第九章21 『頬を撫でる吹雪』
ついに賢者の末裔と勇者の遺品の情報を手に入れた勇者一行。
なんと、王女ショコラが炎の賢者の末裔だった。
そして彼女の口から勇者の秘密が語られ、勇者は動揺する一方で勇者としての覚悟を改める。
一方、スカルピアの死により街では騒動が勃発していた。その騒動やスカルピアの行動、そして国王の異変などを裏で操っているのが救済の使徒であると睨んだ勇者一行は、ショコラ王女と共に不信のロストを倒すべく国王の元へと向かう。
私達勇者一行は、王女様と共に救済の使徒と戦うことになった。
その為に、まず準備に取り掛かる。私は未だに私服で、鎧すら着ていない状態だからだ。
「王女様、私の鎧がスカルピアに回収されたと思うんだけど、心当たりあるかしら?」
「それなら、兵舎にあるかもしれませんね。案内します」
「あれ、エリカちゃん達どこ行くの?」
「鎧を取りに行ってくるから、二人は準備しておきなさいよ」
王女様の部屋で戦う準備をしていた勇者とモルに一声かけてから、私は部屋を出た。
王女様に先導されながら、宮殿内を歩く。
あちこちでメイドが走り回り、宮殿内は慌ただしくなっていた。
その理由は、王女様がメイド達に大臣の避難を呼びかけたから。
つまり、宮殿の状況は今、非常に心許ないものとなっている。兵士たちは街の騒動に駆り出されており、大臣もいない。
これは、私達にとっては都合がいい。
そしてきっと、救済の使徒にとっても都合のいい状況だ。
「こっちです」
カチャ、カチャ。
前を歩く王女様はドレスから鎧に着替えていて、腰には剣と杖を差している。それに、鎧が少し大きいのか、歩くたびに音を鳴らしていた。
長い茶髪は一本に結んで後ろに括り、背中には王国の紋章が描かれたマントがなびく。
「本当に、戦うつもりなの?」
「はい。私、こう見えても戦えますから」
前を歩く彼女に訊ねると、自信たっぷりに返してきた。
実は賢者の末裔として勉強する中で、剣や魔法の稽古もしていたらしい。
彼女の先導で歩いていくと、宮殿を出て左手に進む。
そこに小さな二階建ての建物があり、すぐに目的の兵舎であることがわかった。
「お、王女様! お戻りになったのですね!」
「ええ。兵舎に用があって――」
「今は危険です。すぐに宮殿にお戻りくだ――ぐふっ!」
バタリ。
そこにはさすがに見張りの兵がいたが、私は一瞬で彼の背後に回り込み、鳩尾に一発入れる。
「エリカ様、すごいです」
「……」
不意打ちという褒められた行為ではないけど、こうも真っ直ぐに褒められると照れるわね……。
「さ、入りましょう」
私達は兵士を気絶させ、兵舎に入り込んだ。
中には誰もおらず、スカルピアに奪われていた鎧や剣を見つけるのは簡単だった。
執行団長の部屋に行くと、それらしき袋が無造作に放置されており、鎧や剣、そして金貨に勇者の遺品まで、すべて無事だった。
「こちらの鎧でいいでしょうか?」
「ええ。助かったわ」
鎧を受け取り、ようやく町娘の格好から普段の姿に戻る。
「んしょ。意外と重かったのね……」
二日ぶりの鎧は、意外と重く感じた。
けど、これこそ私って感じだ。
「元はスカルピアが暴走してしまったことです。責任は我が国に――」
「王女様なら、前を向きなさい。可愛い顔が台無しよ?」
「え……」
「ほら、絶対にその方がいい」
「――!」
俯く姿が似合わないと思ったのは本音。
しかし、この場ではもう一つの意味を込めておいた。
きっと彼女にとって、これは初めての実戦になる。傍にいるはずのスティさんがおらず、不安満載だろう。
彼女の不安を振り払うためにも、こうやって言葉をかけることが一番と考えた。
私も、そうだったから……。
「あの、エリカ様……もしかしてエリカ様は王族の方、ですか?」
「いいえ、私はただの農家の娘。今は勇者の仲間よ」
「エリカ様……」
「さ、戻りましょう。あいつが口うるさいから」
少し誤魔化して話を流そうとしたけど、王女様は簡単には流されてくれなかった。
「私は勇者様を信じています。賢者の末裔として、幼いころから勇者の逸話や伝説に触れて育ってきました。モル様も、勇者様を慕っていることがわかります。ですがあなたは、どうして勇者様を信じられるんですか?」
どうして、か。
それは私が一番、私に訊いてみたい質問だなぁ。
「さあね」
「え?」
「私も分かんないのよ。どうして、あんな何も出来ない勇者と旅してるのか……」
「い、今は何も出来なくても、賢者の儀式を完了すれば――」
「……でも、一緒にいて楽しいってことだけは、誰が何と言おうと断言できる。理由は、それなのかも」
少し照れくさいけど口にしないと納得してもらえそうになかったから口にした。でもこれ、かなり恥ずかしい。
「エリカ様は、勇者様を愛しているのですね」
「――!? そ、そんなんじゃ――な、いけど」
「私も最初は自分の気持ちに気付けませんでした。でも、いずれ時が来れば、エリカ様も自分に正直になれるかもしれないですね」
この子、臆面もなく……。
「はいはい。そういうことにしておく。じゃあ戻りましょう。あいつらも待ちくたびれて――」
ドクンッッ――!
「……!」
刹那、私の全身に何かが走った。
そして気付いたら、思ってもいない言葉が口から出てくる。
「――待ちくたびれて、私を許さないかも」
「え?」
あれ、なんでこんな言葉……。
私、どうしちゃったのよ。
「エリカ様?」
何か近づいてくる。黒い影が……嫌、嫌!!
「さ、触らないで!!」
「エリカ様?」
これは誰?
私は何処にいるの?
目を凝らしてみても、何も見えない……。
なに、何が起きて――。
「どうなされたのですか?」
「駄目……」
「エリカ様?」
制御、出来ない……!
「誰だか知らないけど、逃げなさい……早く!!」
「――! どうなさったんですか!? それに、さっきの音は……」
勇、者……。
「――っ! あんたも、私を殺すつもりなのね」
「え?」
「やられるくらいなら、私が――!」
私は自分で自分の感情が制御できず、あらゆるものが途端に恐ろしく思えてきた。
故に、私は影に剣を向ける。
それが誰なのか認識できず、私を殺そうとしてきた過去の大人たちに見えてきたからだ。
「うああああああああああ!!」
私は勢いよく剣を振りかぶって――。
パキイイイィィインッッ!!
「まさか、こういう形で再会するなんて……」
私の足が冷える。
凍ってる? もしかして、凍らされてるの?
一体、誰に?
「勇者たちの所に戻って。ここはあたくしが引き受けます」
「あなたは、一体……」
「早く行って」
「――っ! お、お願いします!!」
タッタッタッ!
誰の声? わからない。
けどきっと、私を殺すつもりなんだ。
「これはきっと、魔法ではない。魔王様に報告しておいた方がいいですね」
黒い影が、私に向かってそう言った。
勇者? 勇者、そうだ勇者。あいつ、本当は私のこと騙してるんじゃ――。
「彼女……賢者の末裔に死んでもらうわけにはいかないので、手を貸しました。無論、今のあなたには見えていないでしょうけど」
「私を、殺すのね。させない!」
「……すぐ、楽にしてあげます」
頬を冷たい風が通り抜ける。
次の瞬間、私は駆け出していて、それ以降の記憶はない。




