第七章6 『雨の中の野営』
勇者一行は海を渡るべく港町リリーフのあるファダムード王国へとやってきていた。
そこでガイゼフという海の男に出会うことになり、彼に出航を頼むのだが、王国側に港を封鎖されていると語る。
彼の協力も得られず、勇者たちは町を出ることとなった。
「うっわ、あのオヤジの言ってたように雨降りそうだなぁ」
町を出ると夕方だった。
雲が空に敷き詰めていて、いかにも降りそうだ。
「本当に宿に泊まらないの?」
僕がエリカちゃんに訊ねると、エリカちゃんは怒った顔で頷く。
「あんな寂れた町に泊まるくらいなら、野営した方がマシよ」
「野営ねぇ……」
つまりキャンプか。
確かにエリカちゃんは道具一式を持ち歩いているみたいだけど、野営は初めてとなる。
しかし、エリカちゃんもガイゼフというオヤジ同様に頑固だ。
なぜかエリカちゃんは宿に泊まることすら拒否し、僕等はとばっちりで町を出てから右方向に歩かされている。
「勇者様、雨の中の野営……」
「モルちゃんも嫌だよね」
「いえ、興奮するです」
この子はそういう子だったな。
それからしばらく歩いて、僕たちはちょうどいい砂浜の岩陰を見つけると、そこで野営することに決めた。
「ここね。よし、設置したわよ」
エリカちゃんは何やら平べったい布のようなものを袋から取り出し、岩陰の所で四角い形に広げてみせる。
「もちです」
モルちゃんは打ち合わせしたかのようにエリカちゃんが広げた道具の前で杖を構え始めた。
すると、広げられたテント一式のようなものは光を帯びて一気に拡張し、立体のテントが出来上がる。
「何この技術……すっげ」
「勇者様は拡張テントを知らないんです?」
「知らないよ、普通……」
「相変わらず変な人です。普通は知ってるですよ」
ここだけは、異世界の方が発展していると見せつけられた瞬間だった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
テントの中に入ると、そこは普通の広さで三人は余裕に寝られそうな空間だ。
しかし何もない。やっぱ宿屋の方がよかったなぁ。
「勇者、何か言いたいことでもあるの?」
「いえ、何もないです」
テントの中では何もすることが無く、買っておいた干したパンを食べてからすぐに横になった。
ちなみに僕はテントの端に寄せられ、女性陣とは布で仕切られている。
僕、そこまで野獣じゃないんだけど。
「いいです? こちらに来た場合、結婚してもらうです」
「モルちゃんはそっちの方がいいんじゃないの?」
「……今からそっちに行くです」
「モル、やめなさい」
「ぶう」
助かった。エリカちゃんに止められたようだ。
「「「………………」」」
その後、静寂が訪れる。聞こえるのは雨の音と海の音。
天井の布を見つめながら、不思議な感覚に陥った。
考えてみると、こうして三人一緒に寝ることは初めてだからだ。
それに、アウトドアも久しぶりで、なんだか楽しい。
「勇者様、起きてるです?」
「あ、うん。起きてるよ」
「エリカさんから、提案があるとのことです」
「エリカちゃんが?」
何だろう。
耳を澄ませると、エリカちゃんの咳払いが聞こえて来た。
「二人に提案したいんだけど、港の出港を待つより、私達で戦争を止めた方が早いと思うのよ」
エリカちゃんの提案に、僕もモルちゃんも少し言葉を呑んだ。
戦争止めるって、無理じゃね?
いや、無理無理無理無理!!
「それはさすがに無理――」
「エリカさん、さすがに三人で止められるようなら争いが発生しないです」
どうやらモルちゃんも同じ意見だ。
しかしエリカちゃんは何も言わない。
嫌な予感しかしない。
「だったら何? 終わるまで待ってる気?」
「それは……」
ここで負けちゃ駄目だよモルちゃん!!
ここは僕が――!
「エリカちゃん、ラスべスに行くのはどうかな。時間を潰せると――」
「却下よ」
ですよねー。
「とりあえず行く場所もないわ。明日、戦場の近くに行ってみましょう」
こんな時、シュネーさんがいたら暴走を止められそうだけどなぁ……はぁ。
けどまあ確かに、この戦いがいつ終わるのかもわからないんじゃ、だるいよな。
「そういうことなら、明日判断するですよ」
「もちろん、そのつもりよ。さすがに無理だと感じたら引き返すわ」
引き返す! それってもしや――。
「それってラスべス!?」
「シュテム王国に決まってるでしょ。馬鹿なの?」
馬鹿ですが何か?
雨の中はじめての野営。
先程までは懐かしいアウトドアに心を躍らせ、海の音に耳を澄ませていた僕だったが、エリカちゃんの提案によって不安が満ちた。
寝たふりすりゃよかったのか……。
こうして勇者一行は、戦場を目指すこととなった。