、これは想像以上ですよ」
モルちゃんも驚いていた。
そこには昨晩まで犯人探しに躍起になっていたとは思えない光景が広がっている。
誰もいない。
騎士や兵士はおろか、商人までもが姿をくらましていた。
「これは、わたくし達が集団で敵の術中にはまったと考えるべきですよ。わたくしの錯視魔法と同じです」
「そうかもしれないけれど、可能性は薄いわね。ほら、耳を澄ませてみなさい。かすかに戦場の方から声が聞こえるはずよ」
戦場? この状況で?
んな、馬鹿な。
僕とモルちゃんは半信半疑の中、耳を澄ませてみる。
すると聞こえてきた。
剣の打ち合う音、地面のえぐれる音、魔法が射出される音……どれもが昨日まで眺めていた光景から発せられる音だ。
『うああああああ!!!』
僕らは同時に目を丸くする。
確かに戦場から声が聞こえてきた。
「これってどういうことです?」
「……どうやら、私たちが寝ている間に連合軍は進行を開始したみたいなの」
「はぁ!?」
おいおいおい。国王死んだ次の日も戦いに行ったって? 馬鹿じゃねぇの? 喪に服せよ。
「率いているのは、アルカナの誰かです?」
「この状況からして、そうでしょうね。私も周囲を確認して得た情報だから何とも言えないけど、兵を率いることができるのは彼らしか適任がいないわ」
「――にしたって」
これはさすがに……。
「勇者様の仰りたいとおり、あまりに無謀ですよ」
「そうね……これ以上の無謀はないわ。状況が最悪の中で全軍突撃なんて、馬鹿のすることよ」
エリカちゃんの言う通りだ。
全軍で進行? これまでじりじりと兵力を削られていた連合軍側に何ができる。
そんなの素人でもわかるぞ。
「商人たちは勝ち目のない戦いを見限って撤退した、といったところですよ。相変わらず逃げ足の早い連中です」
「……つまり、僕らが爆睡している間に戦う奴は戦いに出向き、逃げるやつはさっさと逃げたってことか」
……僕も逃げてぇ。
だけど、僕にとって魔王との作戦はこれ以上ない自由を得るチャンスなんだ。
ここで逃げるわけにはいかねぇんだよなぁ……。
「じー」
「――! な、なにかなモルちゃん」
「よからぬこと、考えてるです? この期に及んであの提案に乗ろうなんて……」
「ま、まさか。あっはっは」
モルちゃんの次の就職先はエスパーに決まりだな。
いい芸能事務所を紹介してあげよう。うん。
「エリカさん、わたくし達も逃げるべきです。これ以上、わたくし達に出来ることはないですよ」
「そうね……さすがに連合軍に加勢する理由がないわ」
マズい。話の流れ的に逃げる選択肢になってる気がする。
個人的には嬉しい……だが、このままだと自由が……。
それに、魔王との作戦を台無しにすると、今後に支障がありそうだし……なにより、シュネーさんのものと思われる視線が妙に痛い。
「さ、さすがにこの状況で勇者が逃げるのはマズいんじゃね? その、世間的にさ」
「は? あんたが世間での勇者像を気にするとか、今更何企んでるのよ」
「え、と……」
あれ、エリカちゃんに一瞬でバレたぞ。
かくなるうえは、協力者であるところのモルちゃんが頼りだ!
僕はウィンクして合図を送る。
するとモルちゃんはこちらに気づいたようで、にっこりと笑った。
「この大陸から出るですよ。わたくし達は一刻も早く賢者の末裔を探して勇者様の力を解放させるべきです」
「なっ……!」
謀反だ。
いま、目の前で堂々と謀反が起きた。
「決まりね、それじゃあ――」
すまん魔王。
こうなってしまったら僕の意見なんて通らないんだ。
まあ、それ以前から通った試しが記憶にないわけだけど。
「さあ、一度テントに戻るわよ」
「へーい」
僕は渋々エリカちゃんの後ろを歩く。
すると、僕の後ろを歩いていたはずのモルちゃんが足を止めて遠くを見つめていた。
「あれ、どったの?」
「いえ、その……よく見ると、ここ、戦闘の形跡があるです」
「戦闘の形跡……本当ね」
エリカちゃんもモルちゃんも凄いな。
僕にはただの騎士たちのテントが並ぶ通りだと思っていたが、確かに言われてみると一ヶ所だけ、不自然なくらいにテントが壊れている。
「駐屯地の中で戦闘……ありえないわよ。だったら何故連合軍は進軍しているの?」
「落ち着くです。この壊れたテント、よく見ると血が地面に落ちているです。この先に続いているですよ」
そう言ってモルちゃんは地面の血痕を指さした。
確かに、崩れたテントの奥へと続いている。
見ると、他にもテントは崩れていて、一直線に崩壊したテントが並んでいた。
「も、もしかして誰か魔物に食われた、とか?」
エリカちゃんが青ざめる一方で、モルちゃんは首を横に振る。
「仮にも世界最大規模の連合軍……魔物の侵入を許すとは思えないです。それに、そうだとしたら彼らがここを防衛しないのは変ですよ」
「……よくわかんないけど、辿ってみりゃいいんじゃねえの?」
「「……」」
「な、なに? 二人して僕を見て……何か変なこと言った?」
「変なことは常に言ってるですよ。けど、たまに思い切りのいいことを言うです」
「そうね。確かにクズで馬鹿だけど、たまには核心をついてくるわよね」
なんか、急に罵倒され始めた。
こうして僕らは血痕を辿っていく。
崩壊したテントを掻き分けながら進んでいき、ようやく足を止めた。
そして、それを見てモルちゃんは僕に振り返る。
「あれ、人です?」
「ねぇねぇねぇ、血まみれよね? あれって血よね?」
モルちゃんの指さした先には、ボロボロのテントにもたれかかる少女の姿があった。
袖の長い服を着た少女……どこかで見たことあるような気がする。
確かここに来てから……あ。
「あれって、もしかして……アニアちゃん?」
「「アニアちゃん??」」
「いや、あのアルカナの! ほら、背の小さい子だよ!!」
「随分と詳しいです。ここにも同系統のロリがいることを忘れているです?」
「そういうことじゃないって! ってか、早く助けないと!! アニアちゃん!」
「あ、勇者! モル、行くわよ」
「キャラ被りです」
「……行くわよ」
僕らが駆けつけると、アニアちゃんの惨状がよく分かった。
呼吸は浅いが、まだ息がある。足元に剣が落ちているところを見るに、誰かと戦った後か?
「かなり強い打撃を食らったってところかしら。この辺のテントが破壊されているのは、打撃で吹き飛ばされたこの子の仕業って所かしらね」
「そのようです。しかしアルカナのアニア様がこの有様……。一体、何が起こってるです」
「う、ぅん」
「気が付いた! 僕だよ、勇者だよ! 何があったの!?」
「……勇者。ぐっ」
アニアちゃんはどこか痛むのか、顔を苦痛に歪ませている。
あのポーカーフェイスだったアニアちゃんとは別人みたいだ。
「無理して話さなくてもいいけど、あなた刹那のアニアよね。一体、誰にやられたの?」
エリカの問いに、アニアちゃんはようやく顔を上げる。
その顔は弱りきった身体とは反対に、力に溢れた闘志を持っている。
そして、何かを決断したのか、ゆっくりと口を開けた。
「……グラウス」
「「「…………!!」」」
「グラウスって、あの不動のグラウス?」
あのムッツリっぽい鎧の奴か。
でもあいつも同じアルカナだったはず。
「呆れたわね。この期に及んで犯人捜索が激化したってこと?」
「ちが、う。うちが、止められなかっただけ」
「止められなかった?」
僕の言葉に、アニアちゃんは小さく頷いた。
「あの馬鹿の、暴走を――」
そう言ってアニアちゃんは僕達がのんきに眠っていた早朝の出来事を、ゆっくりと端的に話し始めた。