第十章14 『雪女との邂逅』
*勇者sideです
ヘルリヘッセ大戦が始まった。
一日目は両陣営ともにそれほどの被害を負ってはいないが、状況は拮抗しており、夜半も各陣営の睨み合いは続いている。
「なんか、外はまだ物々しいね」
僕達は勇者用のテントで三人集まっていた。
エリカちゃんは既に寝ていて、モルちゃんと僕だけが外の空気に気が付いている。
「魔物にとっては夜の闇の方が好機です。反して人間が夜に魔物陣営に仕掛けるのは無謀……多分ですが、交代制で何人もの見張りが連合軍の陣営を守っているですよ」
そうだったのか。どうりで外の雰囲気が異常なわけだ。
「こんな状況じゃ、魔物は入り込めないってことか」
つまり、魔王との交渉も難しいということだ。
折角だからあいつと手を組んで戦争を終わらせることができればって考えたんだけどなぁ。
僕はそんなことを考えながら横になる。
「……! 何か接近してくるです」
「え?」
悶々としたまま眠りにつこうとしていると、モルちゃんは杖を取り出して警戒し始めた。
ちなみに、僕には何が何だかわからない。
モルちゃんはテントの入り口をじっと見つめている。
すると、そこから入ってきたのは意外な人物だった。
「エリカは眠りについているようですわね。話があります」
「「――!!」」
冷気を纏って入ってきたのは、僕達にとっては忘れるはずもない人物。
銀色の髪と瞳を携えた和服美人、雪女のシュネーさんだった。
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意外にもモルちゃんは動揺しておらず、シュネーさんに言われるままにテントを出る。
すれ違う兵士たちには彼女が魔物には見えていないのか、あるいは彼女自体が見えていないのか、絶世の美女に見向きもしない。
「勇者様、随分と冷静です。どういうことです?」
「な、なんのこと?」
「知らなかったふりをしても無駄ですよ。シュネーさんが現れた時の勇者様の反応を見ればすぐにわかるです。普段の勇者様であれば、シュネーさんと再会した時はもっと動揺しているはずですよ」
どんだけ人間観察してるんだよ、探偵か。
「それに、以前からシュネー様の存在は感じていたです。それ程驚く展開ではないですよ」
モルちゃんは達観してるというかなんというか……。
もう少し驚いてた方が可愛げがあるのになぁ。
「お二人とも、静かにしてください」
「……シュネーさん、どこへ向かうの?」
「人のいない場所です。そこに、姉がいるので」
「姉って、今日会ったあの人です?」
そうだ。僕達が戦場で遭遇したあの人だ。
「すぐに行こう」
「……勇者様、相変わらずのクズっぷりご馳走様です」
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シュネーさんの後ろをついていくと、連合軍の駐屯地でも特に人気のない隅っこにやってきた。
そこには既に先客がおり、優雅に氷で造ったチェアに座り、氷のテーブルの上に置かれた氷のティーカップで紅茶を飲んでいた。
「あら、また会いましたわね、勇者」
「再会できて光栄です。シュネーさんのお姉様」
「まあ、口が達者なようで」
「勇者様、見損なったですよ」
何とでも言え。僕はより美しく可愛い方の味方だ。
まあ確かにモルちゃんも可愛いよ? でもあの二人は別格なんだよ。
暗闇の中、白く輝く二人は目立っていた。
特にシュネーさんのお姉さんは、普通の魔物とは違ったオーラを放っており、明らかにレベルの違いを感じさせる。
「あたしがこの場所を訪ねたのは、魔王様の命令ですの」
シュネーさんは何も語ることなく、姉の言葉を待っている。
どうやら、あちらの力関係は明白だ。
きっと姉の方が力を持っているのだろう。シュネーさんは尊敬の眼差しを向け、何も語ろうとしていない。全て姉に任せているようだ。
「魔王の命令ね……」
「まさか勇者様、魔王軍に寝返るつもりじゃ――」
「そういうつもりはないよ。けど、ここだけの話、協力出来るのなら協力したいとも思ってる」
「なんと……」
さすがのモルちゃんもその発言には幻滅しているようだった。
普通なら、魔王の幹部を目の前にしたこの状況で剣を振るおうとしないのは勇者失格なのだろう。
しかし、誰が何と言おうと、僕はこの部分だけは譲れない。
「魔王様も、あなたと同じ考えを持っています。なので今回は、直接話し合いたいとのことです」
「直接、か」
それは考えてなかった。
直接ってことは、あの時以来になるのか……。
「わかった。日時を教えて」
「明日の夜、場所はこの大陸の海岸で行います。そちらの移動にはシュネーの転移魔法を使っていただき、同行者は一人とさせていただきますわ。それと武力行使の禁止はもちろんのこと、武器も携帯しないようにしていただきます」
「随分と細かく設定してくるなぁ」
「勇者様、罠の可能性はないのです?」
あの魔王に限って、そんなことはしないだろう。
「大丈夫だよ。……よし、了解した」
「勇者様!」
僕の勝手な判断で決めてしまったが、僕としてはこの展開はチャンスだ。
この大戦を終わらせるためなら、魔王の手でも借りる。
「とりあえず、交渉は成立ですね。魔王様に報告しておきますわ」
「……一つ、いいかな」
「なんでしょう?」
「魔王の事、好きなの?」
「当然ですわ」
マジかよ。間髪入れずに答えたぞ、この人。
くそ、あの野郎……ちゃっかり魔王ハーレム作ってんじゃねえか! 羨ましすぎる!!
「では、明日の夜。シュネーをそちらに向かわせますわ。精々、明日の戦争で死なないでくださいね」
びゅおおおおおお!!
「うわっ! つめたっ! って、もういないし!」
吹雪を巻き上げて、シュネーさんのお姉様は忽然と姿を消す。
……ミステリアスだ。
「では今宵はこれにて。明日、迎えに来ますわ」
「あ、ああ」
シュネーさんも同様に、一瞬で姿を消す。
こんな力を持ってるんじゃ、夜の見張りなんて意味ないよな、絶対。
「……勇者様、説明求めるです」
「まあ、経緯から説明しておくか。エリカちゃんには内緒ね」
僕はテントに戻る道の途中、モルちゃんにこれまでの事を話した。
魔王と連絡を取り合っていることや、何度もシュネーさんに助けてもらってる事。
そんな隠し事を話しきる頃には、テントに辿り着いていた。