第九章3 『バラクーに乗って』
勇者一行は船をもらい、それを使って大海を渡った。
少々のアクシデントがあったものの、彼らは無事、新たな大陸ヒルデへと到着した。
小規模な港町に船を停泊し、停泊状を発行してもらった。
エリカちゃんの話では、無断停泊は禁止されているらしく、停泊状を発行して船を登録しておくことで港の倉庫に置いておけるらしい。
ま、そんな面倒な手続きは全部エリカちゃん任せなんだけどね。
「さて、と。ここからカスタード王国の首都へ向かうのよね」
「そうです。しかし、さすがにここを歩く人はいないですから、バラクーに乗って行くですよ」
「バラクー?」
なんだそれ、聞いたことないな。
「ここヒルデ大陸では有名な生き物です」
「生き物なの?!」
更に想像が難しくなったんですけど。
「砂漠で生きる動物なんです。人懐っこくて、こちらの王国では乗り物になってるです。とりあえず、時刻を見に行ってみるですよ」
モルちゃんの提案でバラクーなる乗り物に乗ることとなった。そして後をついていくと、そこにはバス停のようなものが見えてくる。
どうやらバスみたいなものと認識した方がいいだろう。
動物バス……象が人を乗せるみたいな感覚ってことかも。
「ん~~」
「モル、どうしたの?」
「次の便まで時間があるです。どこかで時間を潰すですよ」
お、ラッキー!
さあ来い、自由行動カモン!! こっちの港に来た時から、色んな女の子を見つけておいたんだ。
犬の耳と尻尾を携えていた美人人妻に、酒場で樽を運んでいた男勝りな美女、港で両親の手伝いをしていたへそだしセーラーの美少女。
全員と親しくなっておくには今しかない!!
「じゃあ、どこかで食事にした方がいいわね。勇者も、それでいいでしょ?」
「え、あ……確かに、腹減ってるけど」
「決まりね。ここでご飯を食べておきましょう」
……ま、そうなるよね。お約束さ。
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僕らはバラクーに乗るまで時間があるとのことで、先に食事を済ませることにした。
その辺にあった料理店に入り、サボテンのステーキやパンを頬張る。
サボテン、意外と美味いな。
モッシャモッシャと食事をしていると、茶を飲んでいたエリカちゃんが一息ついて周囲を見渡す。
「どったの? エリカちゃん」
「……王国に行く前に、目的を確認しておきましょう」
「え、うん……王様に直談判して末裔と遺品を探すんでしょ?」
「そうね。概ねその通りよ」
僕だって少しは学習能力があるのさ。
ここに来る以前、目的や国の特色は聞いてあった。これまでの経験上、知っておかないと危険な気がしたからな。
ここヒルデ大陸を治めているのは砂漠王国カスタード。カスタードを治める宮殿は都にあり、これまでの町と違って規模が大きいらしい。
ということで、僕は秘かにかなりの期待をしている。
それは、娯楽施設も充実しているかもしれないからだ!!
更に、砂漠の国ということで非常に暑い!!
ということは、女性は薄着をしている可能性が高い!! パラダイスじゃん!!
結局、ラスべスにはいけなかったけど、今回は絶対に遊んでやる!!
「勇者様、相変わらずゲスな妄想してそうな顔ですよ」
「ゲスじゃないよ、クズだよ。そこ重要」
「どう違うですか……。しかし、警戒は必要です」
「警戒?」
「忘れたです? 前の大陸とは違って、勇者の名前が簡単に通るとは考えない方がいいです」
「その点は大丈夫だよ。最初から伏せて遊ぶつもりだったから」
あ、やべ。口が滑った。
「……随分な身分ね、勇者様」
「こ、これは些細なミスだよ。モルちゃん、弁護お願い」
「無理ですよ。さすがに子作りを制約してくれても無理です」
「そんな……」
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痛い。久しぶりの鉄拳制裁だった。
「はぁ……馬鹿勇者も聞いておきなさい。この王国の最大の特徴は、世界有数の多種族国家ってことよ」
「あ、そういえばそんなこと言ってたような……」
また睨まれる。
しょうがないじゃん。忘れてたんだし。目の前の娯楽に目がくらむのは普通じゃね?
「私みたいな魔王のクォーターは特例だけど、世界中には魔物と人間のハーフが数多く存在している。それは既に教えたわね」
「うん。エリカちゃんが引き籠った宿にも猫耳のメイドがいた」
「そう。でも彼らを認めない人も多いの。ハーフは魔物の血が流れていることを理由に、これまで忌み嫌われてきた。だからほとんどのハーフはそれを隠すように生きているわ。
でも、この国では違う。どんな種族でも敵意が無ければ平等に住む権利を与えられているのよ」
くだらないよなぁ。
血とかそんなの見えないんだからどうでもいい気がすっけど。
とにかく、僕は女性であればすべてを愛する。野郎は知らん。
「けどさ、一つ疑問なんだけど、魔物と知ってて愛しあう人が多いの? ハーフが嫌われてるなら、魔物を好きになったりしないでしょ」
「魔物といっても一口にウルフマンやキマイラのような見た目が魔物ってやつだけじゃない。ほら、霧の湖畔で見たでしょ? 魔王の幹部は人型の魔物が多かったはずよ」
「確かに……」
言われてみると、魔物というより美少女揃いだったな。
憎し、魔王憎し。
でもそうかぁ。
好きになった相手が魔物だったってことか。
愛には逆らえないのかねぇ。ま、僕は本物の愛を知らないのだが。
「ハーフを認めたのは、カスタード王国が世界初と言われてるわ」
「へぇ」
「この国の国王はジョーク好きとして有名です。器も大きく、多種族を認めているのは現国王の功績とも言われているです」
「成程。でも、それで気を付けることなんてないんじゃない?」
そう言うと、二人は揃って溜息をついた。
「相変わらず馬鹿ね」
「まあね」
「……呆れるのも疲れるわよ。いい? 人が大勢集まるってことはつまり――」
そう言ってから顔を近づけろとジェスチャーしてくる。
近づけると小さな声で続けた。
「救済の使徒や魔王の手先が紛れ込んでいる可能性も高いってことよ」
「――!」
マジかよ……。
僕の娯楽ライフ、初日から崩壊の兆しなんすけど。
あの迷いのアビスとかっていう奴も結局姿をくらましてるみたいだし、あいつがまた来たら……最悪じゃん。
「だから、今まで以上に警戒していきましょう。私達はまだ三人しかいないんだから」
「そ、そうだよ! そろそろ仲間増やそうよ!! そうしたら僕の生存率上がるじゃん!」
「勇者様、わたくし達の財政も考えるですよ」
「え?」
「人が増えたら出費も増えるです」
なにその現実的な話。
僕わかんなーい。
「とにかく、まずは仲間を集めるよりも遺品と末裔の捜索よ。魔王へ近づくためにも、そこだけは滞らない様にしないと」
それもそうか……。
そういや、なんだかんだ魔王と戦うことになるのか?
やだなー。いい方法があればいいのに。
「あ、もうすぐバラクーの時間です。行くですよ」
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モルちゃんの言った通り、店を出て先程のバス停にやってくると人が待っていた。
少し待つと遠くから何かが砂埃を巻き上げてこちらへとやってくる。
「なにあれ」
「あれがバラクーですよ。長い鼻で水を飲み、背中のコブに水分を溜めこんでいるです。そのおかげで乾ききった砂漠の上でも生きていけるらしいです。バラクーの後ろに客席を引いているので、わたくし達はそれに乗せてもらうですよ」
……なにそれ、未知の生物じゃね?
まぁ、魔物とかいるから不思議じゃないけどさ。
そんなバラクーが走ってやってくると、バス停の手前でしっかりと停止した。
見れば見るほど不思議な生き物だ。
バラクーはモルちゃんの言っていた通り鼻が長くて背中にコブがある。そしてその背中には髭を生やしたオヤジが手綱を握って乗っていた。
「かぁ……きゃふ」
あ、欠伸した。随分と可愛らしい鳴き声だな。
ちなみにこれ、オヤジじゃなくてバラク―ね。
「乗るわよ」
「あ、うん」
僕らはぞろぞろと動く人の流れに突入し、バラクーが引っ張っている客席に乗り込んだ。
扉つきで、中は電車の車内に似ている。向かい合うように席が配置されており、僕を挟むようにしてエリカちゃんとモルちゃんが座る。
「では、出発します~~」
先程見たバラクーの背にいた人物の声が聞こえると、動き出すのがわかった。
お、結構楽じゃん。
これなら眠れ――。
「はいよぉ!!」
「は?」
オヤジの叫び声が聞こえたと思うと、速度が上がった。
そこからドンドン速度が上がっていく。
「な、なんだよこれ!!」
「バラクーは初速が遅いけど、歩き出すとやがて速度を上げていくのよ。元々超速砂漠動物として有名なの」
「それ先に言ってくんない!?」
ああああああああああああああああああああああああああああ!!!
早い早い早い早い早い!!
揺れ、ちょ、なんで他の客は平気なんだよ!!
「あん、勇者様……場所を選んでほしいです」
「へ、変な声出さないでよ!! こうやって何か掴んでないとふっ飛びそうなんだって!! ちなみにモルちゃんのリュックだからね!」
それから数分、ようやく速度が緩やかになった頃には全身の力が抜けた。
「や、やっと終わった……」
「勇者、あれを見なさい」
「え?」
エリカちゃんが外を見ていた。つられて外を見ると、前方には巨大な壁が見えてくる。街を囲むようにそびえ立っているようだが、その壁よりも高い宮殿のような建物が少しだけ見えている。
「あれが……」
「あれが砂漠王国カスタードの最大の都よ」
バラクーに乗って数分、僕らは目的地に辿り着いたみたいだ。