第八章3 『魔王と勇者の架け橋』
魔王は魔界のブラックな休暇制度に驚愕した。
秘書のサキュバスと話し合い、休日を作ることを決めた魔王は、幹部たちを集めた臨時会議を三日後に開催することを決める。
しかしその前に、魔王は雪女の妹シュネーに会いたいとサキュバスに頼んでいた。
「シュネーを呼んで来ればよろしいのですか?」
「うん、お願い。出来るだけ他の魔物には気づかれないようにね」
「……? わかりました」
サキさんは首を傾げてから部屋を出て行く。
休暇制度を作ることも大切だが、実は告白・仕事の他にもう一つ、俺には悩みの種がある。
それは誰にも打ち明けるつもりの無い悩み……ルシファーから教えてもらった天界の件だ。
『”魔王”とは――、天界を滅ぼす者の名だ』
ルシファーの話によれば、これまで天界に挑むことは出来なかったという。
その理由は、以前の魔王やそれ以前の魔王が人間界にしか目を向けていなかったから。
ルシファーの話を聞く限りだと、四天王を誕生させてしまい内乱へと発展した原因は、魔王の治世の影響だと考えられる。
きっとこれまでの魔王は、かなり多くの魔物から反感を買いつつも、腕っぷしで黙らせてきたに違いない。
以前の魔王に限らず、初代サタン以降はずっとそうだったのだろう。事実、魔界は天界に挑めていない。
四天王の件は対応すべきだ。魔界の統率なくして天界には挑めない。
しかしこれは後回しに考えている。
何故なら、魔王の立場なら解決できる問題だからだ。
俺が唯一、直接かかわることが出来ないのは人間界。こちらに目を向ける必要があった。
彼の話をすべて信じるわけではないが、これ以上に説明出来ない現状、天界というものの存在を視野に入れる必要がある。
そう考えた場合、今必要なことは二つあるわけだ。
まず一つは魔界の統率。他の四天王である魔女やアンデッドとの関係を築く必要がある。
悪魔はルシファーの協力が期待できる。それにビーストについてはこちらで制圧済みで、ミノ子さんの一声なら幹部を失った連中を動かすことは容易だろう。
とりあえず、こちらは俺やサキさん達がいればどうにかできる。
しかし問題は人間の方だ。
ルシファーは魔界の勢力では勝ち目がないと言っていた。つまり、どれだけ四天王と協力して一丸となっても、天界には勝てないと考えておくべきだ。
初代サタンも、そのために人間との共存を考えていた。
これは予測だが、人間の力を計算に入れなければ、天界との戦いに勝ち目はないということだろう。
そこで、もう一つの必要なことが浮かんでくるわけだ。
そのカギを握っているのは、間違いなく――。
「魔王様、お連れしました」
「どうぞ」
扉の向こうから声が聞こえ、俺はそれに返事した。
するとサキさんと一緒に和服姿の真白色美人、雪女のシュネーさんが現れた。
シュネーというのは姉である雪女さんと区別するための名前のようで、姉妹ということもあり二人の顔は瓜二つだ。
「魔王様、どのような命令でしょうか?」
「うん。実はシュネーさんに頼みがあるんだ。君にしかできないことだよ」
「あたくしですか……。お姉様の妹であるあたくしも魔王様の家臣でございます。どうぞ、お命じください」
「君にはこれから、勇者と接触してもらいたいんだ。こちらの指示で定期的にね」
「――!?」
「ま、魔王様……一体何を?」
サキさんもシュネーさんも一様に驚いている。当然といえば当然か。
魔王が再び、奴の名前を出しているのだから。
「もしかして、もう一度……ということですか?」
「違うよ。今度は勇者にだけ接触してほしい。端的に言うと、君には俺と勇者の架け橋になってほしいんだ」
「魔王様、それはさすがに……」
サキさんが止めようとしてくるが、ここでやめるつもりはない。
人間側の、唯一のキーマンは勇者だ。
俺と同じ転生した元現代人。
彼が間違いなく天界との戦いにおける重要人物になる。
初代サタンは勇者にやられた。
だが、あの勇者に使命感はないだろう。
それに、例の声を信用しておらず、戻ろうと考えてもいない。
あいつなら、取り込めるかもしれないということだ。
勇者を掌握し、仲間に引き入れることができれば、天界と渡り合える可能性が高くなる。
そのための、シュネーさんだ。
「これは、ただの架け橋じゃないよ。魔界を護るための架け橋だ」
「魔界を、護るため……ですか?」
シュネーさんが少しだけ喰い付いてくる。
「そうだよ。今後、俺は勇者と連携したい。その為には連絡役が必要になる。一度勇者と面識のあるシュネーさんなら適任だと思うんだけど」
「し、しかし、あたくしは一度……」
彼女は一度、勇者一行を騙して誘導した過去がある。
普通の勇者なら信用しないだろうけど、あの勇者なら別だ。勘だけど言い切れる。
あいつは以前、魔王と不戦協定のようなものを提案をしてきた。
今、それをそのまま結ぶつもりはない。
天界に気取られる行動は避ける必要がある。
だが、あいつの魔王と戦う意思は薄い。
シュネーさんを通じて″共闘″を持ちかければ、可能性が広がる。
「大丈夫。あいつなら簡単に利用できるよ」
「利用、ですか?」
サキさんもようやく喰い付いてきたようだ。
そうでなくては困る。
本当の事情を話してもいいが、ルシファーの許可なく話すことは出来そうもない。
それなら、もっともらしい理由で納得してもらうしかないだろう。
「さすが魔王様です……まさか勇者も利用するとは」
「もちろん。交渉の内容は未定だけど、必ずあいつは応じてくる。……どうかな、シュネーさん」
シュネーさんに目を向けると、彼女は少しだけ嬉しそうな表情をしている。
きっとどこかで、心残りはあったのかもしれないな。
良い機会にもなりそうだ。
「お姉様に伝えても、よろしいですか?」
「もちろんだよ」
「それなら、その役目承ります。早速、お姉様に報告してから人間界へと出向きます。それ以降の連絡手段は以前と同じでよろしいでしょうか?」
「うん、お願い。サキさんの部下を通じて連絡してほしい。くれぐれも人に見つからないようにね」
「大丈夫です。お任せください」
「そっか……。じゃあよろしくね、シュネーさん」
「はい!」
こうしてシュネーさんが勇者と俺の間を取り持ってくれることとなった。
やり取りを見ていたサキさんが終始不満そうだったが、気にせず俺は次の案件へと移ることにした。
「サキさん。次は――」
「わかってますよ。……ちぇ、雪女族だけズルいなぁ。あんな重要な役割任せてもらえるなんて……ぶつぶつ」
「さ、サキさん?」
「あ、はい! 早速主要幹部たちに報せてまいります。魔王様はどうされるのですか?」
「こっちはこっちでやっておくことがあるから、それをするよ」
「……! も、もしかして、サタナキアとの交渉の時のような手腕が見れるのでしょうか!?」
「手腕って……大したことしてないんだけどなぁ。ま、あの時よりは穏便に進めるよ。相手は魔王の幹部にだからね」
そう言って自然と笑みを浮かべていた。
なんか、心の底から魔王色に染まってきている気がした。