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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第十章 「ヘルリヘッセ大戦」
172/209

第十章5 『数千の命』

※魔王視点です。

 



 社畜魔王は全ての準備を終え、魔王城の城門付近に集まる数千の軍勢の前に姿を現す。

 その姿は、新調した装束も相まって、彼らの主柱に相応しい――禍々しく迫力のある立ち姿だった。

 彼は妻であるセイレーンと信頼のおける護衛衆たちを率いて、軍勢とそれを見守る城下の民の前に姿を現し、その光景を見渡す――。




 ゴクリ……。


 やっべぇ……緊張してきた。

 眼下に広がる数千に及ぶ魔物たちの双眸が俺を射抜いている。

 これだけを見れば壮観で心地よい眺めなのかもしれないが、状況が状況なだけに手汗が半端ない。


「ま、魔王様?」


「だ、大丈夫。すーはー」


 セイレちゃんに虚勢を張って深呼吸する。


 とりあえず落ち着け。まずはここに至る経緯を思い出すんだ。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 遡ること数分前――。

 それは意を決してセイレちゃんと共に部屋を出た後だった。

 ここへ向かう途中にサキさん達と合流したのだが、そこでサキさんがこう言った。


『魔王様、集まった我が軍を鼓舞するためにも、一つよろしくお願いします』


 ――と。


 一つって何ですか。鼓舞とか聞いてないし!



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ざわざわ……。


『すげぇ、本物の魔王様だ』

『初めてお目にかかるが、さすが禍々しいオーラじゃ』

『ありがたや。ありがたや』

『なんて素敵な御方……!』


「魔王様、皆がお待ちです」


「あ、うん……」


 サキさんに催促され頷いたはいいが……兵士だけじゃなくて街の人も大勢集まってるし、物凄く注目されてる。

 そして彼らは待っている。信じる魔王の言葉を。


 確かに、不安だよな。これから戦いに赴くんだから。


 よく見ると兵士の中には不安に駆られて俯く者もいた。

 人間との抗争とはいえ、誰一人欠けることなく終わるはずもない。


 みんな、不安なんだ。


「魔王様……」


 隣に寄り添うセイレちゃんが心配そうにこちらを窺う。


「大丈夫だよ、セイレちゃん」


 自然と頬が緩んだ。

 この時ばかりは虚勢ではなく自然な返しだった。


 そうだ。俺には彼女がいる。

 サキさん達、仲間もいる。


 そして知っている。

 不安なときは、誰かに背中を押してほしいもんだ。

 そこで俯いているあいつの気持ちも、不安そうな表情のあいつの心も、今の俺には理解できる。


 すぅ……。

 大きく息を吸い込んだ。


 今度は、俺が支えてやる番だ。



「集まってくれて感謝する。我が親愛なる臣下と愛する民たちよ」



 たった一言発するだけで、その場はシンと静まり返った。

 次の言葉を待つように、彼らはじっとこちらを見つめる。

 耳をすませば、つばを飲み込む音や心拍数が聞こえそうなほどの静寂の中、俺は口を開いた。



「今、不届きな人間風情が、我々の大地を荒らそうとしている。今一度、奴らに我らの恐怖を与え、どちらがこの大地に立つべきなのかを知らしめる時が来た! 此度の戦いにおいて我と共に戦ってくれる者達には約束しよう。この俺の勝利を――!」



「「「うおおおおおおおおおおお!!!」」」


 兵士たちの雄たけびが響く。

 中には、それでも不安そうな顔を浮かべる者もいた。当然だ。誰もが同じく賛同しているはずもない。

 俺も昔はそうだった。

 賛成したくもないのに、周りに合わせたりしていた。


 自分の心に嘘をつかせるのは、上にたつものとして見過ごせない。


「魔王様、さすがで――」


「まだだよ」


「え?」


 サキさんが頃合いをみてこちらに話しかけてくれたが、俺はそれを遮る。



 まだ終わってない。



 魔王としては甘い考えなのかもしれないけど、俺は誰にも死んでほしくない。

 だが、こればかりは保証できない問題だ。俺は戦闘経験が豊富なわけじゃないし、全てを守る自信もない。それは自分で一番理解している。


 けれど、この立場でしかできないこともある。魔王の俺にしかできないことがある。


 生存率を上げる努力は惜しまない。

 誰になんと言われようと、そこだけは曲げるつもりがない。

 だから一人でも多く生き残るために、あんな顔はさせられん。


「しかし、この中には不安に駆られている者もいるだろう! 死に怯える者もいるだろう!」


「魔王様、一体何を――」


「サキュバス様、あなたの一存で魔王様の邪魔をしないでください」


「セイレーン……」


 これ以上は俺が墓穴を掘る可能性がある。

 だからサキさんが止めようとしたのも頷ける。

こんな衆人環視の只中でやらかせば、確実に魔王の威厳は下がってしまう。



 だが、それでも続ける。



「その感情は取り繕う必要のない本心だ! 偽る必要なんてない!」



 語り掛ける。

 目の前の連中と、自分自身に。


 今の俺は魔王だ。


 王なら、従う者と共に命を懸けろ!



「しかし案ずることはない!! その心は、此度の戦いを越えた先には存在しない! 何故なら、ここにお前達が集まってくれたからだ!! 命を懸けて魔界を守る意思を持った者達がいるからだ! 俺達は独りじゃない! ここにいる全員で戦うことを忘れるな! そこに魔界最強の王がいることを忘れるな!」



 ゴオオッッ!!



 一陣の風が吹き、城の旗がはためく。

 そして、呆気にとられる群衆を前に、俺は叫ぶ。



「だから、お前達の命を……今一度、俺に預けてくれ!!」



 その言葉に、その場は静まり返った。

 かと思いきや、途端に大きな振動が起こる。



「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」」」」



 俺の言葉に、彼らは反応する。

 中には涙を流す者もいて、中には口を大きく開けて叫ぶ者もいる。皆一様に声を張り上げていた。


「魔王様、お疲れ様です」


「……ちょっと、声張りすぎたかも」


「ふふっ。カッコよかったです」


「……!」


 セイレちゃんの笑顔を見ると、疲れも吹っ飛んだ。

 一方でサキさんはこの光景に驚きを隠せずにいた。


「さすがです、魔王様。まさかこのように団結を深めるとは」


「はは……上手くいくかどうかは半信半疑だったけどね。でも、魔王の事を少しでも信頼してるなら、今の言葉で少しは支えになれるかなって思ったんだ」


 信じてついていこうって人にここまで言われたら、少しは元気も出るよな。

 俺だって、向こうに立ってたら感化されてると思うし。


「でも、まだ始まったばかりだよ……」


「そ、そうですね」


「はい。では、そろそろ――」


「うん。そうだね」


 威厳と言うものがあるのなら、少しは身についてきたのかもしれない。

 何度も逆境に立たされ、何度も支えられ、自信を身につけたのかもしれない。


 その証拠に、先程までの不安はなくなり、俺の言葉に振動する圧倒的な光景も遠くまで見えた。


「では、これより我々は出撃する!!」


 こうして、今回の大戦における魔王の一つ目の仕事は終わった。

 まだまだやらなきゃいけないことはあるが、今はとりあえず、目の前の光景を目に焼き付けておこう。


 命を懸ける、数千の命を。この目に。












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