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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第七章 「クズ勇者、狙われる」
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第七章17 『勇者ズルくね?』

 


「迷いなさい。もうあなたには、迷う術しかないのです」


「すみません、勇者様――」


 モルが目を瞑って死を覚悟した瞬間――。アビスも予想していなかった事が起こった。



 パキィィィイン!!



「――!? な、なんだ、これは……」


 ドサッ!

 モルが尻餅をついてから、ゆっくり目を開く。


「あれ、斬られてないです? え――」


 モルは自身の身体を確認してから目線を上げ、言葉を失った。


 そこにはこちらに剣を振り下ろす寸前のアビスがいて、彼は下半身から上半身にかけて頭以外を凍らされていた。


 何より驚いたのは、その氷をかつて見たことがあるからだ。


「これって……」


「ぐ、ぬぅ……」

「――!」


 ピシッ、ピシッとアビスが力むたびに氷にひびが入っている。


 それを見たモルは、すぐに勇者の元に駆け寄った。ここで攻撃すれば氷の束縛が解けてしまう可能性がある。

 一撃で倒すことは難しいと判断し、勇者を助けることが最善と見た。


「い、今のうちに、勇者様を――。っ、ロイエさんがいれば……」


 勇者の元に駆け寄ると、流れ出る血の面積が広がっており、生きているかどうかも怪しい。


 心臓に耳を近づけてみると、音は聞こえてこなかった。


「そんなっ…………!」


 モルは一気に血の気が引いた。

 心臓が動いていない……。


「勇者、さま……嘘です。そんなはずないです!! あなたが死ぬなんて、ありえないです……」



 ぴく。



「――! いま、動いたです? 勇者様!! 勇者様!!」


 一瞬だけ、手が動いたように見えた。

 モルはそれを見て、勇者へと呼びかける。これまで出したことのない大声で、必死に呼びかけた。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「この声……モル?!」


「何かあったのでしょうか」


 一方、煙の中にようやく足を踏み込んだエリカとロイエは、奥から聞こえてくるモルの声に足を止める。

 普段聞いたことの無いような大声に、エリカは不安を煽られた。


「もしかして、勇者が……ロイエ、早く行きましょう!」


「で、でも……まだ迷ってしまって」


「それなら、私の手を掴みなさい!! 行くわよ!」


「え、ちょっと――!」


 エリカはロイエの手を強引に掴み、そのまま煙の発生源に向けて足を進めた。

 不安が加速し、迷いよりも先に足が前に出て行った。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 声が聞こえた気がした。目を開くという感覚はなく、意識だけが暗闇の中に漂っているような感覚だ。


『勇者様!』


 僕を呼ぶ声だ……。この声は、モルちゃんかな。

 返事したいんだけど、口が開くとか、そういった感覚が無いんだよなぁ。何が見えるわけでもないし、なんなんだろうな、これ。


 とにかくわかることは一つ。

 なんか、ひたすら腹が痛いってことだけだ。


『勇者様! 勇者様ああ!!』


 やっぱり、モルちゃんの声だ。


 でも、あれ? そういえば僕って、モルちゃんに刺されたんじゃなかったか?


 エリカちゃんとモルちゃんが……って、そんなわけないよな。見間違いだろ、きっと。

 ヒトミちゃんに刺された時の事を、思い出してたのかもしれない。そろそろ、声に応えなきゃな。


『待て』


 え?


 モルちゃんの声ではない、何者かの声に覚醒しかけた意識が浮遊する。


『お前が、次の勇者か』


 なんすか? 急いでんだけど。


『ああ、悪い。まさかこちら側に顔を見せに来るとは。つまり君は今、境地に立たされているみたいだな』


 何言ってんのこの人。

 やべえよ。あのアビスってのと同じくらいに……あ!


 悪い、本当に戻らないと駄目なんだよ!!


『少し待ってくれ。一つだけ、教えておきたいことがあるんだ』


 んだよ早くしてくれよ!


『勇者は天から授かりし肉体をもち、とある盟約によって三度までなら死しても蘇ることが可能だ。だからあと二度、君に許された死は二度しかない。気を付けよ」


 は?

 誰だかわかんないけどさ、そんなデマ信じるとでも思うのか?


『私は、先代の勇者だ』


 ……え。あの、仲間の魔導士とデキちゃった人?


『……そうだ。勇者の力を継ぎし者よ。次に会う時は、再び君が死ぬ時だ。会わないことを祈るよ』


 ちょ、おい!!



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「―――――っだは!!」


「勇者様!!」


「モルちゃ……いっでええええええええ!!」


「や、やっぱり傷口が深かったです?」


 腹が猛烈に痛む。見ると周囲は血の海になっていた。

 これ全部、僕の血なのか? 死ぬんじゃねえの? 死んじゃうんじゃねえの?


「と、とりあえず応急措置をしてみたですけど、傷口だけは塞げないです……」


「モルちゃん……」


 物凄く痛いけど、彼女が頑張ってくれたことは分かる。


 お気に入りの服の(とはいってもいつもと変わらない服だけど)袖が引きちぎれていて、僕の身体を見ると包帯の様に白い布が巻かれてある。

 彼女が止血しようとしたのだろう。

 それにいつもの無表情に近い表情ではなく、本当に僕を心配してくれているような表情をしていた。


「ありがとね……モルちゃん。あ、あれ?」


 なんだ。急に痛みが引いて……あ。

 そういや、勇者とか言ってた奴が勇者は三度死ねるとか言ってたっけか。


 嘘じゃん。生きてるし。


 大体さぁ、僕が死ぬわけないもんね。ま、死んだから勇者やらされてんだけど。


「も、もう大丈夫です?」

「そりゃもう! 平気へっちゃら。モルちゃんのおかげだよ」

「よ、よかったです!!」


「ぐぬ、どう、して……確実にショック死したはず」


 耳に残るほど聞き覚えのある声に振り向くと、痩せ男の……何だっけ。あ、そうそう、アビスって奴が氷漬けに……。


「え、あの氷って――」


「です。わたくしも思ったです」


 キマイラとの戦いで僕達を助けてくれた氷。そして、霧の湖にて湖を凍らせていた氷。

 それに酷似していた。

 ということは……もしかして。


「シュネーさんが、ここに来てるってこと?」


「わ、わからないです。でも、もし魔王軍を同時に相手をすることとなれば、いよいよ……」


 だが、状況を見ても敵対しているようには見えない。


 もしかして、あの魔王の差し金か? 僕に死なれたら困るってことか? 自分が魔王じゃなくなるから勇者さん死なないでってか?


 あんにゃろう、舐めやがって!!


 でも、そうであってほしい。

 今回だけは礼を言うぜ。なにせ、僕の命にかかわることだからな!


「とにかく、チャンスだ。一気に畳みかけ――ありゃ」


 立ち上がろうとして床に手を置くと、身体に力が入らない。


「む、無茶です。これだけの血を流していては……どうして生き返ったのかも不思議なくらいですよ」


「生き返った?」


「そうです。さっきまで脈が無かったです」


 マジで……?



 つまりあれだ。さっきの自称先代の勇者が言っていたことは的中してるんじゃね? ってことになるわけで……勇者は特権で三回死ねるってことだ。


 勇者、ズルくね?


 いやまあ、勇者だからありなのかもしんないけど。ゲームとかだと無限に復活するし。

 そう考えると……有限ってところがなんだかなぁ。


 でもまあ、この場合は僕だけどさ、これ魔王の立場だったらブーイングもんじゃん。とりあえず、あのときあいつに斬られなくてよかった。

 発覚したらさらに逆恨みされそうだもんな。


 ま、ラッキーってことで。よしよし。



「ふっ、モルちゃん、勇者に常識なんて通じないのさ」


「さすがです。意味不明ですけど、キザですよ」


 しかし、身体に力が入らないことは事実。

 見たところ、アビスはそろそろ氷の拘束を破壊しそうだ。


 モルちゃんにエリカちゃん達を呼んできてもらって……それだと、間に合いそうにないな。

 この黒い煙が無けりゃ、僕らの事も見え……あ、それだ。


「モルちゃん、この煙を吹き飛ばせる?」


「え!? さ、さすがに無理ですよ。わたくしは光魔法しか使えないです」


「そっか……あ。もしかしてシュネーさん、ここにいるの? いるならさ、少し手を貸してほしいんだけど」


「勇者様、何を言ってるです? シュネーさんは雪女の――」


「これしか方法はないよ。それにエリカちゃんがいないと、二人揃ってあいつに殺される。シュネーさん、頼むよ。戻ってきたいなら、いつだって便宜図るからさ」


 出来るだけ小さい声で、エリカちゃんには聞こえないようにお願いしてみる。


 すると、どこからともなく肌寒い風を感じ始めた……と思ったら、突如吹雪が巻き起こり、ビュオオオオオオオッッッ!! と黒い煙を一気に吹き飛ばした。


 その反動でヒビの入っていたアビスを拘束していた氷も砕けるが、それはそれでエリカちゃんとシュネーさんにとっては好都合だろう。



「い、今のはなんだ……何が起こって、私の迷いの煙が……ありえない。今の吹雪は、一体―――ありえない、ありえないっっ!!」



 アビスはショックを受けているのか、その場で頭を掻きむしっている。


「もぉ! 今の風なんなの、よ……って、勇者! モル!」


 吹雪の影響で煙が吹き飛ぶと、案外近くにいたエリカちゃんとロイエちゃんがこちらを発見して駆け寄ってきた。


「って、なによその血の量……!」

「す、すぐに治療しますね!」


「頼みますです。傷口は何故か塞がっているですけど、血の量が足りないですよ」


「任せてください! えっと、こういう時の判例は――あった。いきますよ!」


 救急車に乗ってる人のような手際でモルちゃんがロイエちゃんに伝えると、ロイエちゃんは手に持っている分厚い本をぺらぺらとめくり、詠唱を始める。

 何を言っているのかは聞き取れないが、ロイエちゃんは額に汗をにじませながら懸命に文字を読んでいった。




「おのれ、おのれ勇者……貴様のような存在がいるから、我々は絶望しなくてはならない!!

 何も決めなければ、誰が傷つくこともない! 私の父のように、生活に困ることはないのだ!

 このような無益な戦いを続けているから……ああああああああああああ!!!」




 アビスはひとしきり叫び、こちらを血走った目で睨んでくる。


「もっと迷いを! 我らに迷いを与えたまえ!!」


「いい加減にしなさいよ! 救済の使徒!」


 しかし、奴の視線を遮るようにエリカちゃんが前に立つ。

 凛とした立ち姿で、背中が画になっていた。無茶苦茶かっけえ……。


「私に許可なく勇者を傷つけてんじゃないわよ……借金を返還してもらうまで、誰にも殺させないんだから!!」


 あれー。


 魔王を倒すためじゃなく、旅の過程で借金の取り立てに変わってる。

 僕、間違いなく勇者なんですけど。死んだときに勇者に会ったんですけど。


「ロイエ、治療に専念して。モル、援護お願い」

「はいです」


 ……もう、エリカちゃんが勇者でいいんじゃね? と、何度思ったことか。



「ふふはははははっっ!! いくら貴様らが束になってきたところで、私の迷いの煙の前で、は……な、何故だ? 嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ!!」



「……なんか、勝手に崩壊し始めたわよ」


 エリカちゃんの言葉通り、アビスは指を何度も鳴らし、仕舞いには皮膚が擦り切れそうなほどにまでなっていく。

 普通なら止めた方がいいのだが、その光景に圧倒されて誰も何も言えなかった。


「どうやら、敵に誤算があったみたいですよ」

「それなら、息の根を止めるしかないわね」


 こえー。エリカちゃん半端なく怖い。悪役のセリフじゃん。

 けど、めっちゃ頼りになる。

 考えてみれば、キマイラよりは迫力も力もないはずだ。エリカちゃんの敵になるはずが――。



「……退却します」



「「「え?」」」



 僕らの声が重なった。

 アビスは指を鳴らす試みを中断したかと思うと、急に真顔に戻り、こちらを見るなり急にそんなことを言い出したのだ。

 あまりにも拍子抜けだったが、エリカちゃんは誰よりも先に我に返り、すぐにアビスに向けて走り出す。


「逃がすわけ、ないでしょ!!」


 ヒュンッ!


「――!?」


 エリカちゃんが剣を振り切るが、アビスの身体を簡単にすり抜けてしまった。

 もしかして、実体じゃないのかよ、あれ。


「やられたです。エリカさん、もう逃げられてしまったですよ。相手は錯視魔法の使い手……こうなれば見つけることは不可能です」


「ちっ……。まあいいわ。ロイエ、勇者の治療はどう?」


「……ふぅ。なんとか血の量を戻しました。勇者様、立てますでしょうか」


 ロイエちゃんに促されて立とうとして見ると、先程のような立ちくらみは襲ってこない。


「おぉ、大丈夫みたいだ」


「良かったです……。しかし、救済の使徒の、あれは恐らく司祭クラス。大きな敵を逃がしてしまいましたね」


 ロイエちゃんの言葉に、僕等は変な空気になった。

 しかし、よく死ななかった……死んだけども、無事でよかった。


「今度会った時は、絶対にぶった切ってやるわよ」


 エリカちゃんの恐ろしい呟きは聞き流すことにし、とりあえずは地上へと戻ることを提案する。

 即賛成で、僕らは遺跡から出た。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



「危なかった……我が信徒の為にも、あの場で死ぬわけにはいかないですからね」


 アビスは遺跡を出て戦場から離れる。


 救済の使徒の司祭は六名。

 その六名には特別な力「救いの御業みわざ」と呼ばれる魔法とは違った力を与えられていた。


 先程までは正常に使えていたのだが、急に使えなくなり、アビスは逃走の判断をした。


「本部に戻りますか……」


 疲れと共に溜息をつき、本部に戻ることにしたアビスは、そのまま沿岸へと向かおうとする。

 しかし、数歩歩くと、その先に信じられない姿を見た。


「――!? きょ、教祖様? 教祖様ではございませんか!!」


 教祖。それは救済の使徒を発足し、アビスたちに力を与えてくれた御方。


 彼女は女性であるということ以外すべてが謎に包まれている。顔も布で隠し、真っ黒なローブで全身を覆っていた。身体の形もわからず、声も何らかの方法で変えているため未知に溢れている。


「久しぶりですね、司祭アビス。迷いの普及はどうですか?」


「それはもう、十分でございます。しかしながら、救いの御業が使えなくなりまして……」


「使えない……そうか。やはり不良が生じたか」


「教祖様、私はどうすればいいのでしょうか」


 アビスが訊ねると、教祖はゆっくりと近づいてくる。


「アビス、お前に救いを与えましょう」

「おぉ、まさか教祖様から頂けるとは。それはどん――な?」


 両手を差し出そうとすると、アビスの口の中に血液が逆流してきた。


「こ、これは一体……ごふっ」


 血を吹きだすと、アビスはそのまま俯せに倒れ込んだ。

 教祖はそれを見下すと、ニヤリと笑う。


「きょ、きょうぞざば……わ、私に、なぜこのような……。か、可能性を。私に弁解の余地を……」


「あなたはよくやってくれましたよ。生まれ故郷のこの大地で死ねるのなら、本望でしょう? アビス=デデ」


「ぞ、ぞんな……ぐふっ、ごぱっ……」


 ベシャッ。

 アビスは大量の血を吐き出すと、痙攣して動かなくなった。

 教祖はそれを見てから一つ溜息をつき、ぶつぶつと独り言を呟き始めた。



「ふぅ……。まったく演技も疲れるが、まあ収穫はあったか。

 迷いの黒煙は人間の汗腺を利用した術だが、体温が下がるような状況に陥ると術が発動できない、か。

 それにしても途中のあれは、あいつが絡んでると見て間違いないが、あの御方の命令だろうか。

 ――となると、これからの人間へのコンタクトは極力避けるひつようがありそうだな。

 目的の成就のためにも……待っていてください、魔王様」



 そう言った次の瞬間にはもう、彼女の姿は消えていた。








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