第十章Ex1 『剣を取った男』
遠い昔の事だ。
俺はある男と出会った。後に伝説として語られることになる勇者の仲間の一人「『剣聖』ヒューズ」だ。
おぼろげに憶えているが、彼は他の男とは違い、刃物のような鋭く強靭な気配を放っており、近づくことを躊躇わせる何かを纏った強者だった。
そんな彼が慕っていたのは、明らかに彼よりも力の劣る勇者。
俺は勇気を振り絞ってヒューズに聞いてみたことがある。
『どうして勇者の仲間として旅をしているのですか』
彼の返答は簡単だった。
『俺様の惚れた男だ。同行しない理由はねぇよ』
そう言って笑った顔の彼だけは、鮮明に思い出せる。
その後の俺は彼に憧れた。
すぐに両親を説き伏せてから村を出て、王国の騎士団に入団した。
そこからの熾烈を極めた修行の日々や、手にかけた悪党の数は憶えていない。
あの頃は必死で、彼と同じ世界を見ようと足掻いていたからだ。
だが、騎士となって数年後、そんな俺の元に最悪の報せが舞い込んだ。
新たな魔王により、勇者とその仲間たちが全滅した。
つまり、剣聖ヒューズは死んだのだ。
その日から、俺は剣を振ることもなくなってしまった。
更には自室から出ることなく塞ぎ込んだ。
団長から何度も叱責されたが、心の底まで響くことはなかった。
あの御方の言葉を除いて――。
そう、あの御方は突然やって来た。
どんな場所で落ち込んでいたのかは覚えていないが、座り込んだ俺に向かってこう言ったのは昨日のように思い出せる。
『立て。お前は我が国の希望だ。勇者が死んだのは残念なことだ。……しかし! 人間は魔王に屈しない! いつか必ず、我々が根絶やしにしてみせる! その実現のためにも、お前の力が必要なのだ』
『俺の、力……』
『ああ。私の意志に、お前も加わってくれ』
それは、アゼール国王の言葉だった。
顔をあげた先にいたのは、本気で魔王と戦おうとしている一人の人間。
国王はこちらをジッと見て、返答を待っているようだった。
その時は、何も考えていなかった。
ただ、あの時のヒューズの言葉が理解できた。
その時、ようやく彼と同じ景色の一端を見た気がする。
俺の人生は、この人のためにあると思えた。
『私の剣、あなた様に捧げます――』
『うむ。頼んだぞ』
『はい!!』
それからの俺は、かつてよりも己の研鑚に努めた。
そしていつの間にかアルカナに任命され、騎士の頂点に君臨するようになった。
「……」
そんな今でも彼の事を思い出す。
いつか、あなたに追いつけるように。
いつか、あなたを追い越せるように。
そう思ってきた俺は、今日この日、魔王を倒してあなたを越えます。
見ていてください、剣聖ヒューズ。