第十章11 『増援と増援』
※魔王sideです。
ヘルリヘッセ大戦がはじまった。
魔王軍はビーストが先陣を切り、早くもミノタウロスは敵の主力であるアルカナの一人、狂気のゼノロスと衝突したのだった。
「……ミノ子さん、苦戦してるみたいだね」
「ええ、ですが雪女が向かったので大丈夫でしょう」
俺は魔王軍の本隊にある物見やぐらの上から戦況を眺めていた。
ヘルリヘッセの手前に広がる平原は広大で、遮蔽物が少ない。所々に茂みや岩があるが、あんなところに兵を隠すことは出来ないだろう。
「……! 雪女……」
俺が平原を見渡していると、脇に立っているサキさんが急に怒りのオーラを放ち始める。
「ど、どうしたの?」
「いえ、雪女が寄り道をしているものですから……雪女、進路を戻しなさい」
サキさんが怒気に満ちた言葉を放つ。多分、雪女さんに念を飛ばしているんだろう。
悪魔は陣の力を用いて戦う種族で、主に魔法を得意とする。
今もこうして、俺達の陣営には巨大な陣が張られている。この中では、悪魔の力が最大限発揮されるらしく、こうして他の魔物に念を飛ばして指示が送れるということだ。
思ったんだが、情報の伝達手段があるって最強だな。
「魔王様、よろしいですか?」
「ん、どうしたのセイレちゃん」
「あの、以前の魔王様から、ヘルリヘッセ侵略戦の内容は聞いていますか?」
サキさんが怒気を放つ一方で、少し真剣な面持ちでセイレちゃんが訊ねてくる。
そういえば、前の魔王はこの町を手に入れるために人間と戦って後遺症を負った結果、寝てる間に死んだんだっけ。
ま、そのおかげで、俺は魔王の身体に転生できたわけだが。
「なんか、戦いでダメージを負ったとかくらいしか聞いてないかな」
「……比較にはならないのですが、あの時の魔王軍は集められる戦力を総動員したんです。しかし、人間を圧倒することは出来ませんでした」
「圧倒できない? そんなまさか……」
「いえ、本当です。魔王様が先陣を切っていたのですが、その、相手方に不思議な力を持った者がいて」
「勇者の事?」
「あ、違います。勇者はいません。……いたのは、今回も参加しているであろう人間側の戦力の要、アルカナです」
「え……」
ちょい待って。アルカナってそんなに強いのか? 確かにサキさんも警戒してたけど、人間だろ?
魔王と対峙できるのなんて勇者くらいだと思ってたが……まさか。
「侵略戦の際、当時のアルカナは四名倒したのですが、残った一人は別格だったんです。男の名前は、グラウス、だったと思います」
「グラウス……」
「セイレーン、心配する気持ちは分かるけど、今はあの時と状況が違うのよ。私達が負けることはないわ」
落ち着きを取り戻したのか、サキさんがこちらを見ている。
「そ、そうですよね」
なんか、サキさんが少しだけ寂しそうな表情をしていた。
さっぱりわからないんですけど。
「……魔王様は、私達の事を信じていてくださいますよね」
「え、まあ。サキさん達の事を信じない理由がないよ」
「そうですよね、あなた様ならそう言って下さると思っていました。……実は魔王の幹部、特に護衛衆には特殊な力が備わっているのです」
「特殊な力?」
「ええ。契約の儀式を行った際に、刻印をしましたよね」
確か、エルさんの時にしたなぁ。
「魔王の慈愛という契約により……あの刻印を持つ者は、魔王様からの力を供給されるのです。魔王様が刻印を持つ者を信じていればいるほどに、力の供給は強まります」
「へぇ……」
「逆に魔王様も、護衛衆の力を使うことが出来るんですよ」
護衛衆の力……そういう仕組みだったのか。
ひょっとして、俺も雪女さんみたいに氷を操ったりできるってことか?
「実際に戦う場面にならないことが望ましいですが、もしもの場合は思い出してください。心の中で護衛衆の名前を呼べば、その者の力を共有できますので」
「わかった。憶えておくよ……っと、なんか戦況が変わったような」
話し込んでいて気にしていなかったが、戦場に目をやると随分と大勢の軍団が衝突しているのが見えた。
「どうやら、敵の本隊が出て来たようですね。雪女、ミノタウロスを後退させて持久戦に持ち込んで」
サキさんが雪女さんに念を送っている。
その内容を聴いて、俺は会議の内容を反芻していた。
『今回の戦いは、出来るだけ短期決戦で終わらせるためにも、国王の首を取ります』
『国王……』
『はい。相手の指導者を崩すことこそ、今回の戦争の勝利条件です。その為には、あなたに刺客として紛れ込んでもらいます』
『あたしですの? まあ、いいですけど』
最初の行動は、相手との戦いを長引かせることを目的としている。
サキさんの狙いは、長引いている戦闘の最中に人間に変装した雪女さんが敵の陣地に潜り込むこと。
サキさんが雪女さんと念を繋いでいるのは、その為だ。
だから最初の攻撃は罠。
こちらが先制攻撃を仕掛けて誘導し、戦いを長引かせることを目的とした罠だ。
「頼んだよ、雪女さん……!」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
その数分前――。
「てやあああああ!!」
ガンッ! バキィッ!
ミノ子率いるビーストの最前線部隊は、苦戦を強いられていた。
彼女はアルカナの一人、狂気のゼノロスと何度も金棒を打ちあわせており、少し息が乱れている。
「族長様! ここは一旦、退くべきでは!」
「まだです。増援が来るのを待ちます!」
ミノ子はそう言って金棒を構え直す。
対峙するゼノロスの急所に攻撃を当てること十数回、それでもゼノロスは死ななかった。
今も再び、顔面に金棒をくらったはずなのに起き上がろうとしている。
「(人間がここまでタフなはずがない……これは、あの男と同じ力なのでしょうか)」
かつて、このヘルリヘッセを巡った戦いの際に魔王を追い詰めた人間。
ミノ子は、あの時一人だけ生き残ったアルカナの男と似た力を感じていた。
「あははは!! 『天子の加護』を受けた我々が、最強なのだ!!」
「(天子の加護……?)」
ミノ子は気になる単語を聴いて問いただそうか迷うが、次の瞬間には口をつぐんだ。
何故なら、彼の後ろに気配を感じたからだ。
強大な、人間とは思えない気配を。
「喋りすぎだぞ、ゼノロス……」
ザッ!
ゼノロスの少数精鋭の部隊とは違う、膨大な面積を誇る壁のような部隊を率いて現れたのは、ウマに跨った鎧の騎士だ。
彼が率いているのは騎兵、騎士、傭兵、魔法兵……王国の旗を掲げる大軍勢が目の前まで迫っていた。
「お前といい、アニアといい、騎士としての誇りを忘れるな」
「く、が、すまん」
ガチャッ!!
岩のような体躯の男は馬から飛び降りると、剣と盾を構えた。
「魔物よ、我が最強の軍勢をもって殲滅する。一片の肉片も残さず焼き尽くしてくれる」
「(さすがにこれは、マズいです……)」
ミノ子の周りには配下のミノタウロス族のみ。
他の隊を先に退かせたのは誤った判断だった。
「魔王様、わたしに力を――」
「あらあら、ちょうど楽しい場面ですのね」
ミノ子が半ばあきらめていると、空から声が響いてきた。
聞き慣れた、頼りになる声だ。
「雪女さん!!」
「ミノタウロス様、遅れてごめんなさいね。増援はこちらも呼んでありますのよ」
そう言って雪女が後ろに目をやると、控えていたはずの悪魔部隊が目前までやって来ていた。
「先程こちらに向かってきた部隊は壊滅した。前線が危ない雰囲気だったので加勢に来た次第です」
悪魔部隊を率いて、サタナキアが姿を現す。
そして彼らと共に、ビーストの面々もやって来ていた。
「ミノタウロス様! 間に合ってよかった!!」
戻ったビーストたちの姿を見て、ミノ子は折れかけていた心を取り戻す。
一つ、大きく息を吸った。
「……すぅ、まだ終わっていないようですね。雪女さん、お願いします」
ミノ子は雪女に目配せした。
彼女が潜入する隙を作ることが、ミノ子の一番の仕事だ。
「任せてくださいませ。あたしはその辺の雪女とは違いましてよ?」
「頼りになります! サタナキア様! 号令をお願いします!!」
ミノ子がサタナキアに向かって叫ぶと、サタナキアはゆっくりと頷いて腰にぶら下げてある剣を抜いて天高く掲げた。
「今こそ、魔物の戦いを見せつける時だ!!」
その号令に魔王軍の士気は上がり、闘気が辺り一帯に満ちていく。
その姿を見て怯んだ騎士は何名もいた。しかしその大軍を率いる男はその光景を見て遅れて旗を掲げる。
「我らはこの御旗に集いし勇者である!! 恐れることはない!! 我らには天子様のご加護と勇者様の意志がある!! 怯まず進め!!」
彼の号令に、人間側も負けず劣らず闘気を剥き出しにしていった。
そしてサタナキアと彼の声が重なる――。
「「進軍せよ!!!!!!!」」
その号令を皮切りに、人間と魔物の大群が衝突した。
そこからは拮抗した戦いが長引き、夕刻まで合戦は続いた。
その結果、闇夜では魔物に分があると判断した人間側は退避を選択する。
こうして一日目の戦いは戦果もなく、犠牲だけを生み出して終わったのだった。