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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第九章 「クズ勇者と、砂漠の王女」
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第九章11 『流浪の画家』

 


 二日目、勇者とモルが宮殿で国王に謁見する一方、エリカは単身で街の異変を調査していた。

 勇者達が牢に囚われているとはいざ知らず、エリカは調査している最中に救済の使徒が街にいる可能性を見出す。

 それから調査を再開しようとした際、一日目に出会った青い髪の少女と再会した。

 青い髪の少女メリューから、父が会いたがっていると伝えられ、エリカは彼女の家へと向かうことにする。




「こっちですよ、エリカお姉さん!」


 私はメリューちゃんと手をつなぎ、路地裏を歩いていた。

 今にも面倒な連中が出て来そうな不気味な道を、彼女は怖がることなく普通に歩いていく。


「メリューちゃんは歩き慣れてるのね」


「はい。普段の散歩道なんです」


「でも、こんなところ……人攫いがいても不思議じゃないわよ?」


「ここなら大丈夫です。他のハーフの人たちが助けてくれますから」


 メリューちゃんはそう言って無垢に笑う。

 確かに多数の視線を感じていた。


「…………」


 きっと、ここはカスタード王国のハーフが集まって住んでる場所なのね。


 半分が人間で半分が魔物。それがハーフ、半人半魔と呼ばれる魔物と人間の間に生まれた存在。


 ハーフが嫌われる理由は二つ。

 一つは、魔物の子である点。そしてもう一つは、ハーフが人間よりも身体能力に優れている点だ。


「確かに……この人数がいれば人攫いは何も出来ないわね」


「なのでハーフは、ここに集まって暮らしているんです」


「……ねぇ、メリューちゃんのお父さんはどんな人なの?」


「普通の人間ですよ。でも、すっごく優しい人です!」


「そ、そっか」


 ひとまず、肩の力が抜けた。

 魔物だとしたら、丸腰の私は絶対に勝てない。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 メリューちゃんに案内され、どんどん町角を曲がっていく。 

 そして何度目かの左折で、ようやくメリューちゃんは足を止めた。


「ここです」


 扉が一つ。見た目は他の家と変わらず、土で造られた背の高い家。

 脇には二階へと続く階段があった。どうやら上は他の住人が住んでいるらしい。


 ギギギ……。


 メリューちゃんがボロボロの扉を開けると、中から少し変な臭いがしてきた。


「お父さん、ただいま!」


「お邪魔します……」


 中は二部屋でそれほど広くない。奥に一部屋、手前に台所付きの部屋がある。

 整理整頓されており、あまり物がない。テーブルと椅子の他にはメリューちゃんの玩具くらいしか見当たらなかった。


 そして何かしら、この臭い……。

 腐臭でもないし、独特な……。



「帰ったのか。おかえり」



 その鼻につく臭いの正体は、奥の暗い部屋から出て来た男性を見てすぐに分かった。

 男性はエプロンとバンダナをつけ、体中に色とりどりの飛沫を纏っている。


 そして手に持っていたのは一本の筆とパレット。


 成程、絵の具だったのね……。


「おや。もしかしてその人が?」


「そうです。昨日話したエリカお姉さんです」


 どうやら彼が父親のようだが、少し若い気もする。

 年齢も私や勇者とそこまで離れていそうになく、メリューちゃんのような子どもがいるとは思えなかった。

 顔が穏やかで背は高く、至って普通の男性だ。


「これはこれは。先日は娘がご迷惑を」


「め、迷惑だなんて!」


「いえ。……人攫いと勘違いされて投獄される可能性もあり得ました。深くおわび申し上げます」


 メリューちゃんの父親は深くお辞儀し、それを見ていたメリューちゃんも一緒に頭を下げる。


 正直、そこまでの事はしてないんだけど……。

 勇者あいつが勝手に人攫いに勘違いされただけだし。


「どうぞ、紅茶を出しますので」


 男性に促され、私はそのまま椅子に座った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 椅子に座り、紅茶をすする。

 かなり穏やかな時間が過ぎているのに、妙な胸騒ぎがして仕方がなかった。

 勇者達が何かやらかしてないといいんだけど。


「お父さん、アトリエに入っていい?」


「ああ、今日はもう描かないからいいよ」


「やった!」


 そう言ってメリューちゃんは奥の部屋に入っていく。


「お父様は画家をされているんですか?」


「お父様だなんて……私の名前はカドラと言います。どうぞ、名前でお呼びください」


「カドラさんですか。見たところ、かなりの腕前ですね」


 奥に飾ってある作品は、どれも風景画で、とても色鮮やかな芸術品だ。

 芸術に詳しくなくても、あれが凄いことは分かる。


「私は、画家と自称できるほどの腕はありません。旅をしながら絵を描いているだけの物好きです」


「それでもすごいですよ。メリューちゃんを育てながらなんて」


 私の言葉に、カドラさんは視線を逸らして部屋の奥のメリューちゃんを見つめた。


「実は、私はあの子の本当の父親ではありません」


「え?!」



「あの子……メリューは、旅の最中に出会った捨て子なんです。私が十代で駆け出しの頃、旅の途中に訪れた町で出会いました。あれは忘れもしない雨の日です。私は路上に置いてあった乳母車の中に赤子のメリューを見つけ、すぐに保護しました。それ以降、ずっと一緒に旅をしています」



 捨て子……。


 それを聞いて耳が痛くなった。

 あんな天真爛漫な笑顔を見せていた彼女が、そんな境遇だとは思いもよらなかった。


「……メリューちゃんはハーフですよね。どうして、人間のあなたが保護したんですか?」


「よく言われます。けれど放っておけなかったんです。昔から、困っている人の力になりたくて……。絵を描き始めたのも、私にあった唯一の取り柄で、誰かを感動させたかったからなので」


 そう言ってカドラさんはアトリエの奥を再び見た。

 そこにはメリューちゃんがカドラさんの道具を使ってパレットに落書きしている姿が見える。


「メリューちゃん、この事は?」


「既に教えました。あの子は、強い子ですよ。育てた私の事を、それでも父と呼んでくれましたから」


 そう言ってカドラさんは小さく笑った。

 そしてもう一度、頭を下げてくる。


「エリカさん……この度は、本当にメリューがご迷惑をかけてしまい、申し訳ございませんでした」


「い、いえ。間違えられただけですし……」


 ただそれだけのこと。

 そう思っていたが、カドラさんは少し意外な顔をしていた。


「もしかして、今の国の状況を知らないのですか?」


「国の状況?」


「はい。いま、この国は異常です。執行団に捕まってしまえば、死刑もあり得たかもしれません」


 死刑?


「そんな馬鹿な……。ガトー国王が許すはず――」



「その国王が命じているとの、噂です」



「……!」


 国王が死刑を命じる? あの国王が?

 ありえない……。


「間違えてメリューが執行団を呼んでいれば、あなた方の命があったかどうか……。本当に申し訳ございませんでした」


 カドラさんがここまで頭を下げてくる理由がようやく分かった。

 単純な人違いでも、今の国の状況なら命が失われてもおかしくなかったから。ということだろう。


 ……待って。それじゃあ、勇者たちはどうなってるの?

 二人は、その国王に会うため宮殿に向かったのよ?


 こうしちゃいられない……。


「ごめんなさい、その話が本当ならすぐに行かないと。教えてくれてありがとうございます」


「え……行くって、どこへですか?」


「仲間がピンチかもしれないので」


 そう言って立ち上がり、家を出て行こうとした。

 すると、メリューちゃんに声をかけられる。


「あれ? お姉さん、もう帰っちゃうんですか?」


「ご、ごめんね。用事があって」


「そんな……。あの、話したいこといっぱいあって、その……」


 メリューちゃんはとても残念そうに俯く。

 なんとなく、昔の自分を見ているかのようだった。


 魔王の血を幾分か引いているだけで、私は周囲から邪険に扱われ独りぼっち……歳の近い友人は一人もいなかった。


 きっと、彼女もそうだろう。


 でも、今は状況を確認しないと。

 あいつらは、私の大切な仲間だから……!


「……あのね、私には仲間がいるの」


「昨日の、お兄さんですか?」


「そうよ。それともう一人のお姉ちゃんがいる。……だから、今度来るときは二人を連れてくるからね」


「お姉さん……」


「じゃあ、またね」


 簡単ですぐに見破られるような嘘をついて、家を飛び出した。

 私はそのまま路地を走って宮殿へと向かう。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 陽が傾き始めた街を走り宮殿へと向かう途中、私は雑踏の中で気になる言葉を聞き、足を止めて身を隠した。

 そして離れた場所から連中の話に耳を立てる。


「おい知ってるか? 勇者を騙る二人組が投獄されたんだってよ」


「嘘だろ? 今時勇者とかダサくね?」


「だよなぁ」


「……っ!」


 やられた……。

 二人は既に捕まったみたいね。となると宮殿に幽閉されている可能性が高いか。


「それによぉ、なんか仲間がいたらしくてスカルピア様たち執行団が血眼になって探してるらしいぜ」


「……!」


 どうやって救い出そうかって考えてたけど、私も指名手配ってわけね。


 それなら……。


 私は大通りから離れて脇道に逸れ、人に目立たない所へとやって来た。そこでおもむろにスカートを両手で持ち上げると――


 ビリビリビリィッ!


 音をたてて長いスカートを膝下まで破った。


「よし、これをこうして――」


 そして破ったスカートを頭巾のように使い、どうにか目立つ赤い髪を隠せた。応急措置程度だけど、無いよりマシだろう。


「なんとか一発で見つかる危険性は減ったけど、宮殿に特攻を仕掛けて救出するにしても、この恰好じゃ無理ね」


 スカートを破って少しは動きやすくなった。でも、剣も鎧もなしに二人を救い出せるわけがない。

 一か八か、宿に戻って装備を整えられるといいんだけど。


「行くしかないか。すぐ戻って来るから、待ってなさいよ」


 考えた末に、私は宮殿とは反対方向へと走り出し、宿を目指した。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 考えは甘かった。


 すっかり暮れて夜になった頃。

 宿に辿り着くも、遠巻きから既に黒装束の執行団が松明を持ってうろうろしているのを見つけた。

 とても近づけそうにない。

 幸い、闇に紛れ込んでこちらの存在は見つかりそうにないものの、彼らの声が聞き取れる距離に隠れるのが限界だった。


「どこか、侵入できそうなところは……ないわね」


 噂通り、執行団は血眼になって私を探しているみたい。

 とりあえず、情報を聞き出せるといいんだけど……。



「くまなく捜せ!! 奴らの仲間がいるはずだ!」



 明らかに他の執行団とは格の違う男がいる。

 あれがいたら、無理攻めは無理。


 あの様子だと、あいつが噂に名高い厳格の執行人スカルピアね。灰色の髪に光の無い瞳……一体、何を考えているのやら。


「必ず見つけ出すのだ! 勇者を騙った罪人たちには赤髪の女が同行している。数名は宿を見張り、他の者は街をくまなく捜せ!」


 完全に、包囲網を張られているってことね。

 本来なら街の外が一番安全だろうけど、この街の形状は正門以外を巨大な壁で覆っている。

 あんな壁を登ることは出来ないし、正門をくぐることは絶対に不可能。

 貴重品は持ち歩いているけど、剣と鎧は他で調達するしかないか。


 そう思ってすぐにその場を後にしようとすると、執行団の声が聞こえてきて足を止める。


「スカルピア様! 奴らの利用していた宿の金庫に、このようなものが!」


 あいつ、貴重品入れっぱなしだったの?

 まったく、アホなんだから……。


「それ、勇者の遺品じゃないですか?」


 他の男がそんなことを言い出した。


「勇者の遺品を勇者が金庫に保管するなんて……身に着けておきなさいよ」


 思わず愚痴が零れる。

 だが、スカルピアは団員の言葉に何も反応せず、遺品を見ていた。


 これで冤罪ってことが判明してほしいんだけど……。


「どう見ても本物です。もしや彼らは――」



「黙れ!! これは盗んだに違いない。国王様が奴らを大罪人と決めたのだ。その決定に逆らうつもりか?」



「い、いえ、そんなはずありません!」


「よろしい」


 唖然とした。


「なにあれ……」


 国王への絶対的な忠誠で有名人だけど、まさかここまでとはね。


 けど、有力な情報は得られた。

 カドラさんの言っていたように、確かに国王に異変が起きていることは間違いないみたい。

 調べたいけどそんな暇ないし……。とりあえず、この場所を離れないと。

 勇者とモルの事だから、簡単には死なないはず。


「……」


 街は執行団が多いし、カドラさん達の所に行けば匿ってもらえるかもしれないけど、迷惑はかけられない。


「――あ」


 そうだ、あの露天商。


 あいつなら迷惑かけ放題じゃない。

 だってあいつ救済の使徒だし、勇者の敵だし。

 それに、運が良い事に、私の面は割れてなかった。

 あいつを利用すれば、今夜を凌げるかもしれない。


 死刑執行は早くても罪状を発表してから一日後。

 世界の法律で定められているから、明日の午前中までは執行されることが無いはず。今夜中に救出プランを練れば……ギリギリ間に合いそうね。


 まずは、あいつを捜さないと!













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