第十章10 『国王の一喝』
※勇者sideです。
勇者一行はヘルリヘッセの戦いを止めるべく果ての大陸へとやって来ていたが、エリカの独断により勇者たちも戦いに参戦することとなってしまう。
そして彼らが訊ねてきた翌日、魔物の鳴らした銅鑼の音と共に戦いが始まったのだった。
「なんか、妙に慌ただしくね?」
僕らは一夜明けた後、何をすることもなくテントの中にいたのだが、急に外が騒がしくなった。
「様子を見てくるわ。あんた達は大人しくしてなさいよ」
「「は~い」」
さすがエリカちゃん。こういう時は誰よりも頼りになるなぁ。
「勇者様、二人っきりですよ」
「はいはい」
「む。勇者様、冷たいですよ」
「その発言はパターン化してきてるからね。新鮮味がないよ」
「……わかったです。今度はもっと新鮮味で刺激の強い奴を用意するですよ」
「はいはい」
しかし、本当に騒がしいな。まさか魔物が攻めてきたとかじゃないよね?
そんなことを考えていると、息を切らしたエリカちゃんがテントに戻って来る。
「大変よ。……魔王軍が先制攻撃を仕掛けてきたわ」
オッケー。フラグ回収だ。
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僕らは事態を把握してからすぐに支度して、とりあえずは準備を完了した。
テントを出ると、どうやら駐屯地の広場で集会を開いているらしく、僕らも見学に行くことにした。
「うわ、改めてみると凄い数だな」
そこに集まっていたのは連合軍の塊。
今回の戦いに参加している他国の騎士や小遣い稼ぎの傭兵たちで、広場はごった返していた。
広場の中央には、アルカナの面々と国王の姿が遠目で把握できる。
「おいおい、魔王が攻めてきたって本当かよ!?」
「しかも魔物が統率を組んでいるだと!? 前回はそんなことなかっただろ!」
「どうすんだよ、こっちはまだ戦闘準備もままならないってのに!!」
「明らかにこっちの行動読まれてるんじゃね!? だって俺達の出撃が今日の昼間だったから……」
混乱と焦燥。広場の感情はこの二つに絞られていた。
全員、かなり困惑している様子だ。
「さて、どうするのかしらね?」
「あ、国王が立ち上がったですよ」
「狼狽えるな!!!」
ビリビリと空気を震わせるような怒声が響き渡り、喧騒は止んだ。
「すげぇ……一発で黙らせたよ」
「さすがは国をまとめる国王って所かしら」
昨日会った老獪とは別人のように殺気立ったアゼール王国の国王は、集まった僕達を見渡してから声を張り上げる。
「確かに魔物どもに先手を打たれたことは情けなく思う。だが、すでにこちらも手を打ってある。奇襲に備えて、アルカナの一人ゼノロスが対処に向かっておる。我々もすぐに体制を整え、奴らを迎え撃つのだ!!」
昨日会った眼の血走ったやつが急襲に対処してるってことか。
そう言われて見ると、アルカナは四人しかいない。どうやら奴は言葉の通り、もう戦っているらしい。
「心がバラバラのままに戦うのは自殺と同然です。あの国王は、中々に思慮深い判断を下したようですよ」
「どゆこと?」
「本来であれば、こんな集会を開く必要はないです。現在進行形で戦いが始まってしまった以上は、すぐにでも戦場に駆けつけなければいけないという焦燥感に駆られるはずです。しかし、そうしてしまえば部隊の全滅、あるいは戦争の決着もあり得てしまうですよ」
なんかよくわからんが、つまり焦ってるのはヤバいってことだ。うん。
「国王は敢えて時間を取ってまで、連合軍の集会を開いた。焦る心を落ち着かせて、軍の結束を深める為に」
「エリカさんの言う通りです」
成程なぁ。
しかし僕は、そんなことどうでもよかった。
僕の視線を奪っているのは、国王の後ろに控える銀髪の女性だ。
「勇者様、さすがに時と場合を考えるべきですよ」
「え?」
「あの白髪の女性に目を奪われすぎです」
やべ、モルちゃんにバレてた。
「とにかく、国王の根端は分かったわ。私達は先に戦場を視察しておきましょう」
「エリカちゃん、急に何言ってんの」
「賛成ですよ。こんな所で意味のない演説を聴く必要はないです」
「モルちゃんまで!?」
「勘違いしないでほしいです。あの国王の判断は正しい、しかし我々には国王の鼓舞なんて必要ないですよ」
た、確かにそうだけど。
「え、えっと、ほら、いきなり戦争に混ざるってのは危険じゃね? 僕は勇者なんだし、たまには意見を――」
「早く来なさい」
「はい」
エリカちゃんに逆らえるはずもなく、僕は彼女達についていき広場を抜けた。
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「すごいわね、あれ……」
戦場から少し離れた場所。陣も構えていない位置の岩陰に僕らは潜んでいる。
そこから戦場の状況を把握しようとしていたのだが、それを見た瞬間にエリカちゃんは息を呑んだ。
「あのさ、あれって何が起こってるの?」
「見えないの? あそこで魔王の幹部ミノタウロスとアルカナの一人が戦っているのよ」
「いや、それは分かるんだけどさ。あれって僕の想像してた戦いとレベルが違うんですけど」
見えているのは、地面のそこらじゅうにクレーターを作り出す程の威力の金棒を一人の男が受けきっている様子だった。
あんなの喰らったら即死だ。
それになにより……ミノタウロスの胸がヤバい!!
巨乳ってレベルじゃねぇ!
鎧を着ているけど、露出度は多めで谷間がすげぇ!
語彙力が追いつかないほどにすげぇ!
「あんなの、前の世界でも見たことないぞ……くそっ」
あれを独り占めしてるなんて、羨ましすぎるぞクソ魔王!!
「……どうやら、国王の演説も終わったようです。魔法による援護が始まったですよ」
「こっちの本体も動き出したってことね。けど、妙ね」
「僕も思ってたよ」
「ほんとに? 珍しく気が合うわね」
「うん。あのミノタウロスって美女のおっぱいは妙だ。あんなでかいの見たこと――へぶっ!!」
ガゴッ!!
頭と頬に衝撃が走る。
ぶん殴られた。
「妙なのはそこじゃないわよ」
「勇者様、幻滅です。やはり胸に走るとは。呆れたです」
「……戦場に向かう前に死んじまう」
「妙なのは、魔物たちの動きよ。あのミノタウロスは魔王の幹部のはず……なのに、他の魔物たちはどこにいるのよ。いるのはミノタウロスの部隊だけで、他の部隊は攻め上がってきてすらいないわ」
確かに、魔物の部隊が孤立しているかのように思える。
「陽動にしては、他の動きがないです。どういうことです?」
「……行ってみましょう」
「はぁああ!?」
「エリカさん、さすがに危険ですよ。あのレベルの戦いを見せつけられて、どうして前に出る判断が出来るです」
いいぞモルちゃん!
あんな化け物の相手なんて御免だ!!
「もし、私情で判断したのでしたら、お一人で向かってほしいです。わたくし達は被害を抑えるために来たです。魔王を刺激するために来たのではないはずですよ」
「……っ、じゃあここで指を咥えて待ってろっていうの!? 目の前に、私の故郷があるっていうのに!!」
エリカちゃんが立ちあがって叫んだ。
潜伏してるとはいえ、さすがに危険すぎる。
「エリカちゃん、落ち着いて!!」
「落ち着いていられるはずないわよ! 目の前に、あの魔王がいる! これで落ち着けって方が――」
「はぁ……警戒して来てみれば、その心配はなさそうですわね」
「「「――――!!?」」」
エリカちゃんが感情的になっていると、突然声が降ってきた。
つられて上空に視線を移すと、そこにいたのは見覚えのある白無垢の美女。
彼女は銀色の髪を揺らし、目に見える冷気を纏いながら宙に浮かんでいた。
「シュネー……?」
エリカちゃんがすがるような声を出した。
確かに似ているけど、あれは違う。
「残念ですが、シュネーはあたしの妹ですわ」
「マズいですよ、勇者様。あの魔物は……」
モルちゃんは警戒して杖を構える。
エリカちゃんは憶えていないかもしれないが、目の前に浮かんでいるのは湖で魔王と対峙した時にいた雪女だ。
「二人とも下がって! 雪が相手なら、僕だって役に立てそうだ」
僕は剣を構えて両手で握る。
すると右手の甲が光りだし、剣が一瞬にして炎を纏った。
「……! あら、これはいいものを見ました」
「いいもの?」
予想と反して、雪女は少し驚きつつも嬉しそうに微笑む。
先程から全く戦意は感じられないものの、不気味な雰囲気は僕の身体まで纏わりつくように漂っていた。
「寄り道した甲斐がありましたわね。うふふ」
「???」
「……あら、サキュバス様にばれてしまいましたわね。今日の戦いは、すぐに撤退することを勧めますわ。ではまた」
「あ、ちょっと!」
ブオオオオオオオオォォォッ!!!
「うおわっ!!」
雪女は纏っていた冷気を爆散させ、辺り一帯に雪を撒き散らす。
そして吹雪の中心にいた雪女は、一瞬にして姿を消していた。
「た、助かった、のか?」
「そう、みたいです」
絶望的な状況だったが、何故か助かった。
もしかして、裏で魔王が手を引いていたりするのか?
「よくわからないけど、一旦陣営に戻ろう。エリカちゃん、大丈夫?」
「え、あ、うん」
先程の威勢は何処へ行ったのやら。
シュネーさんに激似の雪女が登場したことで、かなり混乱しているらしい。
「エリカさん、つかまってくださいですよ」
「ありがと、モル……」
モルちゃんがエリカちゃんに肩を貸し、僕らはそのまま戦場から撤退した。
そういえば、シュネーさんもこの場所に来てるかも。
僕は少しばかりの可能性を考えるが、エリカちゃんの姿を見て考えるのをやめた。