第七章13 『煙の中で』
エスタ王国とファダムード王国の戦争を止めるべく、勇者一行は弁護士のロイエに協力を頼む。
反勇者を掲げる犯罪組織「救済の使徒」が今回の戦争に深く関与していると考えたモルは、勇者に戦場の中心で自らの正体を明かすように指示する。
果たして、どうなってしまうのか。
「どうやら、開戦したようです」
翌朝、僕達はロイエちゃんと共に拠点から戦場の方向を見上げていた。
黒い煙が立ち上り、戦闘が開始されたものと見える。
「こう考えてみると、あの煙、実際は救済の使徒が作ってるものかもしれないわね」
「あり得るです。カモフラージュとしては最適ですよ」
なんすかそれ。確実にいるってことじゃん。
行き、たく、ねぇ……!
昨晩は不安でよく眠れなかった。――ってことはなかったものの、あれを見ると更に嫌になってくる。
「勇者、行くわよ」
「……」
「大丈夫よ、あんたは私達が護るから。安心して正体を晒してきなさい」
不安だ。
しかし引き返す選択肢を与えられることなく、僕達は医師団の連中を起こさないようにして、拠点を出発した。
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アットバット遺跡へとやって来た。
遺跡は遠くから見えていた通り黒い煙が中央付近から立ち昇り、辺りは少し視界が悪い。
モルちゃんに従って注意深く歩いていくと、戦闘中の兵士たちが見えてくる。
「うわ……なんじゃありゃ」
これまでよりも増して近くで見る戦場は、人の多さに腰が引ける。
しかし想像していたものよりも激しくなく、やはりどこか変だった。遺跡の建造物を避けるように広いところで戦っているのだが、迫力に欠ける。
「突入するわよ。あの様子だと、私達が襲われることはなさそうね」
「エリカちゃん、心の準備が……」
「さ、行くわよ」
鬼かよ!!
僕はエリカちゃん、モルちゃん、ロイエちゃんに囲まれるようにして戦場を進んでいく。
兵士たちからは奇異の視線を向けられ、何度か剣を向けられそうになったのだが、何かに阻まれたかのように、連中は剣を振り抜くことはなかった。
戦場の中は異様な環境で、遺跡の中央に向かうにつれて黒い煙で更に視界が悪くなってきた。手元も見えないくらいの煙だ。
「なんだよこれ……もう何にも見えねぇ」
「気を付けてください。もしかしたら、火事が起きている可能性も……」
「ロイエさん、その可能性は薄いと思われるですよ。これだけの黒煙の量です。火の手が一向に見えないのはおかしいです。それにこの煙、魔法で造られた偽物です」
「偽物?」
モルちゃんの言葉に、試しに臭いを嗅いでみると、確かに無臭だ。
「やっぱり、カモフラージュみた……いえ、違うかもしれないわね」
「は? エリカちゃん、何言って――」
そう言って振り返ろうとすると、後ろを歩いていたエリカちゃんの姿が無かった。
「あれ? もしかしてはぐれたのか?」
「ど、どうしましょう!!」
「と、とりあえず落ち着こう!! エリカちゃんの事だからきっと――」
僕とロイエちゃんが慌てる中、モルちゃんは一人冷静にこちらに歩み寄ってくる。
そして杖を構えて僕に何かを唱え始めた。
「……モルちゃん?」
「これで大丈夫です。しかし、やはり錯視系統の魔法の使い手だったですよ。エリカさんとはぐれてしまったです」
何いまの。めっちゃ気になるんですけど。
「こ、これからどうするんですか? ど、どこから兵士の方々が襲ってきても不思議じゃないですよ?」
「確かに……モルちゃん、引き返した方がいいんじゃ――」
「大丈夫です。遺跡の形状は記憶してるですよ」
え……マジ?
昨日のあれって、もしかして形憶えてたのか? 天才じゃん。
「周囲が見えないのは他の方々も同じです。こんな中にいたら、方向も現在地も見失うです。……とりあえず、中央にある建造物へと向かうですよ」
そう言ってからモルちゃんが手を握ってくる。
そうか、これならはぐれないな。
「行くですよ」
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モルちゃんに導かれるようにして、僕とロイエちゃんは遺跡を進む。
あちこちで声が聞こえてきて、黒い煙の中、僕はどこにいるのかすらわからない。
建ち並ぶ建造物を幾つか通り過ぎたところで、ようやくモルちゃんが足を止めた。
「これが中央にあった建造物ですよ」
目の前には一つの建物があった。雨風を凌げるようなスペースと、ドーム型の屋根。それだけで特に部屋があるわけでもない。
この建造物だけは、僕もさすがに憶えていた。下を見ると、ちょうど二つの大地の色を跨がるように造られている。
「勇者様、お願いするです」
到着するなり、モルちゃんはこちらを見てそういった。
この子、本気だ。
「おいおいモルちゃん、本気で言ってるのかな? こんなことさせたら、モルちゃんのこと好きになれないよ?」
「わたくしは好き嫌い関係ないです。子作りできればそれでいいですよ。どうしてもと言うなら、魔法で拘束してもいいです」
「……ま、そうなるよね」
モルちゃんはブレない軸をお持ちのようだ。見習いたい……。ま、無理だろうけど。
「……っし」
腹くくるか。
僕は建造物の下に入り、なんとなく中心っぽい位置で肩幅に足を開いて立つ。
モルちゃんに視線を送ると、静かに頷き、ロイエちゃんはハラハラしながらこちらを見ていた。
もし、ここに救済の使徒って連中がいれば、名乗った瞬間に反応があるってことだ。
ええい、勢いに任せるしかないか。これまでの人生、大体勢いで生きてきたようなもんだからな!!
「この戦場の連中に、報告がある!! 心して聞け!!」
柄にもなく大声を張り上げると喉が変になりそうだ。
そうだ。カラオケだと思え。明日は喉が潰れてもいい。その分、僕の手柄をアピールして、今度こそ豪遊してくれる!!
「僕こそが、新たな勇者だ!!!!」
そう叫んでみるが、戦場は変わらず静まり返っていた。
めっちゃ恥ずいんですけど。
「あの、モルちゃ――」
恨みがましくモルちゃんに抗議をしようとした、その瞬間だった。
「え?」
先程まで立っていたモルちゃん達の姿はなく、その代わりに大勢の白服を着た集団に取り囲まれていた。
連中はただ一点を見つめるようにこちらを見てくる。
すげぇキモい。
早いとこ、モルちゃん達と合流しないと――。
「……あ、すんません。僕用事あるんで、そいじゃ」
「ようやく会えましたね、災いの象徴」
「は?」
男の声。掠れていた不気味な声が耳元でささやかれると、次の瞬間にはもう、視界がブラックアウトしていた。