第九章10 『地下牢の二人』
エリカが謎の露天商と接触したり青髪の少女メリューと再開している最中、宮殿へと向かった勇者とモルは何故か宮殿の地下牢に閉じ込められていた。
勇者の遺品と賢者の末裔に関する情報を求めてやって来たはずが、重罪人として牢にぶち込まれたのだった。
「ふぁ~あ」
「モルちゃん、随分と呑気だね。僕達、捕まったんだよ?」
狭い牢屋に罪人たちのいびきや呻り声、石の床に錆びた格子の匂い、そして仕舞いには腕に付けられた手錠……最悪だ。
人生で初めてだぞ、牢屋にぶち込まれるなんて。
犯罪にだけは手を染めたりしないんだけどなぁ、僕。
「勇者様、お似合いですよ」
「ふざけてる場合じゃないよ。どうにかしてここから抜け出ないと。僕は女の子とイチャイチャしないまま死にたくないんだよ!」
「ここにいるですよ。わたくしとイチャイチャするです。適応してこの場所を愛の楽園にするですよ」
「間に合ってます」
とはいえ、本当に意味が分からん。
僕ら、なんか悪いことした? こっちの世界でタブーみたいなことあんの?
「モルちゃん」
「決心がついたです?」
「違うよ。僕らが捕まった理由を考えてたんだ」
「……」
「ど、どうしたの? 随分と驚いてるけど」
「意外です。勇者様が真剣に考え事をするなんて。明日はきっとメテオレインが降り注ぐですよ」
「なに、そのメテオレインって」
「数億年に一度、この世界に降り注ぐかもしれないって言われてる隕石の流星群です。ほぼ噂ですよ」
「……」
「それくらい驚いたってことです」
「言わなくても分かるよ」
なんか、牢屋の中でも普段と変わらないな。
考えてみると、一人で投獄されるよりはマシか。
それに、モルちゃんと一緒だと緊張感のある顔をしていた僕が馬鹿みたいだ。
「――それで、どうして勇者様は焦ってたです? わたくし達、ここに入っていろと言われたものの死刑宣告されたわけではないですよ」
「死刑宣告されてなくても、こっから出られないじゃん。つまり、一生遊べないってことじゃん」
「それほど今の勇者様の状況と変わりない気がするです」
とにかく、どうにかしてここから出ないとな。焦りはなくなったけど、このままってわけにはいかない。
なんかモルちゃんは頼れそうにないし。
「勇者様、失礼なこと考えてるです?」
「か、考えてないけど」
「嘘です。でも、本当に何も出来ないですよ。杖も剣も取られたです。わたくしにはエリカさんのような怪力は無いですから、この錆びた鉄格子を破壊することも出来ないですよ」
「破壊って……エリカちゃんもさすがにそこまで怪力じゃ――」
あ、エリカちゃんのこと忘れてた。
「そうだよ、エリカちゃんがいるじゃん!!」
「急にどうしたです?」
「ほら、今日って別行動でしょ。エリカちゃんは僕達が帰ってこなかったら不審に思う。そしたら夜にでも宮殿を破壊して救けに来てくれるんじゃね?!」
「宮殿破壊とまではいかないかもですけど……エリカさんなら助けに来てくれるです。夜を待った方が良さそうです」
「そうだね、夜まで待とう!」
これは助かる! 絶対に助かる!
だってエリカちゃんは魔王を倒したいじゃん?
魔王を倒すために勇者が必要じゃん?
僕がいないってことは助けに来るってことじゃん!
なんか、そう考えるとここも居心地悪くないんじゃね? 今日中にプリズンブレイクだもんな!
「早く来ないかなぁ、夜!! これほど待ち遠しい夜は久し振りだ!!」
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「ほら、夕食だ。二人で分けて食べるように」
ガチャン!
「「…………」」
牢屋の見張りが夕食を持ってきた。動物のエサを入れるような小汚い小皿に、しなびたパンが二つ乗っている。
「モルちゃん……エリカちゃん来なくね?」
「です」
「……食べよっか」
こうしてエリカちゃんを待てども、彼女は来なかった。
僕らはしなびたパンを一つずつ分け合い、就寝時間となった。
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深夜。
地下牢にはヒソヒソと女性の声が響き渡る。足音を立てないように歩くドレスの女性と、その後ろをついて歩くメイド服の女性がいた。
彼女達は何かを捜すように牢の中で眠る罪人たちを見ながら歩く。
「スティ、早くして!」
先頭を歩くドレスの女性が、メイド服の女性に小声で呼びかける。
しかしメイド服の女性は冷静沈着で、口元に人差し指を当てて注意を促した。
「お待ちください。そんなに物音を立てては罪人が起きます。我々の行いがどのような行為であるか、お忘れなく。見つかってしまえば、今度は軟禁されるかもしれません」
「そ、そうでしたわね。気を付けるわ。ところで、彼らは何処にいらっしゃるの?」
「どうやら……ここですね」
「え?」
「お下がりください。連中が襲い掛かってくる可能性もあります」
「大丈夫よ。あなたがいるもの」
「……はぁ。では開けますよ」
彼女達はある牢屋の手前で止まり、手に持っていた鍵を使い始めた。
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ガチャン。ギギィィ。
ん? なんか物音が……。
ツカ、ツカ、ツカ。
そして足音が近づいてきてる。
「あなた方ね。勇者様を騙った旅人って」
「ふぇ?」
寝付けずにいると急に声をかけられた気がした。
あ、そうか。他の連中の寝言か何かだろう。
あーあ、背中痛い。
「ほ、ほら、起きてくれません?」
「……?」
おかしい。声が真上から聞こえる。
試しに、そっと目を開けてみると、超絶美少女がこちらを覗き込むように立っていた。
艶めいた茶髪、やけに作り込まれた髪止め、幼げな顔立ち、そして牢屋に相応しくない豪奢な黄色いドレス、明らかな美少女だ。
あ、これ夢か。
「天使……僕に迎えが来たってことか」
「はい? よ、よくわからないですが、そんなものではありません」
夢なのに、思い切り否定された。
――ってことは、これ現実ってことなのか?
ムクリと起き上がって振り返ると、立ってこちらを覗き込んでいたであろう美少女と目が合う。
それから自分の隣を見てみるとモルちゃんは静かに寝息を立てていた。
視線を戻すと、目の前にドレスの美少女。隣では最悪の環境で安眠するモルちゃん。
段々と意識が覚醒していっても、意味不明。なんだ、この状況。
「モルちゃん、モルちゃん」
「ううん……」
とりあえずモルちゃんを揺り起こしてみる。
彼女は目を擦りながら体を起こし、僕を数秒見てからボーっとした目で美少女を見た。
「だれです?」
「さぁ」
「……あなた方は賢者の末裔やら勇者様の遺品を求めてやって来たと聞いています。それなのに私の顔を知らないのですか?」
「「はい」」
「こ、声をそろえて……」
美少女はがっくりと肩を落とした。
「そろそろ、お時間です」
がっくりと肩を落としている美少女に、女性から声がかけられる。
澄んでいて凛とした声の女性はメイドの恰好をしていた。秋葉原で見たことのあるフリル付きのやつだ。
思い出すなぁ、メイドカフェでバイトしてたマフユちゃん……。
「こほん。あなた方、ここから出たくありませんか?」
「え? そりゃあ、まあ。エリカちゃんも来てくれないし」
「そうでしょうそうでしょう。では、あなた方のこと、私が助けてさしあげます」
「「……はい??」」
こうしてわけもわからず、僕達は美少女に助けられたのだった。