第七章9 『癒しの弁護士』
海を渡るには戦争を止める必要があった。
勇者一行はエスタ王国とファダムード王国の戦争を止めるべく、中立の立場を築いている「戦場の天使」に会うことにした。
戦場の手前で様子を窺い、一旦の収まりを見せた頃合いにアットバット平原の中央にある小さな遺跡へと足を運ぶ。
戦場へと足を運んだ僕達がやってきたのは、アットバット平原にある遺跡「アットバット遺跡」だ。
エリカちゃんが言うには、アットバット遺跡は今までも戦闘の中心にあったらしく、この遺跡を制する勢力こそ勝者とされてきたらしい。
何とも単純な戦いだ。
ちなみにこの遺跡、面白い具合に二つの大地の色を分ける中心に立っている。つまり、そういうことだろう。
「ここが、アットバット遺跡……錆びてすごいな」
「海風に晒されていて保護が難しいようですよ。専属の魔法使いもいないみたいですから……くすくすっ、時代遅れです」
なんか、魔法使いの話題になるとモルちゃんが生き生きしてる気がする。
初めて見たけど、一番表情豊かなんじゃね?
遺跡はよくわからない物質で出来ていて、所々錆びている。
入り組んだ形というわけではなく、建造物が所々に建っている。
「ふうん……連中、一応は保護するつもりらしいわね」
遺跡を眺めながら歩いていると、エリカちゃんがそう言った。
「ホントに? あそこにもあそこにも、剣が落ちて血が飛び散ってるけど」
「でも、遺跡の建造物には傷一つない。こんなことに気を遣うのなら、本当に馬鹿みたいな争いをやめてほしいわよ」
「その通りです。判例にも、無益な争い程、無意味なものはないとあります」
エリカちゃんが吐き捨てるように言うと、それに答えたのは僕でもなくモルちゃんでもなかった。
「「「え???」」」
透き通った声に反応し、声のした方向を見た。
するとそこには、遺跡の影から姿を見せる黒いマントの女性と、彼女の後ろには白衣の軍団が見えた。
もしかして、この人が……。
「あなた方は?」
エリカちゃんの問いかけに、淡いブロンドを三つ編みにした純朴な美少女は口を開く。
「我々は、この戦争で医師団として活動しております。中立の立場と認識してもらっても構いません。あなた方は?」
「私達は勇者一行よ。こっちが勇者で、こっちが魔法使いのモル。私は戦士のエリカ」
「――! まぁ、勇者様ですか。これはさすがに判例が無いですね」
そう言って彼女は手に持っている分厚い本をぺらぺらとめくり、目を丸くする。
「あなたの名前、教えてもらってもいいかしら?」
「あ、すみません。自己紹介を遅れるとは判例にありませんね。私の名前はロイエと申します」
ロイエちゃんっていうのか。こういうタイプの子も可愛いよなぁ。
デートなら鉄板の図書館だろ? それに書店めぐりが好きなタイプと見た。あまり騒々しい所は好きじゃないね。
見た感じ、年下の雰囲気だ。モルちゃんよりは上だろうけど、顔が幼いから何歳って言われても驚きそうだ。
「ロイエね。あなたは医者をしてるの? 後ろの方々はそう見えるけど、あなたの格好は不思議ね」
「私は医者ではなく弁護士です。後ろの方々は、私の意思に賛同してくれた王国のお医者様方です」
「へぇ……」
弁護士……マジか。なんとなく格好は弁護士のような服装だけど、まさかだった。
前の人生で何度か世話になりそうだったから、余計に鳥肌が立つ。
「でも弁護士なのに、戦場で医師活動をしているの? 聞いたところによると、率先して一人で始めたんでしょ?」
「治癒術を使えたものですから。しかし、これは判例通りかと思いますよ。救える命があるのなら、救う。私はその為に治癒術を身に着けているのですから」
治癒術を使えたからって居合わせた戦場にやってくるとは、もしやモルちゃんのような変人なのか?
「そっか……私達もこの戦争に反対してるの。よかったら、あなた方に加わることは出来ないかしら?」
エリカちゃんがしれっと頼むと、ロイエちゃんは本をぺらぺらとめくってから驚く。
「まさか勇者様一行から助けをいただけるとは、判例にはありませんが、光栄なことです。是非、こちらからお願いします」
「ええ、任せてちょうだい」
そう言ってからエリカちゃんはドヤ顔でこちらに振り向く。
こうして僕等はロイエちゃん率いる医師団との合流に成功した。
「じゃあ早速ですが」
「なにかしら?」
ロイエちゃんの言葉にエリカちゃんが身構えると、彼女はニッコリと笑って僕らの後ろを指さした。
「まずは負傷者の手当てに向かってもよろしいでしょうか?」
「……え、ええ。そうね」
これにはさすがのエリカちゃんも反論しなかった。
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医師団と合流し、遺跡に取り残されていた兵士たちの救護に当たると、ロイエちゃん達は手際よく彼らを治療していく。
「痛くないですよ。判例では回復に向かうはずです」
「ありがてぇ……」
忙しくロイエちゃん達は動き、倒れていた数名の兵士たちを助けて行った。
驚いたのは噂通り、彼らがどちらの兵士も分け隔てなく助けていることだ。
「本当に、ただの弁護士なのです?」
隣に立って彼女達の手際の良さを見ていたモルちゃんが不意に言葉を吐く。
「モルちゃんは信用できないの?」
「はいです」
この子は意外と、初対面の人を疑う傾向があるよな。
シュネーさんの時も真っ向から疑っていたし。
「今回のモルの意見は、きっと正しいわね」
「エリカちゃんも?」
「あんたは知らないだろうけど、治癒術ってね……ただの弁護士が身に付けられるほど簡単なものじゃないのよ」
そうなのか。ゲームとかだと普通に出てきてたから、そういうのは考えたことない。
でもそうか。言ってみれば医者だもんな、高学歴ってことじゃん。
すごくね?
「……どうやら、治療は終わったみたいね」
エリカちゃんの言葉通り、ロイエちゃんは小走りでこちらに駆け寄って来た。
「終わりましたよ。それで先程の話の続きですが――」
『おおおおおおおおおおお!!!』
協力の件を話そうとすると、遠くで雄叫びのような声が聞こえてくる。
もしかしてこれって、やばいやつじゃね?
「あらら、本日は二度ですか。すみません、勇者様方。話の続きは我々の構えた拠点で構いませんか? さすがにここに留まると我々が怪我をしてしまいそうです。判例にもそうありますので」
「そうね。拠点に連れて行ってもらえるのなら、そうしましょうか。それでいい? 勇者様」
「あ、うん」
「わたくしも同意見ですよ」
「全会一致のようですね。正しい判断かと思います。では参りましょうか。遺跡の近くに構えてありますので」
ロイエちゃんのほがらかな笑顔に癒されつつ、僕等は彼女に従って医師団の拠点へと向かうこととなった。