第九章26 『感謝』
勇者とショコラは力を合わせて不信のロストを倒した。
これにより街の異変も収束し、国王が尽力した結果、万事解決となったのだった。
そんな戦いから一夜が明け、目が覚める。
見慣れない天井を見て、昨日宮殿で眠ったことを思い出した。
「ふわぁ……」
「まったく、勇者のくせにだらしない欠伸ね」
「あ、エリカちゃん」
部屋の入り口にエリカちゃんがいた。
彼女はいつもの鎧姿だが、表情はいつもと違って少し恥じらいがある。
「そ、その、昨日はごめん。私、役立たずだったから」
「本当に役立たずだよ」
「うぅっ……言い返せない」
「でも、怪我とかなくてよかった」
「……! あ、ありがと」
エリカちゃんは腕に包帯を巻いている程度で、目立った外傷はなかった。
話を聞くと、どうやらシュネーさんが鎧を凍らせて足止めしたらしい。彼女がいてくれて助かった。
一方の僕は、ロストの風魔法で全身切り刻まれたから、身体中に包帯を巻かされている。昨日はあの後、街の暴動が治まってからは、兵士達の活動の成果もあって負傷者は十数名に留まった。
「そういえばモルちゃんは?」
「モルは先に行ってる。私達も行きましょう」
「え、行くってどこへ?」
「王様の所よ」
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「あ、勇者様。こちらへどうぞ」
兵士が入口に立っており、僕とエリカちゃんを見ると片手を広げて謁見の間を示した。
見慣れた謁見の間にやってくると、そこには昨日の戦いの痕跡が深く残っている。
初めて見た時とは違い、カーペットがズタズタで窓も割れるなど、宮殿の豪奢な佇まいは消えている。
玉座には包帯を巻いた国王、その隣にショコラちゃんがドレス姿で立っており、背後にスティさんの姿も見えた。そして玉座の手前にはモルちゃんの後ろ姿がある。
「やっと来たです」
足音に気付き、モルちゃんが振り返った。
「おはよ。モルちゃんは、怪我とかなかったの?」
「少しお気に入りの服が破けた程度ですよ」
「二人とも、国王様の前で――」
「よいのだ」
エリカちゃんが僕とモルちゃんに注意する前に、国王が口を開いた。
ガトー=クーヘン。ショコラちゃんの父親で、カスタード王国の国王。
その雰囲気は、初めて会った時とは正反対で、棘もなく朗らかな印象。今回の対応は恰幅のよい見た目と同様に寛大だった。
「此度は、勇者様をもてなすことも出来ずに申し訳ない」
「え……もてなす?」
「はい。カスタード王国は賢者伝説の一説の舞台。勇者様をもてなし、賢者の儀式を行うことがクーヘン家の使命だったのです」
どうやら、本来は勇者大歓迎だったみたいだ。
「勇者様には、大変な失礼をしてしまい……」
「あぁ、そんなの気にしてないよ。終わり良ければ総て良しってね」
「何と寛大な……」
国王が感心し、周りからも感嘆の声があがる。
「よく言うわね。あんなに文句言ってたくせに」
「です。都合のいいクズっぷりですよ」
しかし、仲間の二人は辛辣だった。
「それで王様、一つ提案があるんですけど」
「な、なんでございましょう。我々に可能なことであれば何でも申してくだされ!」
「王女様のこと、溺愛するだけじゃなくて信じてあげてください。彼女のひたむきな想いを否定せず、応援してほしいんです」
「――!」
僕の言葉に広間がざわめいた。
当然、この言葉でどういう意味なのかは理解されているはずだ。
そして仲間の二人は、小声でこちらに訴えてくる。
「ちょっと勇者! お礼をもらうんじゃなかったの?」
「いえ、わたくしはてっきり、酒池肉林を希望するものだと」
それ、ひどくね?
あの時の提案って冗談じゃなかったの?
「……お父様」
国王は僕の言葉に少々驚きつつも、そのままショコラちゃんを見た。
「そうですな。……ショコラ、お前の思うように生きなさい。わしは、応援しよう」
「お父様……よいのですか!?」
「た、ただし、すぐにとは言わん。その、もう少し一緒に……」
「ありがとうございます! 国王の言葉に二言はない、ですよね」
ショコラちゃんの言葉にガトー国王は一瞬だけ悲しそうな顔を浮かべたが、咳払いをして大きく頷いた。
「……好きにしなさい」
国王の一言で、広間が湧いた。
これでショコラちゃんの恋愛相談は解決かな。
「勇者様、クズ成分が足りてないです。もしかして偽物です?」
「違うって。僕は元々、こういう性格なんだよ」
「「嘘ね(です)」」
二人の息がぴったりだった。
ま、その通りなんだけどね。……なんというか、ショコラちゃんの姿を見てたら、応援したくなったんだよなぁ。
「……」
もしかしたら、ヒトミちゃんも同じ気持ちだったのかな。
それなのに、他の女の子と遊びまくるなんて……認めたくないけど、僕ってクズだったのかも。
「ごほん。話を戻してよろしいですかな?」
色めき立つ広間に国王の咳が響き、一瞬で静寂を取り戻す。
「勇者様、明日……賢者の儀式を執り行います。本日はどうか、我が国のもてなしを受けてくだされ」
「え、いいの!?」
「はい。勇者様を迎え入れるのはクーヘン家の務めですから。……そして、この国の窮地を救ってくれた英雄に、心からの感謝を」
国王がそう言うと、兵士、メイド、ショコラちゃんと国王。ここにいる僕ら以外の人たちが一斉に膝をついた。
『感謝を!』
「……! え、あ、その」
突然の事にどうしたらいいのかわからなくなる。
すると、エリカちゃんが背中を叩いてきた。
「ほら、勇者なんだから返事しなさい」
「そうです。だらしないです。甲斐性なしです」
「言い方! ……えぇと、その感謝嬉しく思います、とか?」
「なによそれ」
「勇者様らしいです」
二人の一言に、広間に笑いがこぼれた。