第十章8 『アルビノ』
※勇者視点です。
勇者一行はヘルリヘッセ奪還戦を止めるべく、果ての大陸へとやって来ていた。
そこで連合軍の駐屯地へと赴き、軍を指揮する大国アゼールの国王と交渉するが、大戦を止めることは叶わなかった。
しかもエリカの一言により、何故か勇者一行も戦いに参戦することとなってしまい、彼らはアゼール国王からテントを与えられ、そこで夜を明かすこととなる。
そして現在――駐屯地の少し外れにあるテントの中、勇者一行はランタンを囲んで円形に座っていた。
「――で、エリカちゃん。これはどういうこと?」
「……あの状況は仕方なかったじゃない」
「いや、そもそも僕らは戦争を止めに来たんであって、戦いに来たわけじゃ――」
「勇者様、少し落ち着くです。何も本格的に魔王軍と戦うわけではないですよ」
どゆこと?
「交渉の最中、エリカさんは国王に、自分たちは自由に行動させてもらうって許可をもらってるです。参加表明したとしても本気で戦う必要はないですよ」
「そ、そうなの? もしかしてそれを見越して――」
「そ、そういうことよ! さすがモルね! わかってるじゃない! うんうん」
あ、これ嘘だ。
あの場の勢いに任せて口にしたな、きっと。
しかし、全てを責めることは出来ないか。
今回ばかりは、エリカちゃんの故郷が懸かってる。取り戻したいって気持ちは分からないでもない。
だが、僕が危険な目に遭うのならNOだ。
「まあ、何はともあれ駐屯地で堂々とできるのは得ですよ。今のうちに行動指針を固めておくです」
「そうね。……ここからは難しい話だから、勇者はその辺でも散歩してきていいわよ」
ひどくね?
まあ、分かる自信もないけどさ。
「あとでモルちゃんに聞けばいいか。散歩してくる」
「今ので癇癪の一つも起こさない勇者様の器の大きさに感銘を受けたですよ。是非、わたくしの子供を――」
モルちゃんの発言は最後まで聞かずに外へと出た。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……」
「おい、あれって」
「勇者様だぜ、すっげぇ」
「誰か話しかけに行けよ」
「無理だって! 相手は勇者だぞ!」
この散歩は心労が絶えない。
あのままテントで寝転がってた方がよかったかも。
こんな駐屯地の夜に散歩しても遊ぶ場所がねぇ。
あるのは、男どものむさくるしい訓練光景と突き刺さる視線だけ。
発狂しそうだ。女、女の成分が足りねぇ。
「あ、そうだ。あの子を捜そう!」
国王の隣にいたアルビノちゃん! あの子を見つけて、一晩で口説き落とせば……ああいう気の弱そうな子は一発で。ぐひひひ。
「こんな夜分遅くに、何をしているのですか?」
「――!?」
急に背後から話しかけられてそちらに振り向くと、そこに立っていたのは目当ての人物だった。
夜だというのに白銀に輝く長い髪を携えた美女。アルビノちゃんだ。
「き、奇遇だね。こんなところで会うなんて」
やべぇ。これは千載一遇のチャンスなのでは?
逃す手はないぜ!
「あなたを探していましたから奇遇ではありません。こちらも手間が省けました」
「え、そうなの? どして?」
「いえ、簡単な話です。勇者がどれほどのものなのか、この眼で裁量しておきたかったので」
あれ? なんかこの子、さっきと雰囲気違くね?
僕の見立てだと、物静かなタイプだと思ってたんだけど……。
めっちゃ喋るじゃん。
「裁量……つまり、僕の事が気になったってことかな?」
「はい」
即答だよ!
微動だにせず、真顔で即答だよ!
「あ、アルビノさんだったよね。国王様の護衛をしてなくて大丈夫なの?」
「大丈夫です。今はアルカナが護衛しているでしょうから。それよりも、私はあなたに興味があります」
「きょ、興味……」
「ええ、大いに」
そう言ってアルビノちゃんはこちらににじり寄ってくる。
いま、かなり嬉しいシチュエーションのはずなのだが、素直に喜べていない。
何故なら僕は、少しずつ恐怖を覚えていたからだ。
抑揚のない話し方や感情の無い瞳を見ていると、彼女が生きているように感じなかったのだ。
そう、まるで――。
「勇者様~~、どこまで行ったです~~? エリカさんが早く帰れって怒ってるですよ~~」
なんか、遠くから理不尽な声が聞こえてきた。
だが、今だけは救いの声だ。
「ごめんねアルビノさん。連れが迎えに来たみたいだ。残念だけど今日は――え?」
そう言って距離を空けようとすると、そこには既に彼女の姿はなかった。
逃げたのだろうか。まあいい。助かったことに変わりはない。
「あ、ここにいたです。もう、いつまで散歩してるです?」
「いや、さっき出たばかりでしょ。さすがに門限キツくね?」
「……何言ってるです? あれから二時間は経過してるですよ」
「は?」
二時間?
何を言ってるんだ? 僕はついさっきテントを出て……あれ?
違和感を覚えたのは今頃になってだった。
見渡すと、先程まで賑やかだった駐屯地は静まり返っていて、誰も鍛錬している者はいなかった。
これ、なんかのドッキリ?
「ほら、帰るですよ」
「あ、うん」
疲れてるのか? いや、さすがに二時間も話し込んでたら気付くよな。
気付く、よな?
こうして僕は駐屯地の一日目の夜をキツネに摘ままれた様な感覚のまま終えた。