第九章7 『凍える接触』
勇者一行は遺品と賢者の末裔を探すべく砂漠王国カスタードへとやってきていた。
一日目は街で情報を集めるのだが、思うように情報は集まらない。
二日目はエリカの提案で別行動となり、勇者はモルと共に宮殿へ行くこととなった。
そして会議は終わり、勇者は部屋へと戻ることにする。
「ふぅ……もう少しで掃除のスタッフに見つかるところだった。僕、覗きとか趣味じゃないんだよなぁ。覗きたいなら見せてもらう派だし」
僕はどうにか自分の部屋へと戻って来る。
ポケットから鍵を取り出して扉を開けようとすると、異変に気付いた。
スッッ。
「……ありゃ?」
鍵が開いていた。
「おっかしいなぁ。ちゃんと鍵かったよな? かった、よ、な?」
記憶が曖昧だ。
急いでエリカちゃん達と合流しようとしてたから、忘れたかも。
「ま、いいや」
気にせず扉を開けて部屋の中に入ると、今度こそ異変に気付いた。
「……!」
テーブルの上に見慣れない紙が置いてあった。
それが普通に置かれていたなら、僕は気のせいと思っただろうが、それは確実に気のせいではない。
「これ、氷だよな」
透き通った氷柱。
その氷柱がテーブルに突き刺さっていて、紙とテーブルを貫通していた。
僕は慎重に氷柱を抜いて紙を手に取る。
裏返しで刺さっていたため、文面は見えず、ひっくり返すまでに緊張が走った。
ごくり。
喉が鳴った。
こんなことが出来るのはシュネーさんしか思い当たらない。
けど、湖で見たもう一人の雪女の場合もあるし、はたまた救済の使徒が罠を仕掛けている可能性もある。
なにより僕に対してピンポイントってのが気になる。
「あ、開けてみるか」
紙をそっと裏返してみると、そこには短い文章が綴ってあった。
『いまから、外へ。一人で来るように』
「呪いの手紙か?」
普通だったらいかない。
けど……もしシュネーさんだとしたら、もう一度一緒に旅をしたいって話かもしれないんだよなぁ。
「よし、外に出ればいいのか」
エリカちゃんの為にも、シュネーさんと話せる機会を逃す手はない。
それに別人だったとしても、僕には確証がある。
「この字、間違いなく女性! しかも美人だ!!」
字だけで僕は何となく性別と容姿を想像できる。
手に取るようにわかる。
こんな短い文でも、丸みを帯びた書き方はヒトミちゃんそっくりだ!
いざゆかん、外へ!!
待てよ? ヒトミちゃんそっくりってヤバくね?
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「――と、張り切って宿の外に来たものの、場所は指定されてないんだよなぁ」
宿の外に出ると、さすが都会だ。
夜でも街を歩く人が多く、遠くの宮殿は光り輝いて見える。
「誰かのイタズラだったのか?」
外に出ても何か起こるわけでなく、人通りを見つめてから僕は戻ることにした。
すると、視界の端で白い霧を見つける。
「あれって……」
その霧はちょうど宿の後ろから出ているようで、まるでこちらを誘っているかのようにも見える。
「行ってみるか」
少し躊躇いはあったものの、見覚えのある白い霧に釣られ、僕は宿の後ろへと回ってみる。
すると霧は更に濃くなり、周囲が見えなくなった。
「お久しぶりですわね。勇者……」
「――!」
視界が奪われた直後、真後ろから声をかけられた。
聞き覚えのある、懐かしい声だ。
「シュネーさん……」
振り返ってそこにいたのは、かつて旅を共にしたシュネーさんだった。
かつてと同じ、人間としてのシュネーさんがそこにいた。
「相変わらず、和服似合うね」
「この恰好は、人間界に溶け込むためのカモフラージュです。本来の姿は魔物ですわ」
「知ってるよ。でも、似合うんだから褒める! それだけだよ」
僕の言葉に、シュネーさんは少し頬を染める。
「それで、僕に用があったの? エリカちゃん呼んでこようか?」
「呼んだ場合、あなたを氷漬けにしますわよ」
「え……」
なんか好戦的じゃね?
仲間に戻りたくて来たんじゃないのか?
「あたくしがここに来たのは、あなた方と行動を共にしたいからではありませんわ」
「じゃあどうしてここに? これって魔物としてはリスク高いんじゃないの?」
「揺さぶっても無駄です。あたくしがここに来た理由は、魔王様の命令ですもの」
魔王の命令?
あいつが気を利かせたってことか?
「魔王の命令って、どんなことなの?」
「魔王様は、勇者との戦いを望んでいない。ですから、あたくしを通じて連絡を取り合いたいとのことですわ」
「連絡?」
……すげー怪しいんですけど。
でも戦いを望んでないってことなら、この状況も説明がつくのか?
僕を殺して人生やり直す気があったら、シュネーさんだけじゃなく他の魔物も向かわせるだろ?
いやそれより、シュネーさんにすら勝てないよ、僕。
「あのさ、一ついい?」
「なんでしょうか?」
「連絡を取り合うってのはつまり、協力体制をとるってこと?」
「そう仰っていました」
どうやら嘘はついていないか。
協力……湖での僕の提案を承諾しようってことか?
あれから時間も経ったし、頭も冷えた頃合いだろうから……こっちの暮らしに満足していても不思議じゃないよな。
魔王軍には、あんなに可愛い子達がいたし。
「……」
想像したらムカつくな。
「今回の接触で了承をいただければ、魔王様からは勇者への協力も許可されております」
「マジ? あ、そうだ。こないだはありがとね。またピンチを救ってもらっちゃった」
「……知りません」
うん、これは安定の嘘だな。
けどまぁ、魔王が僕に死んでほしくないってことはつまり、あいつも戻りたくなくなったんだろう。これは間違いないな。
僕に死なれたら困るし、勝手に殺されても困る。
それで、僕と協力関係を築きたくなる。当然だな。
他に思惑がありそうだけど、僕の死なない確率が増すなら大歓迎だ。
「うん、いいよ。協力し合うってことでしょ」
「よろしいのですか?」
「うーん、シュネーさんは魔王の味方なんでしょ? なんで僕の心配するの?」
「そ、それは……」
「ま、それはいっか。魔王と勇者の協力体制は、僕の望んでた事だからね。これで晴れて、豪遊ライフを楽しめる!」
ついに勇者生活から脱出できそうだ。
あぁ、よかった。
「それは許可できませんわ」
「え?」
「魔王様からは、勇者には勇者としての役割を果たしてもらうとのことですわ」
「勇者としての役割って……あいつ、自分を殺せって言ってんの?」
「指令ではこう言えと言われてます。『勇者の旅を完遂し、俺の所まで来い。魔王を倒す力をつけてから来い』と」
なんだよそれ……。
待てよ? 勇者と魔王が争わなくなるんだろ?
じゃあ勇者の旅も終わっていいんじゃね?
僕が旅を完遂するってことは、魔王を倒すってことだろ。
あいつ、自分を殺せって言ってんのか?
……意味わかんねえんだけど。
ついこないだまで、人生やり直すんだって意気込んでたよな? それが急に自殺宣言?
なにか、意図があんのか?
話した感じだと、意味無いことは嫌うタイプだと思うんだよなぁ。
ま、ひとまず……。
「シュネーさんは、僕と魔王の連絡役なんだよね?」
「はい、そうですわ」
「じゃあ一言。旅は続けるけど、次に連絡する時は直に会って話をするのが関係持続の条件だ。ってね」
「……」
「うわっ、そんな恐い目で見ないでよ。こっちだって、ほいほい魔王の提案に従えるほど甘くないんだ。ホストとして、くぐってきた修羅場の数が違うからね」
僕の言葉にシュネーさんは小さく溜息をつく。
「あなたはそういう人でしたね。魔王様に報告いたします。では、今宵はこの辺りで――」
そう言って白い霧が晴れていき、シュネーさんの身体が透き通っていく。
「シュネーさん、いつでも帰ってきていいからね」
消えゆくシュネーさんに言葉をかけると、彼女は久しぶりに、僕に笑顔を見せた。
口元を緩めた、綺麗な笑顔だった。
霧が消えきると、そこには誰もおらず、ただ普通の宿屋裏となっている。
まるで夢でも見ていたかのようだったが、お約束で頬をつねると痛みを感じる。
「エリカちゃん達に、秘密ができちゃったな。僕、ミステリアス路線もいけるかも」
こうしてシュネーさんとの秘密の会合を終え、僕は明日に備えて宿へと戻った。