第十章18 『ミステリアスな女』
*勇者sideです
国王暗殺の報せは、一瞬にして駐屯地中に伝播した。
魔王との密会を終えて帰ってきた僕とモルちゃんは、テントに残してきたエリカちゃんの元へと急いで戻る。
するとそこには、呑気に目をこすって起き上がるエリカちゃんの姿があった。
「ふわぁ、うるさいわねぇ……あれ、なんで私寝てたのかしら……」
「エリカちゃん、大変だよ!」
「何よ馬鹿勇者。ふわぁ、もうひと眠り……」
「大変なんですよ! エリカさん!」
「え?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~
僕とモルちゃんは、断片的に手に入れた情報をエリカちゃんに伝える。
国王が何者かの手によって殺されたこと。
犯人捜しで外が騒がしいこと。
今わかる情報を伝えると、エリカちゃんは目を丸くした。
「それって、マズいわよね。この連合軍のトップが崩れたら……」
「探せ!! 必ずや探し出して磔にしろ!!」
「外、一段と騒がしくなってきたです」
このままテントにいるべきなんだろうなぁ。
どうか、アリバイを話せない僕に疑惑が向きませんように。
しかし、そんなフラグとも思える願いは一瞬で折られた。
「間違いなく勇者の犯行だろ!! 自分を登用しない国王様に腹を立てたんだ!!」
「聞くところによると、此度の勇者はあちこちで悪評が流れてるからなぁ。勇者の特権を利用した脅迫、殺人、強盗……仲間の女二人だって弱み握られてるって話だぜ。クズかよ」
「……」
……なんか、おかしくね?
借金背負ってるの僕だし、特権利用してそんなことしてねぇっての! むしろ、そんなつまらないことしねぇっての!! 脅迫とかは、あれだ。エリカちゃんがやっていた気がするが僕は見ていない。
「きっとあの女二人も犯罪者なんだよ」
「ありえるな。クズの勇者と一緒にいるくらいだからなぁ。ふつう逃げるだろ」
「……」
なんだよ、それ。
ムカついてきた。久しぶりに頭に血が上ったぞ。
「勇者様、どこへ行くつもりです?」
「あいつら殴ってくる」
「そんなことしたら、明日の朝には磔台かもですよ」
……。
まあ、冷静に考えてみれば二人は変人だし、犯罪まがいの行動も仕掛けてるからなぁ。
いや、決して磔が怖いとかじゃない。
一瞬だけ二人が非難されていることに腹を立てたが、頭が冷えただけだ。
何にでも目くじらを立てるのは良くないよな、うん。
「そうだね、やめておくよ」
「勇者様、素直でキモいです。けれどわたくし達への悪口に怒って飛んでいく熱い姿が見たかったので残念ですよ」
「どうすればいいのさ。……けど、なんかヤバくね? また犯罪者扱いなんだけど」
「よしよし。貰い手のない哀れな勇者様はわたくしが世話してあげるです。とりあえず、子作りが前提条件ですよ」
「なんか久しぶりに言われた気がするけど……間に合ってるから」
しかしまあ、大変なことになってきたな。
あの感じだと、今テントを出ていくのは得策じゃない。
「このままだと、私たちのテントも襲撃されるわね」
「です。身支度をして……そういえば、だれ一人来ないですよ」
モルちゃんが首を傾げた。
確かに、彼女の言う通り誰も来ない。誰も、何故か、来ない。
ここが勇者のテントということはかなり広まっているはずだ。敷地内にやって来た時だって物珍しさで見物に来る奴らがテントの周りにいたくらいだからな。
それなのにだれ一人ここに踏み込んでこないのは何故だ?
「ここに勇者ちゃんはいる?」
「「――――!?」」
しかし、それは偶然だったのかもしれない。
今まさにテントに侵入者がやってきたのだから。
だか、ら?
って、この人は!!!
「モル、戦闘準備!!」
「もうしてるですよ! 勇者様は後ろに!」
「早くッ!!」
「うわぁ!!」
二人はその人物が入ってくるのと同時に剣と杖を構える。
僕はエリカちゃんにおもいきり引っ張られ、彼女たちの後ろに転がった。
「あららぁ? もしかして取り込み中だったかしら?」
しかしそんな惨状を見ながら、女性は右手を頬に添えて戸惑った表情を浮かべている。
「あんた、アルカナの一人……ライムよね」
剣を構えたエリカちゃんが目の前の桃色の髪の女性に問いかける。
間違いない、彼女は先日見かけたアルカナの一人「ライム」さんだ。
左目の目元にある泣きボクロがチャームポイントのグラマラスなお姉さま。いつ見ても素敵だ。
「そうよ。アタシはアルカナの一人、魅惑のライムよ」
「自分で言うとか、傲慢ですよ」
「うふふ。自信があ・る・の❤」
「ちっ、これだから胸のでかい女は……DEATH」
なんか、語尾がいつもと違うよモルちゃん。
まあ、わからんでもない。あれだけの巨乳は中々いないからな。
一度だけ付き合ったことのあるグラドルのアイナちゃんにも劣らない体型……そりゃあロリ体型のモルちゃんからしたら――。
「勇者様、わたくしのこれは武器ですよ」
本当に、僕の心を読んでいるかのような一言だな。
「……こほん。馬鹿二人は無視するとして。アルカナの騎士様が、こんな味気ないテントに何の用? もしかして勇者を捕まえに来たのかしら?」
その言葉に、ライムさんは胸を揺らして否定した。
同時にモルちゃんの舌打ちも聞こえてきた気がする。
「違うわよぉ? アタシは勇者ちゃんの味方だものぉ」
味方。そう言った彼女の表情は嘘をつく女性特有のそれではなかった。
だが完全な肯定というわけでもないらしい。
まったく真意が読めない、こんなの占い師のモナミちゃん以来だぜ。
こうなったら腹芸は無理だろうな。
一番手っ取り早いのは……。
「じゃあ、どうしてここに――」
「お呼びですか、勇者の僕ならここに」
「あら、勇者ちゃん見っけ」
「何してんのよ馬鹿!! 自分から名乗って出てくるなんて!」
バシッ!
「いだっ! ……え、エリカちゃん、ライムさんに敵意はないよ。彼女の言葉は信じられなくても、僕なら信じられるでしょ?」
こうするしか、話が進展しないだろう。
二人ならきっと僕の言葉を信じてくれるだろうし。
「は? あんたのほうが信用ないわよ」
そうでした。
僕はこのパーティで最底辺カーストでした。
「まあ、確かに本気だったらもう仕掛けてきてるわね……モル、杖は収めて大丈夫よ」
「いえ、収めないです。この女、最強の武器をぶら下げているですよ」
そう言ってモルちゃんはライムさんの胸に杖を当てる。
「あんっ」
「な、なんです!? この弾力……やはり恐ろしい」
「何してんのよあんた。……それに勇者、目潰しされたくなければその下品な視線をやめなさい」
「桃源郷を望んで死ぬのなら本望」
ズブシュ!!
「ぎゃああああああああああああああああああああああ!!!!」
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視力、戻った。マジでヤバかった。
「さて」
なにが「さて」だよ、エリカちゃん!
僕の両目潰しておいて!!
「うちの馬鹿二人が迷惑かけたわね。楽しく談笑しに来たわけでもないでしょ? 何の用かしら?」
僕のことは無視ですか。
まあでも、こんな風に変わらない扱いを受けて安心感すら覚える僕って、すげぇ前向きなんだろうなあ。ポジティブ最強!!
「どうして勇者ちゃんたちのテントに誰も来ないのか、不思議じゃないかしらぁ?」
「……まあ、そうね」
「それ、アタシのおかげなのよぉ?」
「「「え?」」」
「それで、勇者ちゃんたちが外に出ようとしてたから止めに来たのよぉ。今外に出たら、間違いなく捕縛されちゃうもの」
「え、ちょ、どういうこと? 今の状況、あなたが細工をしてるってわけ?」
「そうよ? 今、駐屯地の勇者ちゃんたちのテントは包囲されて空の状態で発見されているわ。でも、本物のテントはアタシが隠してあるから、あなた達が捕まることはないのよぉ」
ライムさんの話がまるで理解できなかった。
ただ、助けてもらえたってことは理解できた。
で、でもどうしてだ? 理由がわからない。
「あんたの言葉を信じるとして、狙いは何?」
「……ハッ! もしかして、僕?」
「「それはない(です)」」
そんな、二人して口を揃えなくてもいいじゃん!
泣くよ! さすがに大人げなく泣きわめきそうだよ!!
「そうでぇす。勇者ちゃんが目的よぉ」
そうそう、ライムさんからも二人に言ってやってよ。僕のことが――。
「「「はあ!??」」」
「三人とも、仲良しねぇ」
「いや、待って。こんなのが狙い? ほんとに? 頭打った? 正気?」
「ああ、あああありえないです。こんな駄目駄目な勇者様なんて」
いや、散々だな。
だけど、まあ、あれだ。ようやく僕の価値を理解してくれる人が現れたってことだ。
僕だってここに来る前は女の子四人ぐらいに囲まれながら人生勝ち組とか思ってたし。巡ってきたんだなぁ、女運。
「うふふ、半分冗談よ。結婚は、無理かなぁ? タイプじゃないし」
「「「どっちだよ(です!?)!?」」
「んふふ。実はね、勇者ちゃんを護れって、とある方から言われているの」
「それってもしかして、アゼールの国王?」
「いいえ違うわぁ。でも、今の状況は勇者ちゃんにとってもアタシ達にとっても不利なのよねぇ」
「アタシ達にも、ってどういうこと?」
エリカちゃんの問いに、ライムさんはわかりやすく答えてくれた。
国王の暗殺容疑が掛けられているのは現在、僕達勇者一行、アルカナ、そして側近のアルビノが有力候補らしい。
しかしアリバイがあった不動のグラウスと、呑気に寝ていて目撃証言のある刹那のアニアには容疑が掛けられていないようだ。
「今はグラウスちゃんが中心となって犯人捜しってわけ。ゼノロスはとっくに捕まったみたいだけどすぐに疑いは晴れたみたいで、今現在はアタシとフィリップ、そしてアルビノちゃんが姿をくらましている状況なのよねぇ」
「あんた、今ここにいるじゃない」
「だから、アタシも逃亡中の身なの」
「もしかして、巨乳さんが犯人です?」
巨乳さんって、モルちゃん……。
「アタシは違うわよぉ。でもぉ、アリバイを証明できそうにないの。あのグラウスちゃん相手だと分が悪いし、何よりアタシ……束縛って大嫌いなのぉ」
束縛……ごくり。
「勇者様、キモいです」
「うぐっ」
「……。でも、どうやって私達を助けたのよ。あんたが誰かの命令で私たちを助けたのはわかったけど、ここを出られない理由があるの?」
「騒動の後、あなた達がテントに入ってから、ここの存在を希薄にしたのぉ。アタシ、存在感を操作できるから、勇者ちゃんたちのテントと見せかけた偽のテントの存在感を大きくして、本物のテントの存在感を消したのよぉ」
「存在感を操作……相変わらずアルカナは化け物染みてるです」
モルちゃんの言う通りだ。
言ってることは全く理解できなかったけど、驚きはしないぞ。
まあ、同じアルカナに属しているアニアちゃんのアレを間近で見せられたらなぁ……。
「だから、今外に出たらすぐに見つかっちゃうのよぉ。てなわけで、明日の朝まで待っていてほしいの」
「朝? どういうこと?」
僕の言葉にライムさんは微笑み、指を唇の前に持ってくる。
「きっと、事態が動くからよ」
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「なんか、普通に帰ったですよ。巨乳さん」
「そうね……徹頭徹尾意味不明の女だったわ」
あの後、すぐにライムさんはテントを出ていった。
まだ用事があるとかなんとか。
――にしても、この僕が真意を読み取れない女性なんてそうそういないぞ。
なんだったんだ、あの人。実にミステリアスだ。
今度、酒を飲みながら話してみてぇなぁ。
「勇者、とりあえず休息をとっておきましょう。この戦争、私たちが手を下すまでもなく終わってしまいそうよ」
「……!」
そう、か。
確かにそれは考えてなかったな。
この場合、魔王との協力はどうなるんだ? 僕としては戦争が終結すればどっちでもいいけど。
「……そうだね、寝よう」
難しいことは明日考えよう。
どうせ今夜はテントから出られないんだし。
こうして僕達はテントで休憩をとることになった。
翌日、あんなことになるとは予想もせずに。