第九章22 『まるでパンデミック』
「どうなってるんだよ、これ!!」
ドンドンドンドンドンドンッッッ!!
扉を叩く音が激しくなり、僕はすぐに鍵をかける。
「はぁ、はぁ……」
エリカちゃん達が退室してから少し経った後、急に宮殿のメイド達が廊下で言い合いを始めた。
あまりにも大きな声で言い争っていた為、気になって部屋から出て様子を見てみると、今度はこちらを発見するなり追いかけてきた。
僕とモルちゃんは、どうにかショコラちゃんの部屋に戻って逃げ込んだのだが……。
今も宮殿のそこら中から声が聞こえている。
「どうやら、無事な人もいるみたいです。適性……あるいは条件? いずれにしても、わたくしと勇者様は平気みたいです」
「どこのバイオハザードだよ。……何でこんなことになってるのさ」
とにかく、街では騒ぎが起こって宮殿の兵士がいなくなり、宮殿は……あれ、侵入楽勝じゃね?
これって連中にしてみればチャンスってことか?
国王の異変が続いていたのは、連中が国王を標的の一人に数えていたから。
もしかしてこれって……。
「気付いたです? 隙をつかれたですよ。わたくし達の作戦が利用されたです。まさか、こんなにも一瞬で制圧しに来るとは思わなかったですよ」
「もしかして……救済の使徒」
「間違いないです。エリカさんと王女様、それにカドラさん達やスティさんも心配です」
最悪の状況じゃないか。
「けれど、わたくし達が簡単に向かえそうにもないです」
「え……?」
モルちゃんは部屋の窓から外を見てそう言った。
つられて僕も窓の外を見ると、そこには白装束の集団が宮殿を囲むように立っているのが見える。
「囲まれてるじゃん!! どうしよう!」
「落ち着くですよ。とりあえず、王女様との合流を考え――」
ドンドンドンドン!!!!
「……悠長に話している暇もなさそうです。ともかく、わたくし達は早く王女様たちと合流を――」
ガシャアアン!!
音が響く。
扉が蹴破られた音だった。
僕とモルちゃんはそちらを見て固まった。そこには白装束の連中が大勢いて、こちらを睨んでいる。
全員、目の下にはクマがあって迫力満点。という特典付きだ。
「――簡単に合流できそうにはないです」
「そうだね」
「窓から跳ぶですよ」
「わかった。……は!?」
「窓から跳ぶ。これ以外に脱出の術がないですよ。幸いにも、庭の連中なら魔法で簡単に仕留められる数です」
「いや、無理無理無理!!」
「それじゃあ、あの連中に殺されるのを待つです? 勇者様は死ねるかもですけど、スティさんに殺されるかもです」
確かにそうだ。
「つべこべ言ってないで、選択肢は一つです」
パリィィィィイインッッ!!
モルちゃんは躊躇なくショコラちゃんの部屋の窓を杖で叩き割ると、僕の服を掴んでくる。
そして僕の方を見上げてニヤッと笑い、杖を身体に突き付けた。
「な、なにを――」
「かの者に、光の浮力を」
呪文を唱えると光る粒子が僕の身体中に纏わりつき、僕は一気に身体が軽くなった。
そしてモルちゃんの腕でひょいと持ち上げられ――。
「いってらっしゃいです」
窓から落とされた。
「なああああああああああああ!!」
ズスウウウンッッッ!!
そして僕は庭に落下した。
二階から落とされ、叫ぶ間もなく地面に激突した。
スタッ。
「……お疲れ様です。勇者様」
一方のモルちゃんは軽々とジャンプし、華麗な着地を決めている。
「さ、行くですよ。魔法を施しておいたですから、それほど痛くないはずです」
確かにそうだけど、なんか納得いかない。
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白服の信徒たちをモルちゃんの魔法で蹴散らしながら庭を走り抜けていく。
目指すのは宮殿の入り口。広すぎて、正面に回り込むだけでも一苦労だ。
「こいつら、一体何の目的で集まってるんだよ!!」
「司祭の補助と思われるです。魔力源に過ぎないのですよ」
そういや、「痛み」の連中の時も白服たちは司祭を守って死んでいったな。
「先程よりは状況は悪くないです。このように広い場所なら――光の剣!!」
ズバババババッッ!!
モルちゃんの魔法が炸裂し、信徒の足を攻撃していく。
連中は魔法の攻撃で動けなくなり、大勢いた信徒たちは追って来られない。
「こうして心置きなく魔法を使えるですよ」
「頼もしいなぁ」
「結婚、考えてくれたです?」
「いや、万が一も考えてないけど」
「勇者様! モル様!!」
走りながら馬鹿なことを言っていると、聞き慣れた声がかけられる。
そちらを見ると、杖を手に持つショコラちゃんの姿があった。
「ショコラちゃん、無事だったんだね!」
「はい。しかし、エリカ様が……」
「え……」
「エリカ様と一緒に兵舎まで鎧を取りに行ったのですが、突然エリカさんが剣を抜いて私を……。和服の白い髪の女の人が助けてくれなければ、殺されていたかもしれません」
普段ならそんな馬鹿な。と言いたいところだ。
しかし、僕らも既に襲い掛かってくる豹変したメイドに遭遇している。
「和服の白い髪……」
モルちゃんは顎に手を当ててこちらをジッと見ていた。
さすがに隠し通すのは無理そうだ。
「モルちゃん、心配いらないよ。きっとシュネーさんだから」
「……。成程、わかりましたですよ」
さっすがモルちゃん。こういう時は察してくれるんだよなぁ。
「ショコラちゃんも心配しないで。その人は、味方だから」
「そ、そうだったのですね……。しかし、一体何が起きているのでしょうか」
ショコラちゃんの言葉通り、意味がわからなかった。
しかしモルちゃんは自信たっぷりに口を開く。
「わたくし達は皆、勇者に縁のある人物です。それで効果が薄いのかもしれないですよ」
「あれ、モルちゃんって縁あるの?」
「……」
なんか、視線が痛い。
「言ったはずです。わたくしは魔道士ナハトの娘にして、勇者の娘でもあるです。つまり子孫ですよ」
「あ、そういえばそうだった」
「そうなのですか!?」
ショコラちゃんはかなり驚いているが、僕も結構驚いてしまった。
なんか、普段のモルちゃんを見ているせいで忘れていたんだよなぁ。
「とにかく、わたくし達で救済の使徒を止めることが、解決の近道です。それにこの配置を見る限り、連中の親玉は国王様の元へ向かっているはずです」
「じゃあ、宮殿の謁見の間に行けばいいってこと?」
「モル様、その、カドラ様達の安全確認がしたいのですが……」
「カドラさん達には申し訳ありませんが、早々に司祭を叩くべきですよ。これは下手をすると、時間との勝負かもしれないです」
「どういうことですか?」
「奴らは、周到な準備をしているはずです。痛みの司祭が言っていたことを信じる場合、今回の首謀者はスカルピアを計画の一部に利用していたことになるです」
スカルピアが計画の一部……。
あいつは結局、カドラさんを殺そうとして痛みの司祭に――。
「もしかして宮殿にいる奴は、スカルピアが死ぬことも計算に入れてるってこと?」
「冴えてるですよ、勇者様。もしそのような相手であれば、こうして話す時間も惜しいかもしれないです」
「そ、それなら――」
「行くしかないよね!」
そうして僕達は、宮殿に向けて走り出した。
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「勇者……コロス」
「相変わらずの人気ですよ、勇者様。多大な歓迎です」
「嬉しくないんだけど」
宮殿の辿り着くが、エントランスには多くの信徒たちが待ち構えており、足が止まる。
数は約十名。
確か謁見の間はここから廊下を歩いて真っ直ぐ行き、突き当りを右に曲がると階段があって、そこから二階に上がって……その先だったはずだ。
「モルちゃん、どうする?」
「この数を相手にしていては、さすがに――」
モルちゃんが苦い顔をする。
ショコラちゃんも名案が浮かんでいそうにない。
このまま足止めを食らうのは、まずい……。
ポタッ。
「……! つめたっ!」
考えていると、頭上から水滴が落ちてきたのか、鼻の頭で滴が弾けた。
「まったく、あなたは本当になにも出来ない勇者ですね。これでは、魔王様の計画に沿うことができませんわ」
この声――!
急に降ってきた雪と、頭上から響いた声に顔を上げると、そこには氷を纏う雪女、シュネーさんの姿があった。
「何が起きてるです……」
「大丈夫だよ、シュネーさんは僕らの味方――」
「勘違いしないように。ここは、あなたと取引をするために手を貸すのですわ」
「え?」
「ここで助けてほしい場合、あなたは魔王様に一つ貸しを作る。その事を承知できますか?」
つまり、取引ってことか……。
そりゃあ、こんな上手い話はないよな。
「勇者様、どういうことです? 魔王って……」
「ごめん、モルちゃん。ちゃんと話すよ。だから、ここは力を貸してもらう」
「よろしいのですか? 魔王様には報告しておきますし、この恩を忘れた場合は即座に――」
「さすがに、今回ばかりは助けてほしい。お願いするよ」
「勇者様……」
きっと、勇者としては信じられない行動だろうな。
でも、ここを打破するためなら魔王の手だって借りる。魔王に貸しが出来ても構わない。
「わかりました。では、凍らせましょう」
パキイイィィイン!!
シュネーさんはそう言うと白い霧を床に滑らせるように流していき、信徒たちの足元を一気に凍らせると、そのまま下半身を凍結させた。
「すっげ……」
「これ以上の手助けはしません」
「ありがと! ほら、二人とも行くよ!!」
「わ、わかったです」
「はいっ。その、ありがとうございました!」
ショコラちゃんがシュネーさんに頭を下げてから、少し遅れてついてくる。
シュネーさんは少しだけ照れくさい表情を浮かべていて、そのまま霧を濃くして姿を消した。
思えば、前回といい今回といいシュネーさんに助けられっぱなしじゃね?
もしかしてこれが全部、魔王の掌の上じゃないよな?
一抹の不安を残し、僕らは廊下を走って行く。目指すは国王がいるであろう謁見の間だ。