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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第十章 「ヘルリヘッセ大戦」
188/209

第十章19 『魔王陣営の夜』


 こちらは魔王陣営。

 雪女の戦闘や国王が暗殺されているとも知らない魔王は、勇者との接触を終えて拠点に戻っていた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「魔王様、おかえりなさいませ」


 帰るなり拠点の扉の前で秘書のサキさんが待っていた。

 ちょうどいい。


「サキさん、ちょっと話があるんだ。部屋に来てくれないかな」


「え……」


 俺はサキさんを伴い、セイレちゃんと共に拠点の自室に戻った。

 戻るなりセイレちゃんは部屋の隅に置いてあるポッドでコーヒーを作り、俺に差しだす。


 それをゆっくりすすり椅子に腰かけると、サキさんが口を開く。


「話というのは……やはり勇者のことですか?」


「そう……。結界は張ってある?」


 俺が尋ねるとサキさんはポンと自分の胸をたたく。


「お任せください。魔王様の部屋は簡単に傍受できないようにしてありますから。…………昨日のような一件がないように」


 さすがサキさん。用意周到だ。

 けれどなんか最後の方だけ小声で聞き取りにくかったが、まあいいか。


「勇者との交渉はこちらの思惑通りに終わったよ。勇者を予定通り、敵軍の目の前で消す。サキさんには転移魔法の準備をお願いしたいんだ。奴を大陸から消すことになるから」


「この大陸から消すとなると、大規模な転移になります。陣を構築したとしても時間がかかってしまうかと……転移先はどうしますか? 溶岩の中ですか?」


「いや、殺す気はないって言ったでしょ。とりあえず、勇者の希望を聞いてやることにした。座標は――」


 サキさんに詳しい座標を話すに至って、俺は頭の隅で勇者とのやり取りを反芻する。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 海岸付近に影が四つ。

 その中の一つである勇者は、こちらの提案をに目を丸くした。


『戦場から消すって、どういうことだよ!』


『言葉通りだ。俺の臣下の魔法でお前を転移させる。あたかも俺が消したように演出してな』


 俺の言葉に、勇者は口を開けたままだ。

 隣の仲間と思える少女も目をパチクリさせている。


『つまりだ。この戦場から勇者が消えれば人間側の士気が下がるだろうって話だ』


『な、成程……』


『成程じゃないですよ、勇者様。まったく理解できていないです。あと説明も端的すぎるです』


『魔王様に文句ですか!!』


『セイレちゃん、抑えて。……確かに説明が足りなかった』


 セイレちゃんをなだめながら、俺は少女を見た。

 勇者の横にいる彼女は、馬鹿勇者とは違って冷静な思考ができる相手のようだ。


 二つ返事で理解してもらったほうが楽だが、こうなった時も想定しておいてよかった。


『俺たちの共通目的を確認しよう。それは戦争の終結のはずだ』


『そうだな』


『その為に必要なのは戦意の喪失だ。長期戦に持ち越して戦意を喪失させる手も考えていたが、こちらの状況が変わってしまってな。すぐにでもこの戦争を終結させたい』


『まあ、こちらとしてもそうです』


 利害は一致している。

 問題はその方法だ。


 とりあえず、国王の暗殺は伏せておくとしよう。

 今この間にも雪女さんが動いてくれているはずだ。


『俺はその為に勇者であるお前を消す。戦場で姿を消せば、士気も大いに下がるだろう』


『う~~ん。まあな』


『それは過大評価ですよ』


『モルちゃん!?』


 どうやら少女からすると勇者が消えても影響力はないとのことだ。

 なんとなく、わかる気がする。


『まあ、曲がりなりにも勇者だから効果はあるだろう』


『お前も大概に扱いひどいな!!』


『ですが、そもそも転移ということは、わたくし達とはぐれてしまうですよ。そんな危ない賭けは賛成できないですよ』


 パンッ!!

 少女の言葉に反応し、勇者は手をたたいた。


『……それだ! 魔王、それしか手がないよな。僕も同意だ。戦争を早く終わらせるに越したことはないからな』


『あ、ああ』


 なんだこいつ。

 いきなり目を輝かせて同意してきた。

 さすがにここまで物分かりがいいと不気味だな。


『はぁ……勇者様の考えが手に取るようにわかるですよ』


 隣の少女は落胆した顔つきで勇者を見ているようだが……まあ、こいつらの関係性はどうでもいいか。


『勇者様、わたくしは――』


『まあ待ってよモルちゃん。なにも見返りなしに引き受けようってわけじゃない。こっちだって仲間と離れ離れにされるんだからな』


 こいつの言い分はわかるが、よくその立場で交渉に持ち込めるな。


『わかっている。転移させるといってもすぐに合流できるように――』


『そ、それは困る!!』


 慌てて止めに来る勇者。

 一体、何がしたいんだこいつ。


『て、転移といってもすぐに存在がバレちゃ駄目だろ? だから、転移先は僕のほうで指定させてくれ』


『勇者様……』


 仲間の少女はあきれているが、俺にとってはこいつの合意さえあればどうでもいい。

 最悪、無くても強制的に転移させるつもりだったがな。


『……いいだろう』


『交渉成立だ! 場所は――』


 勇者は場所がわかるように地図を取り出すと、転移先の地点を示した。

 ここからかなり遠いな。何考えてんだか。


『わかった。そこに転移させよう』


『よし。んで、僕はどうすりゃいいんだ?』


『俺たちとアルカナが戦う機会が来るだろう。そこで俺たちはアルカナを崩壊させる。その後にこちらの陣営にシュネーさんを通じて転移させる。それまでは待機でもしていてくれ。段取りはこちらで組む』


『成程な。んじゃ、その時が来たら合図をくれよ。って言ってもシュネーさんに強制連行されるのか』


『そうだ。互いの健闘を祈ろう』


『おう』



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 


 

 経緯をサキさんに話し終えると、彼女は頬をひくつかせて怒っていた。


「……おのれ勇者。魔王様が下手に出てあげたというのに。魔王様、やはり消すべきではないでしょうか?」


「まあ、そうもいかないんだよ」


 さすがにサキさん達には伏せているが、俺には天界の天使と戦う使命がある。

 悪魔を統べる皇帝ルシファーとの一件以来、天使の存在は頭の片隅に置いている。


 奴らと戦うためにも、勇者の力は不可欠になるだろう。


 その為にも、あいつを倒すわけにはいかない。


「サキュバス様、妻というものは夫を詮索しないものですよ」


 セイレちゃんは何やらこちらを見てからサキさんに言った。

 彼女にも伝えたことはないが、何か察してくれたのだろうか。


 しかし今の一言は棘がありすぎないか。


「……私は妻である前に秘書ですから。あなた様のように仕事もせず魔王様とイチャついているわけではございませんので」


「んなっ!」


 ほら、またこうなった。

 この二人、仲いいんだか悪いんだか……悪いのか。


「そもそも、同行していたセイレーン様は何をしていたのよ! 黙って見物でもしていたのかしら?」


「サキュバス様が同伴しなくて正解、です。あなたがいたら、まともな話し合いにならないですから」


 なんか、更にバチバチ睨み合ってるんだが。


「と、とりあえず、情報を整理しておこう。俺たちが倒すべきは連合軍の指導者である国王……これは雪女さんに頼んであるから大丈夫だとして、勇者を消す段取りも整いそうだ。あとは――」


「アルカナですね。やはり彼らは、我々が相手をします。魔王様が前線に出てしまうのは得策ではありません」


 この作戦が決まってから、サキさんはずっとその意見を曲げようとしない。

 だが、ここでいつまでも静観してるわけにもいかない。


「サキさん、俺も出るよ。この戦争を早く終わらせるためにも……そして魔王の威厳を示すためにもね」


「ですが魔王様――」


 やはり、前回の対戦で以前の魔王がアルカナと戦って傷を負ったことがサキさんの中で印象として残っているのか。


「……自分は賛成です。魔王様の御傍に付きますから」


「セイレちゃん……」


「むか。セイレーン様……そのポジションは渡しません。私には勇者を転移させる責務がございますので、どうぞ拠点でミノタウロス特製のミルクティーでも飲んでいてください、正室らしく」


「むっ。サキュバス様、さすがに自分も今の発言に黙っているわけには――」


 あ、いかん。また二人の視線がぶつかり合ってる。


「あ、あの二人とも落ち着いて――」


 ひやぁ……。



「「「――――!」」」



 俺が口を挟もうとしたところ、部屋の中に冷気が流れ込んできて足元を冷やす。

 三人して部屋の入り口に目を向けると、雪女さんが静かに浮かんでいた。白い冷気を纏う美人は相変わらず神出鬼没だった。


「雪女! あんた、いつからいたのよ!」


「今来たところですわ。……魔王様」


 雪女さんは珍しく神妙な面持ちでこちらを見てきた。

 いつも浮かべる含みのある表情ではなく、何か思いつめたような顔をしていた。


「雪女、何かあったの?」


 たまらずサキさんが質問すると、雪女さんは静かな声で「特に異変はありませんわ」と言って、再度こちらを向く。


「……魔王様、申し訳ございません。国王の暗殺は失敗に終わりました」


「……!」


「雪女様……」


 まさか、雪女さんが失敗するなんて。

 可能性はゼロじゃないが、限りなく成功の兆しが見えていた作戦なだけに驚いてしまった。


「失敗!? あなたが出向いて、どうしてそうなるのよ!」


「国王の防衛は万全ですのよ。さすがに一人では無謀でした――」



「魔王様、報告に……あ、お姉さまも来ていたのですか」



 少し落ち込んでいる雪女さんの言葉を遮るように、似た風貌の和服の美女が雪を纏いながら壁をすり抜けるようにして入室してきた。

 彼女は雪女さんの妹のシュネーさんだ。今は勇者の見張り役として向こうにいるはずだが……。


「シュネー、ノックくらいしなさい」


「す、すみません。ですがお姉さま、さすがです!」


「え……?」



「国王は無事暗殺され、我々も次の準備に取り掛かれます! お姉さまのおかげです!」 



 ん?


「シュネー、あなた何を言って……」


 当の雪女さんも困惑していた。

 そりゃそうだ。つい数秒前に失敗の報告をしたと思えば、妹が成功の報せを持ってくるのだから。


「シュネー……それは本当なの? 念のためスライム族に確認をとるけど」


「え? いいですけど、その報告にお姉さまがいらしていたのではないのですか?」


 シュネーさんは首をかしげる。

 どうも情報がごちゃごちゃしてきたな。サキさんは部屋を出ていって向こうに潜伏しているスライム族と連絡を取るみたいだ。彼らの情報で確認が取れるだろう。


「ま、魔王様……」


「俺にもさっぱりだよ、セイレちゃん」


「あの、魔王様。これは一体――」


 ドタドタドタ!!

 バンッ!



「魔王様! シュネーの情報通りです! 国王は暗殺により死亡しています!!」



 サキさんが勢いよく戻ってくると、確認の取れた状況を説明してくれた。

 どうやら国王は睡眠時を襲われたらしく、連合軍陣営では犯人探しが行われているとのことだ。


「……雪女、あんたねぇ。ドッキリならもっと早く種明かししなさいよ! ビックリした」


「ええ、そうね。次からそうしますわ」


 ……。


 雪女さんの表情は晴れていない。むしろ困惑していた。

 もしかして、本当に雪女さんは失敗しているのか?


「……だとしたら、……やはり」


 何か考え事をしているようだが、そっとしておこう。

 とりあえず、今は――。


「これで明日からの戦況は変わるだろう。向こうが撤退してもおかしくない状況だ。サキさんは各部隊に現状を通達しておいて。明日の朝までには共通認識にしておきたい」


「はい、お任せください」


 サキさんは早速部屋を出ていき、準備に取り掛かる。


「そういえばシュネーさん、何か報告があったのかな?」


「あ、はい。勇者一行にも国王殺しの容疑がかかっているみたいなのですが、うまく隠れているみたいで、彼らを見失ってしまいました」


「見失う……まあ、疑われても仕方ないからなぁ。とりあえずシュネーさんは例の作戦まで勇者を見つけておいてもらえるかな。もしこの島を出ているようなら、いったん報告をしてほしい」


「わかりました。では――」


 ひゅおおおお。

 纏っていた雪に包まれるようにしてシュネーさんはいつも通り姿を消した。


「……雪女様、大丈夫ですか?」


「セイレーン様。お気遣いありがとうございます。わたくしは明日に備えて少し休みますわ。どうも頭が混乱してしまっていて……魔王様、セイレーン様、お先に失礼します」


「うん、無理はしないでね」

「おやすみなさい、です」


 びゅおおおおおおおお!!


 セイレちゃんの言葉に少し微笑み、雪女さんはシュネーさんと同様に一瞬で姿を消す。


「何か、様子が変でしたね……作戦も失敗したと言って、いましたし」


 確かにいつもの彼女らしくもない。

 何があったのかは知らないけど、今は十分に休んでもらおう。


「とりあえず、俺たちの出来ることをやって雪女さんの働きに貢献しよう」


「はいっ!!」


 俺は胸の前に手をもってきて掌を開いたり閉じたりした。

 未だに秘かに訓練している剣も上達しているとは思えない。魔王の筋力があるから誤魔化せるが、戦闘になったらそうはいかないだろう。


 しかし、それを見ていたセイレちゃんの一言で不安は消え去った。


「……大丈夫、です。自分もサキュバス様たちもいます。あなた様のためなら、ここにいる誰もが力を貸してくれます……なので、魔王様は堂々としていてほしいです。自分の、旦那様ですから」


「……! そうだね、若干日和ってたかも。でも、まあ……魔王として生きる覚悟は()()()ついたから大丈夫だよ」


「はいっ!」


 そうだよな。

 何を勝手に日和ってんだか。俺にはみんながいる。セイレちゃんが、俺を見ていてくれる。

 そうある限り、俺は紛れもなく魔王でいられる。


「きっと明日は戦況が動く。だから、明日で終わらせよう。この不毛な争いに終止符を打つ」


「はいっ、魔王様!」


 こうして、魔王陣営の夜はくれていった。











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