第八章11 『告白と決意』
魔王は領域の規律を変え、休暇を取って幹部たちと共に温泉宿にやってきていた。
風呂場でデュラハンと語らい、魔王は遂にサキュバスとセイレーンから受けた告白の返事を決心する。
魔王は風呂から上がると彼女達を待ち、一人、宿の庭園で魔界の月を眺めていた。
「ふぅ……」
俺は風呂から上がってサキさん達を待とうとしたのだが、フェニちゃんとミノ子さんに遭遇し、彼女達が既に部屋に戻っていることを知った。
そこで二人にサキさん達を呼んできてもらうことにして、魔界の夜空を庭園で眺めて待つ。
宿に来た時から感じていたが、この庭園は本物の旅館にも劣らないくらい立派なものであって、ここの庭園も枯れ山水が風情を醸し出していた。
息を一つ吐く。
妙に落ち着かない気分で、ただただ立ち尽くすことしかできない。
魔界の夜は昼とそれ程変わりなく不気味なのだが、今ではこの光景が落ち着く。
赤い月も幻想的に見えてきて、ここに慣れてきた証拠だろうと思った。
ザッザッ。
「――!」
来た。
足音が背後から聞こえ、振り向くとサキさんとセイレちゃんが緊張した面持ちで立っていた。
そしてどこか、不安も感じられる。
こんな顔させるわけにはいかないよな。
「あ、あの、魔王様。お話というのは……」
「……二人の告白に返事をしようと思って。結婚することは分かったけど、正室はまだ決めてなかったから」
「では、既に……?」
サキさんの言葉に頷いた。
本来、俺がしていることはとんでもない行為だろう。二人と同時に結婚するなんて、アイツ以上にクズになっているかもしれない。
でも、彼女たちどちらかを選ぶことも出来ない。
それは魔界に対する否定でもあるが、彼女達に対する否定でもあるから。
正室を選ぶのだって、その意味では二人のどちらかを否定する行為になる。
だが、これだけは――。
「本当に、選んでいいんだね」
「はい。私は覚悟の上です」
「自分も、です」
こうして真剣に向き合っている彼女達に、応える必要がある気がした。
ズズッ。
足に力を込めると庭園の砂が動くような感触だった。
ここに来て、胸が張り裂けそうなくらいに緊張してくる。
「俺が正室に迎えたいのは――」
サキさんは、魔王となってからずっと俺の事を心配してくれた。
何も知らない、出来ない俺の為に必死になって動いてくれて……彼女がいなければ魔王としてやっていけなかったかもしれない。
大切な人だ。
セイレちゃんは、最初に打ち解けた護衛衆の一人。俺の事を人間だと知っていても尚、魔王として扱ってくれて、誰にも話さないでいてくれた。
それに俺が身勝手に塞ぎ込んでいた時、手を差し伸べてくれたのはミノ子さんとセイレちゃんだ。
あの時、セイレちゃんが見ていてくれるって言ってくれたから、俺は魔王になれた。
本当に、大切な人だ。
だから……。
「セイレちゃん。俺の、正室になって頂けませんか」
「――!? い、いいんですか、じ、自分で……」
「セイレちゃんに、お願いしたいんだ」
これが俺の本当の心。
心の奥底で、一番一緒にいたいと思った相手だ。
「あ、ありがとうございます! う、嬉しいです……でも」
セイレちゃんは嬉しさを爆発させることなく、隣に立つサキさんを横目で心配そうに見た。
彼女は肩を落とし、力の無い笑顔を浮かべてくる。
「……ふぅ。残念です」
「サキュバス様……」
「サキさん……」
「心配無用です。ふぅ……でも側室ですか。少し残念ですが、魔王様の傍にいられるのならそれでいいですね」
サキさんは残念そうな素振りを少しだけ見せていた。
こういう時、どんな風に声をかけたらいいのか。俺が恋愛経験豊富だったら、すぐに言葉が思い浮かんだのだろうか。
「セイレーン、おめでとう」
「サキュバス様……ありがとうございます」
サキさんの賛辞に、セイレちゃんは深々とお辞儀した。
そしてそれを見てからサキさんはこちらを見て、しっかりと礼をすると、そのまま「失礼します」と言って宿へと戻っていった。
「……あの、魔王様。自分、魔王様に相応しい正室になってみせます」
「セイレちゃん……」
「そ、その……」
セイレちゃんは言葉に詰まりながら、こちらを見上げてくる。
その眼は少し潤んでいたが、涙を流さないように堪えており、力のある眼差しでこちらを射抜いてきた。
「大好きです。これからずっと、あなた様を見ています」
「……うん。ありがとう」
唇を噛みしめ、セイレちゃんが笑顔を見せる。
きっと、ここにはいない相手のことを思って……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
暗い廊下の壁に、私は寄りかかっていた。
「……」
何やってるんだろ、私。
……選ばれなかった。
魔王様とセイレーンを二人きりにしてあげるつもりが、逃げるように立ち去ってしまった。
サキュバスが恋の競争で負けるなんて……力を使えば、きっと勝てたはずなのに。
「あぁ、駄目駄目」
そんなの、魔王様が幸せじゃない。
私は、あの人が幸せならそれでいいんだ。
いいん、だ……。
「あれ、おかしいな……どうし、て」
俯いていると、涙の粒がポツリポツリと足元に落ちていく。
こんなに本物の愛が恋しくなったことはなかった。種族のせいもあるけど、私は本物を知らなかったみたいだ。
本物は、こんなにも切ないものなんだ……。
「……っ、全然、美味しくないなぁ」
それから誰にも見られないように、人知れず泣いて、ようやく振り切れた。
これからも変わらず、私は魔王様の秘書だ。
側室となり、妻となる。
セイレーンと一緒に、あの人を支えていこう。
そう、心に決めた。