第九章8 『謁見、そして』
勇者一行は砂漠王国カスタードへとやって来ていた。
勇者はエリカとモルに内緒で、かつて旅を共にした魔物、雪女のシュネーと再会する。
彼女に魔王との協力関係を持ちかけられ、勇者は条件を出して頷いた。
そして秘密の夜が明けて、翌日。カスタード王国二日目となる。
「っし、準備万端」
「勇者様が張り切ってるです。良い事でもあったです?」
「そう見える? じゃあ、今日の僕は一味違うってことじゃね?」
「訊ねたわたくしが馬鹿だったですよ」
「あの、なんでそうなるの?」
一夜明けて二日目の朝。
僕達は宿で朝食を済ませると、宿の前に集合していた。
今日は僕とモルちゃんが宮殿へと向かい、勇者の遺品と賢者の末裔の情報を集める。一方、エリカちゃんは単独で香草屋を調査する。
二手に分かれた行動だ。
「……お待たせ」
エリカちゃんが遅れて宿から出てくる。
珍しく甲冑を脱いでおり、普段着を纏うエリカちゃんは、少しだけ顔を赤くしていた。
この街でよく見かける町娘の格好で、地味で丈の長いドレス姿だが、スカートのエリカちゃんは新鮮だ。
「エリカちゃん、似合ってるね」
「褒めても何もでないわよ?」
「普段からそうすりゃいいのに」
「苦手なのよ、こういう服。……昔はよく両親に着せられたけど」
そういや滅多に見ないもんな、エリカちゃんの私服。昨日みたいに寝間着の方が見る回数多いくらいだし。
「エリカさん、今日は随分とオシャレしてますです。恋人探しでもするです?」
「違うわよ。さすがに甲冑でふらついてたら悪目立ちするからね。街を練り歩いても不思議に思われない格好にしたの。……変、かしら?」
「そんなことないよ!! いつもそれでいてほしいくらい!!」
僕がそう言うと、いつも通りの服装をしたモルちゃんが半目でこちらを見てくる。
「勇者様、浮気は許しませんです」
「……僕達付き合ってすらいないでしょ」
「はいはい。馬鹿やってないで、行動開始するわよ。二人はくれぐれも変な真似をしないこと。指名手配なんかされたら最悪だからね」
エリカちゃんは真面目に言っていたが、僕は思わず吹き出した。
「指名手配って、さすがにそれはないよ」
「……いい? 決して執行団には逆らっちゃ駄目よ?」
「執行団?」
そういや、昨日も耳にしたな。
「モルちゃん、執行団って何?」
「この国の警察機構ですよ。この国は他の国と違って色々な種族がいるです。ですから、執行団の取り締まりはかなり厳しいと聞くですよ」
こえぇ。
ま、大丈夫だろ。勇者だし。
「それじゃあ、解散にしましょ」
エリカちゃんの一声で解散となり、僕とモルちゃんは宮殿へと向かうことになった。
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大通りの人の流れに沿って右側を歩く。
歩いていると、そこかしこから怒鳴り声や叫び声が聞こえてきた。
「ハーフは道を避けて歩けや!! 何企んでるのか知らんけど、お前らの事は信用ならないんだよ!」
「なんだと!? お前こそ道を開けろ!!」
「はぁ?! この商品、こんな値段するのかい?! ぼったくりじゃないの!」
「そりゃあないよ奥さん! これで充分じゃないか!! あんた、さては他の国のスパイだな!?」
「あ、ぐ、ぎゃああああ!!」
「うわっ、また叫び始めたぞ!!」
「これで何度目だよ! おい、誰かあいつを気絶させろ!!」
「……」
なに、これ。
喧騒をステレオ、しかも大音量で聞きながら歩みを進めている状態だった。
「ねぇ、モルちゃん。この街、治安悪くね? もはやスラム街みてぇじゃん」
「おかしいです。カスタードは観光客にも優しくて過ごしやすい街のはずですよ。ガイドブックで読んだです」
「これが?」
未だに喧騒は止まず、通りを歩く連中もどこかキョロキョロと辺りを見ながら歩いている連中が目立っていた。
「エリカさんの予想通り、何か異変が起きているかもしれないですよ。勇者様は迷子にならないようにしてほしいです」
「わ、わかった」
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しばらく歩き、ようやく宮殿へとやって来た。
近づくとその大きさに驚かされる。遠くから目立っていたとおり、宮殿の柱は金で出来ていてインドで見たことのある建物に酷似していた。
あのタマネギみたいなモニュメントが特徴的だな。
「どうやって入ればいいのかな?」
「謁見だと言えばいいです。国王への謁見は認められているですから、謁見時間であれば受け付けてくれるですよ」
自信満々のモルちゃんの後ろをついて歩き、門の手前で槍を構えている兵士たちの元へとやって来た。
「何用だ。ここは宮殿だぞ」
「知っているですよ。わたくし達は旅人で、国王様への謁見が目的です」
「そうであったか。ならば入城を許そう」
すんなり過ぎね?
兵士たちに止められることもなく、僕らは城門を潜ることができた。
「うへぇ……」
そして広がる、広大な中庭。
どうやらオアシスを拠点にして宮殿が作られているようで、緑豊かな土地と池、枯れてない木が生えていて別世界のようだった。
宮殿は中庭の奥にあり、こちらは豪奢な建物で、部屋が何部屋あるのか外から見ても数え切れない金持ちの家だ。
宮殿の内部に入ると、目が痛くなりそうな眩い装飾や家具類がこれでもかと目立っていた。
エントランスの螺旋階段近くに立っていた兵士がこちらに気付き、こちらへ歩み寄ってくる。
「君達、宮殿に何か用かな?」
「わたくし達は謁見に参りましたです」
「そうか。謁見の間はここから廊下を歩いて真っ直ぐ行き、突き当りを右に曲がると階段がある。そこから二階に上がり、突き当りを右に曲がって道なりに進んでいくと到着するよ」
突き当り多くね?
「親切にどうもです」
「いえいえ。それにしても、しっかりしたお子さんだ。教育が行き届いてますね」
「あ……ええ」
兵士はこちらを見てにっこりと笑いかけてくるので頷いてしまった。
……モルちゃんの顔は見ない方がいいだろう。
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「あの兵士、顔は憶えたですよ。夜道を歩けなくしてやるです」
「まぁまぁ、場所を教えてもらえたじゃん。それに、若く見られることは良い事だよ」
「若すぎるのはどうかと思うですよ。わたくしはロリキャラポジションですが、合法的な部類なのです」
うん、ここはノーコメント。
「とにかく、進んでみるです」
「だね」
僕とモルちゃんは兵士に教えてもらった通りに廊下を歩く。
今思ったんだけど、この廊下めっちゃ長い。
それに目を引く廊下の壁に飾られた豪華な壺や絵画……。
思うんだが、こういうのを買うくらいなら遊びに金を回した方が賢明だよな。こんなの買っても死んだら何も持ってこれないんだし。
あ、これ実体験ね。僕死んでるから。
「しかし凄い数だな……この国の王って石油王とか?」
「せきゆおう? 何の事かわからないですが、この国の王様は器が広いことで有名ですが、その器の広さは世界で有数の富豪だからです」
「富豪って、王様だから当然じゃん」
「国王であるから金持ちとは言えないです。重税を課している国王なら簡単に金持ちになれるですけど、ここは違うですよ」
「へぇ。違うっていうと、金持ちの理由があるってこと?」
「です。この王国の現国王ガトー=クーヘンの血筋であるクーヘン家は、砂漠の地下に眠っていた鉱石を発掘した一族です。かつて鉱石を発掘したクーヘン家は鉱石を占有して売り捌き、巨万の富で王国を築いたです。それがカスタード王国ですよ」
ふうん……。
なんか色々凄いんだな。半分は理解できなかったけど。
「なので、くれぐれも粗相はやめてほしいです」
「わかってるって。僕を何だと思ってるのさ」
「クズです」
「傷つくわー」
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兵士のアドバイスに従って歩くこと数分、ようやく謁見の間にやって来た。
途中、何度も役人や兵士たちに頭を下げてただの旅人を演じてきたので、正直疲れている。
もう、どうでもよくね?
「謁見の方ですか?」
「はいです」
入口で待っていた兵士の指示に従い、僕らは謁見の間に入る。
そこは天井がやたらと高い広々とした一室で、前方には、膝を床について玉座に座る国王の前で何かを言っている連中がいた。
どうやら先客のようで、兵士の指示に従い、僕らは他の謁見希望者の後ろに並ばされる。
「多いです」
並ぶと、モルちゃんは小さな声で呟く。
多いって、何のことだ?
「モルちゃん、何が多いの?」
「兵士の数ですよ。玉座に座っているのが国王ガトー=クーヘンです」
モルちゃんの言葉に釣られて前を見ると、玉座に座っているおっさんの顔が見える。
「では何か? 我々の方針に賛成できないと?」
「い、いえ! そういうわけでは――」
「……モルちゃん、なんかイメージと違うんだけど。あれで器でかいの?」
訊ねると、モルちゃんも少しだけ怪訝な表情を浮かべていた。
どうみても器が広いようには見えない。
王冠を頭に乗せ、赤いマントを羽織っているガトーは、黒い髭と恰幅のよい体つきから見た目は心の広い人間に見える。
しかし、その表情は眉根を寄せて謁見している者を睨んでいた。
エリカちゃんの話だと、ジョーク好きの小粋な王様ということだったが、あれはどう見ても真逆だ。娘はやらんと突っぱねる頑固オヤジだ。
すごく不安になってくるんですけど。
それに、そんな国王の隣に立っている男……あれはヤバい。
灰色の髪で鋭い目つきをした黒いマントに身を包む細身の男。一見するとイケメンだが、あの男の目はヤバい。
「モルちゃん、国王の隣は?」
「あれは多分、執行団の団長スカルピアですよ。国王の命令に逆らうことの無い有名な男性です。あの人が団長となってから執行団の取り締まりも強化されたです」
スカルピア……珍しく僕が憶えておこうと思った。
あれは危険だ。
ホスト時代に色んな人間と会ってきたからわかる。あんな目をした奴にろくな奴はいない。
血の気の無い冷徹な瞳。
あれは忘れられそうになかった。
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僕がスカルピアに気を取られている間に、物々しい様子で続いた謁見が消化されていった。
そして、ついに僕らの番になる。
「次の者、前へ出よ」
「はいです。ほら、行くですよ」
「あ、うん」
なんかやべぇ。空気感がヤバいって。
射殺すようなスカルピアとか、未だに眉間が大変になっている国王とか、エキストラ風の兵士たちとか、とにかく視線が多すぎる。
剣と盾は持っている。腰につけてあるからすぐに構えることは可能だ。
だけど間に合うか?
……間に合わなかったらモルちゃんを置いて逃げるか?
いや、そんなことしたらエリカちゃんに殺されるし、さすがに男が廃る。
「よく来たな旅の者よ。どのような用件で参ったのだ?」
早速、国王の言葉で始まってしまう。
「勇者の遺品について調べているです。この国における遺品の情報を教えてほしいですよ」
「……すまんが、国家機密だ」
「では、賢者の末裔についてもです?」
ピシッ――。
明らかに空気が変わった。
「モルちゃん、なんか変じゃね?」
「……はいです」
モルちゃんも気づいているようだが、どうしたもんか。
「そうか……そういうことか。我が愛しの娘を狙ってきたということか」
更に変な方向へと進んでいる。
娘の事なんて口にしてないっつうのに。
「勇者様、さすがに変です。勇者の証である剣と盾を見せてほしいですよ」
「そ、そうだった。国王様、こちらをご覧に――」
「模造品を用意するとは周到な」
「いや、これ本物……」
剣と盾を持ち上げてみせるが、国王はこちらをすごい勢いで睨んでくる。
「なんか、話が通じないです。やっぱり変ですよ」
「者共、勇者を騙る不届きものを捕らえよ!!」
「……やばくね?」
「やばいです」
なんか兵士たちに囲まれてしまった。
一斉に槍を突き付けられ、身動きがとれない。
うん、あれだな。構えるどころか逃げるどころか、そんな暇もなかったか。
ここは一か八か、もう一度本物だと訴えてみるしかない!
「あのぉ、僕って一応は本物の勇者っすよ?」
「そんなチャラついた勇者など、信用できるかああ!!!」
「……勇者様」
「僕、悪くないよね。今回ばかりは悪くないって」
カツン。カツン――。
「大人しく同行してもらおう。抵抗は許さん」
スカルピアが兵士の間を歩いてきて、僕達にそう告げた。
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ガチャン。
「「……………………」」
「変な気は起こすな。そうすればいずれ出してやろう」
スカルピアがそう言って去っていった。
謁見の間で捕まった僕らは、そこから歩かされて城の地下牢へと連れてこられる。
砂漠の地下だから湿っていてカビの臭いがすることはないが、暗くて雰囲気が悪い。特に他の牢に入っている連中の叫び声が聞こえてきて、地獄だった。
牢の中にモルちゃんと共に入り、僕等は顔を見合わせる。
「捕まったです」
「うん。捕まったね」
こうして僕らは腕に手錠を付けられ、宮殿の地下牢へとぶち込まれたのだった。




