第十章7 『魔王、ヘルリヘッセに立つ』
※魔王視点です。
魔王は人間が魔界の一部と化したヘルリヘッセを奪還しようとしていることを知り、軍を率いて迎え撃つことに決めた。
出発の日、魔王は城下で民や兵士たちに語り掛け、志気を高めてヘルリヘッセへと移動する。
そして数日の行軍を経て、魔王軍はようやくヘルリヘッセへとやって来た。
「魔王様、あれがヘルリヘッセです」
あれか。
馬車の窓から顔を出して遠目に見ると、先遣部隊が陣を敷いているようだった。
あちこちに魔王軍の旗が見えている。あそこがヘルリヘッセで間違いないだろう。
どうやら、人間との衝突はまだのようだ。
ちなみに今回の部隊編成だが、魔王城の護りにはフェニちゃんを中心にアルラウネ族とガーゴイル族を配備。
ヘルリヘッセの軍には魔王の護衛としてセイレちゃん、サキさん、雪女さんの三名。ミノ子さんには支配下にあるビーストを率いてもらうことになっている。他には偵察部隊としてスライム族を配置し、魔王軍として配下の種族たちが集結している。
既に乗り込んでいる先遣部隊はサタナキア率いる悪魔の軍と、エルフ・シルフ族を率いるエルさんだ。
「……地図を見たところ、ヘルリヘッセの周辺は平原だ。まずはヘルリヘッセの位置に陣を構えて人間共を迎え撃とうってことだね」
「はい。しかし奴らもかなりの軍勢を構えているとのこと。一筋縄ではいかないかもしれません」
「た、確か、先遣部隊は、サタナキア様が、率いているんですよね?」
「ええ。戦力は我が魔王軍とビースト、悪魔の一部の勢力となっています。軍勢にして数百万というところですか」
「そ、そんなに……!」
セイレちゃんがサキさんの言葉に驚いていた。
しかし、数で見れば少ない方だろう。こちらは全戦力を投入できているわけではない。
魔界四天王のうち、掌握下にあるビーストは全軍を率いている。
悪魔もサタナキアとは明白な力関係が働いているため、彼らの軍勢が加勢している。だが、ルシファーたちは中立の立場ということもあり、全軍を動かすことはなかった。
そして他の二つの勢力、アンデッドと魔女は論外だ。
特にアンデッドはこのタイミングで魔王軍に宣戦布告してきた。そちらの対応はデュラハンさんに任せているけど……。
「ま、魔王様。浮かない顔ですね」
「ちょっと、ね」
「デュラハン様ですか?」
どうやら、セイレちゃんにはお見通しらしい。
「魔王様、心配なのはわかりますが……」
「わかってる。今は、この大戦を終わらせないとね」
馬車は間もなくヘルリヘッセへと到着し、俺は戦場へと足を踏み込むこととなった。
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「お待ちしておりました。魔王様」
「サタナキア、ご苦労だった」
「こちらへ。魔王様の陣営を用意してあります」
「ああ」
「では魔王様、私達は後ほど。我らの軍を合流させてから戻りますね」
「わかった。頼んだよ、サキさん、ミノ子さん」
「はいっ!」
「任せてください!」
連れて来た部隊をサキさんとミノ子さんに任せ、俺は護衛のセイレちゃんや雪女さんと共にサタナキアのあとをついていく。
陣中を歩いていると、四方八方から視線を浴びることとなった。視線の主は、先に来ていた悪魔の軍勢だろう。
「本物の魔王様だ!」
「こりゃあ、俺達が負けるわけねえよ!」
「すげぇ迫力だ……!」
「あれこそ悪魔の中の悪魔って感じだなぁ!」
連中は魔王の到着に歓喜し、まるで勝利したかのように叫んでいる。
それだけ魔王の存在が大きいということか。
「うふふ、魔王様ったら人気者ですのね。妬けちゃいますわ。そう思いません? セイレーン様」
「な、妬いてなんていません!」
「本当ですか?」
「や、頬をつつくのやめてください~~」
なんか、二人とも緊張感ないな。
やっぱりこういうのって慣れとかあるのか? 俺は初めての戦場に心臓止まりそうなんだけど。
サタナキアについて歩いていくと、大きな建物の前で足を止める。人間が作ったと思われるログハウスを改造した建物で、扉や大きさは魔物用に改良されていた。
どうやら、ここがこの村で一番大きい建物のようだ。
確か、ヘルリヘッセは魔物が占拠する以前は人間たちの街だったらしい。
しかし、このログハウス以外にはそういった名残は残っておらず、見慣れた魔物風の禍々しい建築が建ち並んでいた。
「ここが魔王様の陣地になります。長い行軍でしたから疲れもたまっているでしょうし、本日は存分に身体を休めてください」
「あ、ああ」
サタナキアはきざったらしい顔で微笑んできた。
こいつ、こんな感じだったっけ?
前はもっと腹黒い感じだったのに、少し見ない間に爽やか青年になってないか?
サタナキアの一件の後は、あまり関わってなかったから知らなかったが、こいつに何があったんだ。
「……どうされました?」
なんか、バックにルシファーの顔が浮かぶ。余程キツイ灸をすえられたか。
「あの、魔王様、中に入らないのですか?」
「あ、うん」
セイレちゃんに促され、俺達は拠点に入ることにした。
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拠点となるログハウスは丁寧に掃除が行き届いており、居心地の悪さを感じない。
戦いの為の拠点としては不釣り合いな、普通の家だ。
「まあ、可愛らしい家ですわね。セイレーン様、魔王様との別荘はここにしたらいかがでしょう。ハネムーンには最適ですわよ」
「も、もう! からかいすぎです!!」
あの二人って案外、いいコンビなのか?
「あ、魔王様~~」
二人に呆れていると、先客が部屋の奥から姿を現した。
俺達も見知ったエルフ・シルフ族の族長にしてお傍付き護衛衆の一人、エルさんだ。
「久しぶり、エルさん」
「お久しぶりです~~」
「あ、エルちゃん! 久しぶり~~」
「セイレーンさん、久しぶり~~」
セイレちゃんとエルちゃんは手を取り合って喜んでいる。
「魔王様、とりあえず休んではどうです? ここまで陣を敷いていれば人間も簡単に攻めてこようとはしないはずです」
「それもそうだね」
「あ、それなら部屋に案内しますね~」
こちらの話が聞こえていたようで、エルさんは部屋を案内してくれた。
階段を上がった先にある部屋に通されると、そこには大きなサイズのベッドとクローゼットが置いてある。
拠点というよりは新居みたいだな……。
「ここが魔王様とセイレーンさんのハネムーン部屋ですよぉ」
「「ハネムーン部屋!??」」
「あらまぁ……素敵な部屋ですのね」
混乱する俺達を差し置いて雪女さんは微笑んでいた。
「え、エルちゃん、ハネムーン部屋って何? ここって一応戦場の拠点だよね?」
「そうですよぉ? でも魔王様と正室のセイレーンさんは同じ部屋の方が何かと都合がいいと思って」
「都合……エルちゃん、ありがとう」
セイレちゃん、納得しちゃったよ!!
ま、まあ魔王城でも二人で寝たりしてるから抵抗はないんだけど……一応これって戦争なんだよね?
少し緊張感に欠ける中、俺はとりあえず部屋で休むことにした。
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「――というわけで、戦場での布陣は以上のようになります」
「成程、ありがとう」
ヘルリヘッセに入った日の夜、休息を終えた俺は拠点の軍事室にいた。魔王城における執務室のような造りだ。
俺はそこで昼間の作戦会議の報告をサキさんから聴き、今後の行動を教えてもらっている。
表向きには俺が自ら指揮をとっている形なのだが、実は今回の戦争の指揮の細かい部分ははサキさんやサタナキア達に任せて……もとい丸投げしてある。
そもそも、俺がこんな大きな戦いの指揮を出来るはずがない。俺みたいな素人よりも経験豊富な人達に任せるべきだろう。
「あの、魔王様」
「ん?」
「その、久しぶりに二人きりですね」
サキさんが真剣な表情でこちらを見てくる。
「あ、ああ。そうだね」
「……どうしても、駄目ですか?」
「え、な、なにが!?」
いかん、動揺して声が上擦ってしまった。
しかしセイレちゃんもいない空間でこんな発言されたら、心当たりを捜してしまいそうになる。
だが、そんな戸惑いは不要だった。
「魔王様が戦場に立つことは、その、賛成しかねます」
「……あ、そっちか」
「確かに、魔王様がいるだけで戦況は変わるかもしれません。士気も向上します。……ですが、魔王様が危険を冒しては――」
「部下に戦いを任せて知らないフリは出来ないよ。それに、魔王なら人間如きに怯えないでしょ?」
「魔王様……申し訳ございません。過ぎた発言でした」
「ありがとう。心配してくれて嬉しいよ」
「魔王様……! やはり魔王様は素敵な方です。惚れ直してしまいます」
今度は、頬を染めてこちらを見つめてきた。
「魔王様、どうか今宵は私と交わって頂けませんか?」
「ま、交わる!?」
な、なにそれ。サキュバス専用の単語!?
「駄目だよ。俺にはセイレちゃんという人が――」
「ふぅ」
「ひやああああ!!」
サキさんが一瞬で移動して耳元に息を吹きかけてきた。
おかげで魔王らしくない悲鳴が出てしまう。
「私とじゃ、駄目、ですか?」
ごくり。
生唾を飲み込む音は、きっとサキさんにも聞こえたに違いない。
まずい、話題を変えないと!
サキさんの雰囲気は本気だ!
目の色も雰囲気ある色に変わってるし、間違いなく俺を食う気だ!!
話題、話題……なにかないか。性欲と結びつかない話題!
あ……!
「そ、そういえばデュラハンさんは大丈夫かな? 早くこの戦いを終わらせて加勢に向かわないと」
咄嗟に話題を変えたつもりだったが、サキさんは恍惚とした表情から一変して少し複雑な顔をする。
「そうですね。彼ならきっと……」
「サキさん?」
その表情の変化に気付いてしまった。
気付かないようにしていたけど、気付いてしまった。
だが、それ以上言及することは出来なかった。
ここにいる以上は、彼を信じることしかできないからだ。
「……」
「……」
急にしんみりしてしまい、互いに言葉に詰まっていた。
こんな時、雪女さんが出て来てくれれば――。
「あの、魔王様……」
そう、こんな風に部屋の中がひんやりとして……はっ!
冷気が部屋に漂い始め、その発生源を見ると、そこには雪女さんではなくて妹の方がいた。
「シュネーさん!?」
「シュネー……いつの間に」
「ノックはしたのですけれど、返事がなくて……入るのを戸惑っていたところお姉様から、その」
何となく、その先の言葉は察しがついた。
「も、ももももしかして、今までのやり取りを聴いてたの!?」
「は、はい。申し訳ございません」
「いやああああああああああああ!!!」
サキさんは自分から迫ろうとしていた場面を盗み聞きされていたと知って、のたうち回った。
確かに、あれは第三者から見られると恥ずかしいよな。
しかしあれだ。このタイミングでシュネーさんが魔王陣営を訪ねてくるということは……。
「もしかして、例の報告?」
「はい。勇者はこの地に到着し、アゼール王国に加勢する模様です」
来たか。勇者……。
「指示をいただけますか?」
「……ああ。明日の夜にでも、交渉を持ちかけてほしい。双方合意の上、今回の戦争について直接会って話し合いたいと。日時はそちらに任せる」
「場所は指定しますか?」
「場所はそうだな……サキさんは転移魔法が使えるんだよね?」
「え? ま、まあ近場ならいつでも可能ですが、以前のような大距離転移の場合は陣の力を使う必要がありますので準備の時間が必要になります」
「充分だよ。シュネーさんは転移の魔法を使えるんだっけ?」
「はい。ある程度なら」
「じゃあ場所は平原から外れた海岸だ。あらかじめ、罠を用意しているようなら会合を中止すると伝えておいてほしい」
「かしこまりました」
準備は整った。近いうちに勇者と接触できる。
戦いを長引かせない為にも、これはかなり重要な接触となるだろう。
「あの魔王様、何を考えているのでしょうか?」
「ふふふ、それは後の楽しみだよ」
「な、なんて不気味で素敵な笑顔……! やはり今晩は私と一緒に!」
「いや、普通にセイレちゃんと寝るから」
「ぐはっ! 思っていた以上にダメージの大きい台詞です……」
「あ、あの、退室した方がよろしいでしょうか?」
こうしてヘルリヘッセ一日目の夜は更けていくこととなった。
だがこの時の俺はまだ知らない。
明日から始まる人間VS魔物の激闘を。俺の考えがいかに甘いのか叩きつけられる現実を。