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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第七章 「クズ勇者、狙われる」
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第七章15 『迷いのアビス』



 勇者一行は戦争が救済の使徒の仕業である可能性を見出した。

 その真相を確かめる為に戦場へと出向いたのだが、勇者だけが迷子となってしまう。

 そんな勇者を探すエリカ達は見つけた遺跡の内部へと進み、そこで謎の集団と出くわした。

 その一方で、勇者は何処ともわからない場所にいた。




 あれ、僕何して……。寝てたのか?


「まさか、本物に出会えるとは……光栄ですよ、勇者様」


「――!? な、何だよお前。つうか、ここどこよ」


 憶えの無い眠りから目を覚ますと、随分と暗い場所にいた。

 それに身動きが取れず、見ると全身を柱のような物に縛り付けられている。

 そして目の前には、気色悪い無精ひげの男がニヤリと笑っていた。


「いい質問ですね。ここは遺跡の内部です。我々はここを拠点に同胞を増やしています。そろそろこちらの大陸にも救いを与えなくてはいけないとのことで、私がその役目に選ばれたのです」


 救い……もしかして、こいつらが救済の使徒か?

 周りを見ると、似たような服装の連中が大勢いる。

 モルちゃんが言ってたけど、この大陸は勇者信仰に篤いんだよな?


「救い……ってどういうことなんだ?」



「ほぅ、知りたいですか。ならば静聴せよ!!

 この世界には、あなたを恨む者、人間に絶望する者、救いを求める者……つまり、迷える者が多すぎる!!

 しかし、迷うことこそが争いを失くすための感情なのです!! 決断は悪。迷いこそが救いであり、正しき行いなのだ!!」



 痩せこけた眼鏡の男は、そう言って天を仰ぐようにすると、急に声を荒げ始めた。

 完全にやべえ奴じゃね? 話しても通じないし。

 これって、視線合わせちゃ駄目な人じゃね?


「迷いが人を狂わせるのでしょうか? あなたはどう思われますか?」


「え、僕? そ、そうだなぁ、そうなんじゃないっすかね?」


「これだから人は衰退するのだ!! どう思うかと問われたら、まずは迷いなさい。そして最後まで迷い、決断してはならない!!」


 男は紫色のローブを躍らせるように、自身もまた激しい感情を全身で表現しており、ぼさついた長髪をかきむしりながら、その度に頭皮の垢を飛ばしていた。


「あ、あのー」

「なんですか!?」

「あ、いや、その、この状況が呑み込めないんすけど」


「……成程」


 眼鏡をクイッと上げ、男は細い両腕を広げる。


「先程申したように、ここは我ら、救済の使徒が使う拠点です。あちらにいる方々は、救いを求めし者たち……私を慕う迷いの信徒です」


「へぇ……」


 見ると男女問わず、更には子供から老人まで幅広い層の人間がいた。

 皆、白い長袖長ズボンに身を包み、食事の用意や勉強などをしている。


 こうしてみると、この野郎だけ、どこか感じが違うな。

 リーダー、班長、責任者……そういったポジションなのかもしれない。

 

「あ、あのさ、そろそろ縄解いてくれない? ほら、救済してくれよ」


「……何を言っているのですか? 縄を解くことはありませんよ。数時間後に、あなたを火刑に処しますからね」


 火刑……マジで?


 ちょいちょいちょい! ピンチじゃね?! モルちゃん達の予想と大きく反してね?!

 つうか、何で僕一人なんすか!! みんなどこだよ!!


「ま、迷わないんすか? その、火刑って選択」


「救済を……」


「え?」



「救済救済救済救済救済救済……救済を、ウオオオオオオオオオオオオ!!」



『救済! 救済!』



「迷いを与えたまえ、決断を滅したまえ!! 迷い続け、我らは完全なる平和を手に入れるのだ!!」



『迷いこそすべて。迷うことこそ救済』



 いやあああああああああああ!!!!!!



 ヤバイヤバイヤバイ!! 聞こえてないし、かなり危険な状況じゃん!!


 こいつら、超キモいんですけど!?

 いきなり叫び出して、周りの連中もそれを見てから似たように唱え始めてんじゃん!! しかも少しのズレもなく、完璧に声が一つになってるんですけど!?



 何だよこの空間、帰りてえええええええええ!!



「どうですか、憎き勇者様」


 なにその、急に平常心。怖いって。


「ど、どうと申されましてもね……なにさっきの。打ち合わせ?」


「我らの心は、救いを求める希望で繋がっている。故に、合わせる必要などない」


 ついていけねぇ……。



「申し遅れましたな。私は救済の使徒にて司祭を務めています。”迷いのアビス”と、ご記憶ください。まあ、すぐに死んでしまいますがね」



 そう言って迷いの……面倒だな。とにかく、アビスは物凄く気味悪い笑みを浮かべた。

 あれ、この笑顔……どっかで見たことある気がする。

 なんだっけ、えっと……もしかして会ったことあるのか?


「すまん、フルネームはなんて言うんだ?」


「家族名は捨てているので」


「あ、そっすか」


 気のせいか……な?


 しかし気のせいでないのは、僕が最もピンチに陥ってる事だ。

 しかも、魔物と対面しているのではなく、ある意味恐ろしい連中と対峙し、行動不能で丸腰という絶体絶命の状況だ。


 誰か、助けてください。



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ――その願いが通じるのは、かなり早かった。


「……これは、まさかここを見破られてしまうとは」


 そう言ってアビスが笑うと、眼鏡を外してそれを握りつぶす。

 その後、どこからか眼鏡を取出し、再び装着した。

 意味、なくね?


「勇者!! 助けに来たわよ!!」


「エリカちゃん!! モルちゃんとロイエちゃんも!!」


 空間に声が響き渡る。

 声の先には三人の姿があった。肩で息をしており、かなり汗をかいている。


「待ってなさい、今そっちに行くから!!」


「迷いなき判断ですね……実に悪に染まりきっている。そんな方には、救いを与える必要がありそうです。皆さん、存分に救済を与えてあげましょう」


 アビスの声で白服の連中が武器を手に取って構え始める。


「さあ、存分に救いを与えてあげましょう!! 迷い、迷い、迷い、迷いきることこそ平和への第一歩なのですから!!」


 アビスは指をパチッッと鳴らし、そこから見覚えのある黒い煙を生み出した。


「勇者様!!」


 モルちゃんの声が聞こえたが、すぐに視界が遮られた。

 遺跡全体が黒い煙の中にあるようだ。


 そんな中で、剣の打ち合う音や衝撃音など、色々な音が混ざり合うようにして聞こえてくる。


「どうなってんだよ、何も見えなくなってんじゃねえか……エリカちゃん! モルちゃん!!」


 二人の名前を呼んでみるが返答はない。

 くっそ、せめてこの縄が解けたら……!!


 僕が縄を解こうとしていると、足音が前から迫ってきた。

 煙の中に人影が映し出され、ぬっとアビスが現れる。


「何をしているのかな、勇者様」


「あ、あはは……なんとか縄解けねぇかなって」


「やはり勇者か……救いの御業が通用しないとは……くっ! 憎い!!」


 ん? なんかよくわからんが、奴は戸惑っているようだ。

 頭を掻きむしり、悔しそうにこちらを睨んでくる。無茶苦茶怖いんですけど。


 しかし、僕もどうすることも出来ない。脱出を図ろうにも、ナイフを忍ばせているわけでもなく、スパイ映画でよくある脱出方法で華麗にスターを飾ることも出来ない。


「救いようのない害悪め」


「え?」


「やはり、救いを手に入れるためには、あなたは非常に邪魔な存在のようです。皆さん、こちらにやってきなさい。あなた方の手で彼を葬ってあげましょう」


 アビスが声をかけると、先程の白服の連中が大量に煙の奥から出現してきた。



『勇者、殺す』



 合唱団ばりの息の合い様だ。白服の連中は一歩一歩を同時に踏みしめ、じりじりと間合いを詰めてくる。

 縄解けず、依然としてピンチって感じだ。


「あ、あんたら、僕に恨みでもあんの?! さすがに生前は恨みばかりだった気がすっけど、こっちに来てからはそんなに……あれ、そうでもないか?」



『勇者、殺す』



 一歩。一歩。


「ちょ、ちょいタンマ! えっと、ああっと、ぬぐぐぐ……あ、そうだ。お前達、こういう時は迷わないんだな!!」



『――!!』



 よし、明らかに動揺してんじゃね?!

 散々迷いが正義とか言ってたみたいだけど、ここ言われたら戸惑うよなぁ。



『迷いが、全て……殺すのは、決断??』



 信徒の一人がそう言い出すと、他の信徒も同じように混乱し始めた。

 一つの事を信じる連中はそれが揺らぐと弱い。ホスト時代に散々人間を見てきたから、そういうのはわかるんだよな。

 そして、信じるものが大きければ大きい程、制約も大きくなる。


「な、何をしているのですか?」


「無駄だぜ。連中はあんたを信用してるから、今の言葉で矛盾を感じるはずだ。あんたの教え通りにな」


 アビスは僕の言葉に目を見開き、白服の連中を見る。

 プルプルと震えた後、フッと力を抜くと、こちらを見る。


「仕方ない。……私が直接手を下しましょう」

「は?」


 アビスが剣を白服から奪い取り、それを左手に持った。


「あなた方は、もう用済みです」


 アビスがそう言って白服の連中に手をかざすと、白服たちは急にバタバタと倒れ始める。


「お、お前、何したんだよ!」


「救いですよ。彼らはもう、迷う必要もない。この世界という絶望から解放されたのですからね」


 こけた頬を釣り上げて、アビスが笑う。

 こいつ、完全にヤバい奴だ。


「お前を慕ってたんじゃないのか? それを、どうしてこんな……」


「単なる魔力の補給源ですからね。彼らに感情を抱くことはありませんよ」


 単なるって……こいつ、なんかムカつくな。

 けど、僕の絶体絶命には変わらない……どうすりゃいいんだよ。


「何を言っても、これで終了です。ははははは!!」


 アビスが剣を振りかぶる。


 やべえよ。この短時間で何回ヤバいって思ったか知らねえけど、これが一番ヤバいっての。

 こういうタイプにはさっきみたいな話なんて通じねえし、なにも出来ねえ……。


 エリカちゃんかモルちゃん! 助けてくれ!


「懺悔の時です!!」

「そうはさせないわよ!!」


 キィィィイン!!


 剣が振り下ろされそうになった瞬間、黒い煙の中に飛び込んできたエリカちゃんが、アビスの剣を防いだ。


「勇者、ボサっとしてんじゃないわよ!!」


「エリカちゃん……!」


 煙の中を駆けつけて来たエリカちゃんが目の前に立ち、目頭が熱くなりそうだった。


 モルちゃんも、こちらへとやって来る。


「勇者様、すぐに縄を解くですよ」


 そう言ってモルちゃんが縄を解く。エリカちゃんがアビスに睨みを利かせており、あいつも動けないようだ。

 縄をナイフで切られ、ようやく自由を取り戻す。締め付けられていた部分が擦れたのか、随分と痛かった。


「勇者様、剣ですよ」

「あんがと。よし、これで形勢逆転だな!!」


 アビスに剣を向けると、奴は下唇を噛みしめる。

 そして何かを呟くようにして、ニヤリと笑い始めた。


「あは、あははははは。さすが勇者と言うべきでしょうね。驚きましたよ。どうして、目の前の光景が真実だと迷いなく言えるのでしょうね?」


「は?」


 ズブシュッッ!!


「え――――――?」


 何かが身体の中に入ってきた感覚と共に、ドクンドクンという音が、耳の内側……頭の中で聞こえ始める。

 そして次の瞬間には激痛が全身につき抜けた。

 なんだこれ……ヒトミちゃんに刺された時、み、たい……。


「――ごふっ」


 ベチャリ。と血の塊が口から出て来た。

 逆流してきた血液で口の中は血の味を感じる余裕もない程、血の海になっていた。

 

 あれ、どうしてこんな……。


 自分の身体を見ると、二本の剣が突き刺さっている。

 一つは先程縄を切ったナイフで、もう一つは剣。

 その手元を見ると、エリカちゃんとモルちゃんの姿が見えた。


「な、んで――」


 バタリ。

 そのまま僕は、意味も解らないまま激痛で意識がとんだ。







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