第一章10 『魔王として』
【2018年1月19日改稿。内容に変更はありません。見やすくしました。】
雪女さんの報告があり、俺とサキさんと雪女さんは急いで執務室を出た。
報告してきたハーピーは、重傷で医務室に運ばれているという。
「こちらですわ!」
雪女さんの後ろを走り、医務室にやってくる。
そこにはすでに、護衛衆たちが揃っていて、こちらを見て敬礼してきた。
「魔王様、ハーピーさんはこちらに!」
「――!」
ミノ子さんが教えてくれた場所に行くと、俺は絶句した。
「……ひどいわね」
サキさんも寝込んでいる彼女を見て隣でつぶやく。
ハーピーは両腕の翼がなくなっており、頭にも痛々しく包帯が巻かれてある。
そんなハーピーの隣には別の青い翼のハーピーが立っており、こちらに気付いて敬礼してくる。
「魔王様、ご足労ありがとうございます」
「彼女は、ハーピー族の副族長です」
サキさんが耳元でそっと教えてくれた。
「何があったのか、詳しく話してくれ」
「はい……」
小さく頷き、副族長ハーピーは静かに語り始めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「オーガのやつ、何か企んでるんじゃないかしら?」
「族長、考えすぎでは? オーガ族は以前から、魔王様に忠実ではございませんし。今回もきっと、厳罰対象になりますよ」
族長ハーピーは、会議の日以来、オーガの行動が気になっていた。
ここ最近、オーガは持ち場の溶岩地帯で集合しているらしく、周囲でも魔王様に報告した方がいいのではないかと提案がある。
しかし、族長ハーピーは別の理由で気になっていた。それは、会議の日のオーガとの会話だ。
「少し、様子を探ってくるわ」
「え?! か、勝手な行動したら、またサキュバス様に怒られるんじゃ――」
「関係ないわ。もしオーガが魔王様に危害を加えるつもりなら、その場で始末しないと駄目じゃない」
「でも……」
「行ってくるから」
「あ、族長! ……もう、勝手なんだから! 待ってください!」
ハーピーの二人は、魔王城から出て、噂の溶岩地帯へと向かった。
そこは溢れでるマグマと、空を覆う分厚いガスの層の暗さで彩られた山岳地帯。
腕の翼で低空飛行していると、火山の麓にオーガたちの拠点が見えてきた。
離れた場所に着地し、様子をうかがってみるが、離れていてわからなかった。
「あんたはここにいなさい」
「え?」
「私がしくじったら、すぐに魔王様の所へ行って」
「族長!」
族長ハーピーは一人で飛び出していき、オーガたちに歓迎される。彼らは火山の麓にある洞窟で暮らしており、暑さに強い。
「ハーピー様、族長がお待ちです」
「……ありがとう」
すんなりと武装したオーガに族長の所へ通され、対面した。
「よく来たな。歓迎」
「いらないわよ」
「つまらないな。……目的を聞こう」
「それはこっちの台詞よ。あんた、なにする気? 幹部の一族集会は、魔王様が禁止したはずよ」
ハーピーの言葉に族長オーガも、周りのオーガも押し黙る。
そして、腹を括ったのか、族長オーガは話を切り出してきた。
「我らは、魔王様を倒す」
「は? なに考えてんのよ」
「魔王、調子悪い。今が好機」
それを聞き、ハーピーが黙っていられるはずもなかった。
「あんた、そこまでバカだったのね。私が許すと思ってるの?」
「思わぬ。邪魔者は倒すだけ」
オーガは血で汚れた体長程の斧を構える。
我慢の限界だった。
「魔王様があんたに何をしてくれたのか、覚えてないとは言わせないわよ」
「確かに、魔王、魔界を作った。だが、つまらぬ。平穏など、魔物には不要。同じ思いを持つ者は、魔界には多い」
確かに、オーガの言う通り、魔王様へ忠誠を誓ってはいても絶対的という者は少ない。
ハーピーや直近の護衛衆が少数派だった。
「どうだ。お前も加わるか?」
「バカなこと言わないで。私たちハーピーが従うのは、この世界でただ一人よ。……その魔王様に歯向かうなら、同じ幹部として見過ごすわけにはいかない」
「やる気か。面白い」
族長オーガの言葉に、周囲に控えていた子分たちが盛り上がる。
「決闘だ……」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――族長は決闘で殺されかけ、魔王様に報せるために、敢えて生かされたのです」
「そう、だったのか」
つまりオーガは、魔王が動くのを待っているということ。
意味がわからない。
普通、俺なら仲間を集める。魔王への不信感を餌にすれば、幾人かの幹部は釣れるはずだ。
しかし、オーガは単独。ここが不明だった。
「あ、あの、魔王様!」
すべてを話し終え、副族長ハーピーは頭を垂れてきた。
「申し訳ございませんでした! 私達で止めることが出きれば!」
「……」
そうして謝る姿が、妙に親近感を覚える。
しかし、それとは違い、サキさんは怒っていた。
「そうです。目先の利益にとらわれすぎましたね。気づかれた以上、もはや交渉の余地はなく、被害は拡大し――」
「構わん。頭をあげてくれ」
「ま、魔王様?」
副族長ハーピーに頭を上げるように言ったことで、サキさんが目で訴えてくる。
しかし、俺はこうしたかった。
「いけません。彼女たちが失態を犯したのは事実です! どうか!」
「……目の前に利益があれば、誰だってほしくなるよ。それに、失敗したら、次に挽回してくれればいい。それくらいのチャンスは、無きゃ駄目だ」
確かに、彼女たちが報告していれば、オーガたちを穏便に解決できたかもしれない。
でも彼女たちを責めることなど、できなかった。
「ですが、魔王様!」
「魔王の言葉に、意見する気?」
「――?! い、いえ、そういうわけでは。す、すみません。出過ぎた真似を」
「……こっちも言い過ぎたよ、ごめん」
怒りで、言葉が悪くなっていた。
以前は、こんなことがあってもへらへら笑い飛ばせてたかもしれないけど、今ばかりは、怒りでおかしくなりそうだ。
わかる。これは魔王の感情だ。
『ふわぁ~あ。よく寝た。よう、うまくやって――』
魔王が目を覚ましたことも、気づいたがどうでもよかった。
『……やっぱり、お前さんでよかった』
いまは、魔王として憤怒するだけでいい。
それが、魔界を統べる魔王。
絶対無敵のラスボスだ。
「オーガ族を殲滅する。サキ、用意を」
「――! わ、わかりました!」
「俺も出る。護衛衆も用意を」
「「「「「はっ!」」」」」
皆があわただしく用意を始める。
それを見てから、俺は眠るハーピーを見た。
「副族長。族長を頼む」
「……! はい!」
「それと、彼女が目覚めたとき、伝言を頼む」
「わかりました」
「ハーピー族の忠義、立派だった。これからも魔界に尽くしてくれ。――と」
「……! 勿体なき御言葉!」
歴史小説の丸パクリだったかもしれないが、これだけは伝えておきたかった。
彼女は、自分のために傷ついた。
それなら、今度はこちらの番だ。
裏切り者に、正しき制裁を与える。
俺は、魔王。魔界の王である。
同胞がやられ、黙っていられる魔王はいない。
それが魔王だ。俺は魔王にならないと……。