第九章30 『砂漠に別れを』
勇者としての力を手に入れ、覚悟を決めたクズ勇者。
残る賢者の末裔の居場所を聞き出すことができ、これからの計画を練ることも出来た。
そしてついに、ショコラ王女たちとの別れの時がやってくる。
「勇者、次の目的地が決まったわ。早速行動するわよ」
僕とショコラちゃんが話していると、徐にエリカちゃんが声をかけてきた。
「もう、行ってしまわれるのですね」
「エリカちゃんは気が早いからね」
「何か言った?」
「いいや、なにも」
席を立ち、準備を進める。
ここに長居するわけにはいかないらしく、いつものようにエリカちゃんペースで旅が再開される。
「よし、これで全部かな」
荷物を袋の中にまとめ、僕達はすぐにでも旅立つ準備ができた。
「門までお送りします」
ショコラちゃんがそう言って部屋を一緒に出てくれる。すると、メイドや兵士たちが廊下に立ち並び、僕らを見送ってくれた。
「すげぇ……」
「勇者様、堂々と歩くですよ」
ショコラちゃんの後に続き、宮殿を出る。
庭園にも大勢の兵士やメイドが集まっており、道をつくっていた。歩くたびに感謝の声がかけられ、昨日の祭りを思い出す。
祭で出会った連中も見送りに駆けつけているようだ。
「では、ここで。……」
庭園の出口付近でショコラちゃんは足を止める。
そして、言葉を待つかのようにこっちを見ていた。
「ほら勇者なんだから、代表して王女様に挨拶しなさいよ」
バシッ!
「おわっ」
呆然としていると、エリカちゃんに背中を叩かれ、一歩前に出た。
「挨拶って……そうだなぁ。えっと、ショコラちゃん、それにスティさん。色々とありがとう。みんなと出会えて嬉しかった」
「私も、勇者様と出会えて嬉しかったです」
ショコラちゃんは手を出してきた。
僕は彼女の握手に応じて、か細く小さな手を握る。
「あなたに炎の賢者ネフティの加護があらんことを」
「……それじゃ、また会おうね」
「はい。必ず……!」
こうして僕らは別れを告げた。
あっさりとした別れだが、これでいい。
永遠の別れではないのだから。
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ショコラちゃんと別れてから大通りを歩いていくと、端々から声がかけられる。
「すごいな、認知度」
「あの一日目が嘘のようです」
モルちゃんの言葉通りだ。
しばらく感謝の嵐に包まれて歩いていくと、急にエリカちゃんが足を止めた。
「あのさ、少し寄りたい場所があるんだけど」
「え?」
「路地裏にあった教会を覚えてる? 街を出る前に、あそこに行きたいの」
「「…………?」」
僕とモルちゃんは二人で顔を見合わせたが、まだバラクーの乗車時間までは余裕があり、寄り道することにした。
大通りから離れて例の教会へと向かう。
確かここは、僕らが脱走した後にエリカちゃんと合流し、作戦会議をした場所だ。
「あれ、墓石が増えてるです」
「え?」
朽ち果てた例の教会にやってくるとモルちゃんが呟く。
墓石の数なんて、よく覚えてるなぁ。
「ここにあるのは、この前の戦いで亡くなった兵士や救済の使徒の墓よ。そこにスカルピアの墓もある」
「「……!!」」
「この数を、私たちが無視して進むわけにはいかないわ」
「いつの間にこんな……」
「私が弔おうとしたら、王女様が手配してくれたの。……あなたは勇者なんだから、この犠牲の数を知っておきなさい」
エリカちゃんはそう言って、一つの墓石へと向かって手を合わせた。
「魔王がいなければ、こんなことにはならなかったのに」
エリカちゃんが悔しそうに呟く。
その言葉が妙に頭に残った。
裏では魔王と通じ合っているなんてエリカちゃんには口が裂けても言えないな。
「エリカさん、そろそろ行くですよ。責任を負うばかりが勇者様の役目ではないです。勇者様がいなければもっと――」
「わかってる。……行きましょうか」
そう言ってエリカちゃんが立ち上がろうとすると、声がかけられた。
「エリカお姉さん! ここにいたんだ!!」
「メリューちゃん!」
メリューちゃんが僕らを見つけて、遠くから駆け寄ってくる。
その後ろから穏やかな顔つきの男性、カドラさんがゆっくりとついてきていた。
カドラさんはハーフであることを偽っていたが、その事を国王に告白し、ショコラちゃんの弁明もあって罪を晴らすことができた。
その為、今は以前とは違って尻尾のようなものを揺らしている。
「わぁい!!」
ガシッ!
メリューちゃんは勢いよく駆け寄ってきてエリカちゃんに抱き付く。
そして上目づかいでエリカちゃんに訊ねた。
「お姉さん、もう街を出て行っちゃうの?」
「ええ。でも、役目を終えたらまたカスタードに来るつもりよ」
「ほんと!? 約束だからね!」
「ええ。約束ね」
本当の姉妹のように二人はじゃれあっている。
その光景を、カドラさんは微笑みながら見ていた。
「もう行ってしまわれるのですか。勇者様には、感謝の言葉が尽きません……」
「僕は、カドラさんに協力したんじゃなくてショコラちゃんの熱意に感動したからですけど。ここ重要」
「あはは。そうでしたか……これは恥ずかしいですね」
「……ショコラちゃんの事、大切にしないと許さないですから」
「ええ、炎の賢者に誓います」
メリューちゃんとエリカちゃんのじゃれ合いを見つめながら、僕とカドラさんは言葉を交わした。
ちなみに、モルちゃんはつまらなくなったのか遠くの方で立ったまま寝てる。
「勇者、そろそろ行きましょうか」
「あ、うん。それじゃあ、また」
「うん、またね! 勇者様!」
「お気を付けて」
二人と別れ、僕らはそのまま街を出た。
そこからバラク―に乗り込み、砂漠の王国カスタードの都を後にしたのだった。