第十章EX2 『天子の加護』
彼はあの日から……強くなろうと誓ったあの日から、欠かさず行っていることがある。
国王に鼓舞され、やる気になった彼の元に現れたもう一人の恩人。
その恩人から得た力がなければ、彼、アルカナの一人グラウスはここにいないだろう。
「……」
グラウスは膝を折り、首を垂れる。
毎朝の習慣となった『祈祷』だ。
ヘルリヘッセ大戦の二日目の朝、彼はいつもの様に信仰する天子に祈りをささげる。
「此度の戦い、必ずやあなた様の望む結果にしてみせます」
アルカナ最強の騎士グラウスが、膝を折るのは国王ともう一人、天子と呼ばれる者のみ。
駐屯地の一角にあるグラウスのテント。そこには彼と彼を見下げる女性の姿があった。
白銀の髪を携える国王の側近、アルビノだ。
「期待しています。神言はわたしに下りました。必ずや、この戦争を引き分けにしてください」
「……」
「もしも変な考えを起こすようなら、あなたへの加護は剥奪します」
「――!?」
アルビノの最初の言葉にはリアクションが無かったものの、二言目にはグラウスの顔色が変わる。
彼にとって、アルビノから受ける加護は必要不可欠なもので、それが剥奪されることの意味がすぐに分かっている。
「そ、それだけは――」
「なら、何が起こったとしても、あなたが取るべき行動は一つです。戦うように見せかけてこの戦争をいち早く終わらせてください。いいですか?」
「……はい」
アルビノはそれだけを告げると、いつもの様に一瞬で気配を消してしまう。
それを見届けたグラウスは、下唇をかんだ。
「……なぜ、魔王に屈しないといけないのですか」
誰に言うでもなく、聞こえないような消え入りそうな声で呟き、立ち上がる。
彼の目には決意が浮かんでいただろう。
彼は国王の為に戦い、天子の為に終わらせる。
グラウスは日課の祈祷の最中、無意味なことばかりを考えていたものの、気持ちは決まっていた。
「全ては、神の意思に従います」
グラウスはテントの天井を見上げ、一つ頷いてから鎧を着こんでテントを出た。
その体には彼女の加護が宿り、今日もまた一段と筋肉を発達させ、隆々とした肉体を作り出していた。
人々はアルカナの一人、不動のグラウスのことを口をそろえて言う。
彼は国王と神に仕える鉄の男。
忠義心が揺らぐことはない。
その生き様はまさに不動だ、と。