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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第十章 「ヘルリヘッセ大戦」
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第十章9 『初戦、はじまる』

※魔王sideです。

 



 魔王はヘルリヘッセへとやって来た。

 既に乗り込んでいたサタナキアとエルの働きもあり、魔王軍は万全の態勢を整えることに成功する。

 そして戦いが動いたのは、魔王がやって来た翌日の事だった。




「魔王様、おはようございます。至急、こちらへ。皆も集まっています」


「あ、ああ。ちょっと待って!」


 起きたと思いきやサキさんが部屋に入ってきて、寝ぼけ眼の俺はメイドによって服装を整えられている。

 近くには暗幕が張られており、そちらではセイレちゃんが着替えているらしい。


 俺達は急いで着替え終えると、拠点の軍議室へと通された。


「魔王様、おはようございます」


 こちらがやって来たのを見ると、サタナキアを筆頭に全員が頭を下げてくる。

 参加しているのは今回の戦いにおける幹部たち。

 悪魔軍を率いるサタナキア、ビーストを率いるミノ子さん、偵察部隊の小型モンスターを率いるスライム族の族長、そしてお傍付き護衛衆の雪女さんとエルさん、秘書のサキさんにセイレちゃんと魔王の俺といった面子だ。


「では早速議題に。私から説明させていただきます」


「うん。お願い」


 サキさんが立ち上がる。雰囲気からして、かなり急な案件のようだ。


「今朝、スライム族の偵察部隊が人間の拠点にて内通者から入手した情報によりますと、今日の正午にヘルリヘッセに攻め入るとのことです」


「――! 信憑性は?」


「その辺りは大丈夫かと思われます。中に潜入しているのは、信頼できるスライム族です。彼らの擬態であれば、人間の目を掻い潜れるかと」


 成程。確かスライム族は様々なものに擬態できるんだったな。

 既に内通者がいるなんて……大分有利な状況だろう。


「あのー、敵の勢力はどうなっているのでしょう?」


 ミノ子さんが発言すると、待ってましたと言わんばかりに自信ありげな表情のサタナキアが手を挙げる。


「それについては調査済みですよ。連中の戦力は他の国々から集めた騎士団や傭兵たち。それに加えて厄介なのは騎士団アルカナでしょうね」


 騎士団アルカナ……?


「まあ、あの連中がいるのですか。これは苛め甲斐がありそうですの」


 雪女さんは嬉しそうに笑みをこぼす。

 どうやら皆には心当たりがあるようだ。


 だが、さすがにサタナキアの前で無知を露顕するのはマズい。


「……(セイレちゃん、気付いて!)」


 隣に座るセイレちゃんを見ると、すぐに目が合って嬉しそうに微笑む。

 そして小さく口を動かした。


「(あとで教えますね)」


 セイレちゃんとの意思疎通はバッチリのようだ。


「(ありがとう)」


 こちらも口パクで返すと、嬉しそうに顔を赤くする。なんか、変な意味に伝わってないといいけど。


「コホン。魔王様、よろしいですか?」


「――! は、はい!」


 なんか、サキさんが恐ろしい気迫を放っていた。

 もしや、今のやり取りが見られてたんじゃ――いや、そんなことないよな。


「(魔王様、セイレーン様、あとで話があります)」


「「――!!」」


 頭の中に声が響いてくる。

 どうやら、バレバレだったみたいだ。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「成程、前回の戦いでも手強かった連中なのか」


 軍議が終了した後、俺は一旦、自室へと戻っていた。

 戦いの支度と先程の内容をセイレちゃんに確認するためだ。


「人間の中でも、彼らの力は圧倒的です。魔王様もむやみに前に出ないでくださいね」


「大丈夫だよ。陣形では一番後ろになってるんだし」


「でも……魔王様にもしものことがあれば、私は……」


「セイレちゃん……」



「コホン!! ゴホッゴホッ!!」



「サキさん、大丈夫!?」

「サキュバス様、大丈夫ですか?!」



 俺とセイレちゃんが声を合わせて訊ねると、かなり不満そうな顔を浮かべながら溜息をつく。


「魔王様、セイレーンとイチャイチャするのは控えてください。代わりに私がいますから」


「どういうことですか!!」


「……とりあえず、支度を済ませたら戦場へと向かいます。今一度、陣形の確認をしておきましょうか?」


「お願いするかな」


「じゃあ、私は魔王様の着付けをしておきますね。えぇと、鎧とマントを――」


 セイレーンちゃんが慌ただしく着付けを手伝う中、サキさんが陣形を説明してくれる。


 大まかな配置としては、前線にビースト部隊、後方に悪魔の部隊が陣を敷いて構えており、その更に後ろに俺達が控えている。

 近接戦闘を得意としたビーストと、陣を用いた魔法での戦いを得意とした悪魔。戦線の構築は十分だ。

 そして俺達の役割は最終防衛ライン。

 今回はミノ子さんが前線部隊に参加するため、俺の周りにいるのはセイレちゃんとサキさん、雪女さんの三名と魔王軍だ。

 エルさん率いるエルフ・シルフ族は悪魔の部隊に合流しており、魔法での支援を任されているらしい。


「――以上が、陣形の全貌になります」


「頭に入ったよ」


「まあ、我々が出撃する事態にならなければいいのですが」


 サキさんは少し心配そうに目を伏せる。

 彼女は今でも、俺の心配をしているらしい。


「大丈夫だよ。例え戦うことになったとしても、俺は負けない」


「魔王様……そうですよね」


 さあ、人類との戦いを始めようか。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 戦場に足を運ぶと、既に他の部隊は配置についていた。

 ビーストたちが最前線で指示を待ちわびているようにみえる。そして後方には幾つもの櫓が設置され、悪魔たちが自身の力を発揮できる陣を構えている。

 魔王軍の陣地には多くの塀や物見やぐらが設置されており、四方八方の攻めを防げる形となっている。


「すごいな……」


「魔王様、こちらですの」


「うん」


 雪女さんに促され、用意されていた玉座に腰掛ける。

 俺のいる場所は戦場の最高峰に設置された櫓の上だ。ここからなら戦況を見渡せる。


 相手の拠点との距離は、およそ数キロといったところだろう。

 どうやら向こうはこちらが先に仕掛けてくるとは知らず、手前に構えている陣形は手薄いようだ。


「魔王様、ご指示を」


「ああ。銅鑼を鳴らせ。ここに攻め入ろうとする人間に、その考えがどれほど愚かなものなのか刻み込んでやれ」


「はい。銅鑼を鳴らしなさい!!」


 サキさんの声を聞いた物見やぐらの魔物は、設置してある銅鑼を思いっきり鳴らした。



 ズオオオォォォンッッ!!



「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」」」



 体の芯にまで響いてくる銅鑼の音を聞いた軍勢は、声を轟かせて行動を開始する。

 ついに始まったのか。

 みんな、死なないでくれ……!



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「今の銅鑼の音……皆さん、進軍の合図です!」


 こちらは前衛部隊のビースト。

 それを指揮するのは普段のビキニ姿ではなく、ビキニアーマーを装着したお傍付き護衛衆の一人、ミノタウロスのミノ子だった。

 彼女は愛用の金棒を振り回し、先陣を切って走り出す。


「わたしに続いてください!!」


「はい! ミノタウロス様!!」


 獣型の魔物たちはミノタウロスに続いた。


 そんな中、先頭を走るミノ子は頭の中で軍議の内容を反芻する。


『え、先制攻撃ですか?』


『そうよ。人間の連携を崩すには、ビーストのスピードと攻撃力が必要だわ。だからミノタウロス、あなたが先頭に立って奴らの陣形を崩壊させなさい』


「き、きたぞ!!」


「人間さん、悪いですけど……魔王様に刃を向けたからには、ただでは済まないですよ!!」


 ミノ子は金棒を握りしめ、敵の部隊に突っ込んでいく。


「魔物接近、戦闘開始だ!!」


「遅い!!」


 ブオオオンッッ!!


「なっ……!」


 ミノ子は金棒で薙ぎ払い、鎧で武装した相手の第一陣を吹き飛ばした。

 その一撃は一陣の竜巻が発生したかのように、人を簡単に吹き飛ばしていく。


 それに続いてビーストたちが攻めていき、人間側の歩兵部隊は一瞬で壊滅していった。


「うわああああああ!!」


 人間側の統率は乱れ、ビーストたちが圧倒していく光景が目の前に広がっている。

 どうやらミノ子たちの役割は果たせたらしい。


「このまま一点突破します!」


「し、死守せよ!! 我々は魔物からヘルリヘッセを取り戻すのだ!!」


 人間たちも反撃してきて、一部のビーストたちは衝突している。


「ひるまず突っ込みます!! わたしに続いてください!!」


 ミノ子は部隊に向けて叫び、金棒を薙ぎ払いながら騎士達を蹴散らして進んでいく。


「か、囲んでしまえ!」


「無駄です! はあああ!!!」


 ブオオオンッッ!!


 囲まれても、ミノ子は回転するように金棒を振り払って一気に蹴散らす。

 完全に彼女の無双状態だった。


「まさか、こんな早く攻めてくるとは! 伝令を出せ!」


 部隊長のような男が後方に向かって叫ぶ。隊がほぼ機能していない中、彼は最善の判断を下そうとした。

 しかし、その必要はなくなっていた。



「その必要、ない」



 痩せ細った男の、血走った目がミノ子の視界に移る。

 まるで死神のようなローブに身を纏った男は、両手に装着した鉤爪を光らせ、病的な瞳をぎらつかせる。


「おぉ……! 援軍が来たぞ!」


「騒ぐな。鬱陶しい……けへへ」


 男はゆっくりと自分の部隊を率いて舌なめずりしながら歩いてくる。

 部隊の奥から歩いてくると、他の連中は道をつくるように脇に避けていき、胸に拳を当てて敬礼する。


「お前達は、先に、行け」


 男は掠れた声で部隊長に話しかけた。

 部隊長は一つだけ頷くと、剣を高く掲げる。


「よ、よし! 我々はこの魔物を無視して両翼から攻めていく!! 私に続け!!」


 部隊長の声の調子が戻っていた。男の存在は彼にとっては救いだったのだろう。

 部隊長は部隊を率いて、ビーストには目もくれずにサイドから攻め上がっていく。

 ここが突破されてしまえば本陣が危うい状況であるにもかかわらず、躊躇はない。


「あれはもしかして……皆さん! 一時後退しながら両翼の敵を打ち払って!! 後方はわたしが押えますから!!」


 単身でこちらへと向かってくる男の姿を発見し、ミノ子はすぐに部隊の者達に通達した。

 一瞬だけビーストには戸惑いが見られたが、彼らは了解して一気に後退し始める。

 このままいけば、先程上がっていった敵の前線部隊を悪魔部隊と挟み撃ちに出来るだろう。


「族長、これはどう言った命令でしょうか?」


 しかしあまりにも突飛な命令に、ミノ子の直属の配下であるミノタウロス族の一人が話しかけてきた。

 ミノ子は真剣な顔で彼女に告げる。


「今はしたがって。あなた達は、わたしが取り囲まれないようにしておいて」


「わ、わかりました!」


 ミノ子も今回の指示の意味を理解はしていない。

 何故なら、これはサキからの命令だからだ。


『それともう一つ。相手の主力、アルカナが出て来た場合は部隊を後退させなさい。普通の魔物では勝ち目がない……被害を大きくしてしまうだけだわ』


『ですがそれだと、戦線を押し込まれてしまうんじゃ……』


『その時に、これを使ってほしいの。私達にも戦況を通達できるように』


 ミノ子は部隊を後退させつつ、自身は留まって胸元から笛を取り出すと、それを思い切り鳴らした。


 ビィィィィィ!!!


「な、なんだあれは」


「ひっひっひ、何かの合図か?」


 ゆっくりと向かってくる男の言う通り、これは合図だ。


『アルカナには私達上位の魔物が相手します。彼らを潰すことが、この戦争を終わらせる最短の手段ですからね』


『ではこの笛を吹くというのは……』


『ええ。敵の主力の位置を確認するためのものです。倒せる敵と判断した場合は速やかに無力化しなさい。無理だと判断した場合は退避するように』


『退避? でも、それでは――』


『魔王様の目の前で、あなたを失うわけにはいかないでしょう。それに、あの方が無駄な犠牲を嫌うのは知っているはずよ』


『……! わかりました。指示通りに動きます』


 ミノ子は金棒を構えて立ち止まる。

 部隊が完全に後退するまでは時間を稼ぐ必要があるからだ。


 それに、笛の音を聞いた援軍が来るまでも時間がかかる。


「牛の魔物か。獲物としては、ひひゃ、充分だああああ!!」


「魔王お傍付き護衛衆の一人、ミノタウロス。いきます!!!」



 ガキインッッッ!!



 男の繰り出してきた鉤爪と、ミノ子の金棒がぶつかり合う。

 普通の騎士であれば、ミノ子の圧倒的なパワーの前に吹き飛ばされるところだが、この男は違った。


 片方の拳につけた鉤爪で力を受け流すようにして軌道をずらし、もう一方の鉤爪で金棒を振りかぶった後のミノ子を目掛けて振り切る。


「ひゃはああああ!!!」


「……っ! てりゃああああ!!!」


 だがミノ子は振り切った勢いを利用して空中を回転するように斬撃を避けてみせた。

 そして息つく間もなく金棒を振りかぶり、地面を踏みしめ、瞬間移動の如く男との距離を詰める。



 ミノタウロスは華奢な見た目とは裏腹に、とてつもない筋力を秘めた種族だ。

 彼女達は力比べなら魔界でも五本の指に入る筋力を持ち、腕力と脚力は常人のそれとは比較にならない。

 だからこそ、思い切り地面を踏み込めば一瞬で間合いを詰めることも出来る。



 異常な脚力で飛び込んでくる弾丸のようなミノ子の動きに、人間の男は対応できるはずもなく、何も出来ずに振り下ろされる金棒を睨んでいた。


「おのれ……ははははっ」


「はあああああ!!!」


 メキメキメキィッッ!! ズオオオンッッ!!!


 金棒が男の顔面にめり込んだ。完全に入った。

 ミノ子の怪力は彼の顔面だけでなく、地面にもひびを入れていく。そして彼を中心にして地面にクレーターが出来上がる。


「……はぁ、はぁ。こんなものですか」


 男の顔面は血塗れになっていて、白目をむいている。

 意識はなくなった。そう判断してミノ子は交代した部隊に向かって呼びかけようとするが、次の瞬間、それを取りやめた。



「ま、だだ……あははははは! もっと楽しもうではないか!!」



 男は意識を戻して復活したのだ。


「……一体どうやって。人間の耐久力では頭蓋が割れたら行動不能になるはず」


 ミノ子は周囲を見渡す。だが、誰も驚いている様子はなかった。

 これがこの男にとっての常識であるかのように。


「(敵は本体を動かしてくる様子もない。ここは一旦、退くべき……しかし、この状況で退くことは出来そうにない)」


 見ると人間側はミノ子と男の部隊をかわして進軍しているものの、他のアルカナを動かしている様子はなかった。

 つまり、彼らはまだ対応に遅れている。

 ここから増援が来るとなれば、さすがにミノ子も敵いそうにない。


「血が、血がたぎってくる……」


 ミノ子の目の前のアレは、引き下がる様子もない。


「応援が来るまでの間、あなたにはここで止まってもらいますよ」


「ひっひっひ! ひゃははあああああ!!」


 ミノ子は深呼吸して、目の前の敵を捉える。

 そして地面を踏み込み、金棒を構えた。


「たあああああああ!!!」


 ガキインッッ!!!


 ヘルリヘッセ大戦の始まりを告げるような音が戦場に響き渡り、ついに魔物と人間の戦いが始まったのだと認識させた。












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