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社畜魔王とクズ勇者  作者: 新増レン
第七章 「クズ勇者、狙われる」
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第七章5 『頑固な港』



 勇者一行はシュテム王国を出立し、関所を越えてエスタ王国へと入国する。

 しかしその先は、二つの王国、エスタ王国とファダムード王国が戦争を繰り広げる場所。

 彼らはとりあえず、勇者の権限で船を出してもらえないか、ファダムード王国にある港町を目指すことにした。




「潮風が気持ちいいなぁ……あの煙が見えなければ」

「です」


 ザッザッッと音を立てながら、三人で茶色の大地を歩く。シュテム王国とは違い、橋を渡った先の大地には草が生えていなかった。

 ここは視線の先に海が見えており、潮風と潮の香りが心地いい。


 ああ、あの夏、ミランちゃんと行った海の思い出が込み上げてくる……ミランちゃんの谷間、白い肌、そして夕暮れ時の……。

 しかし、眼前に広がる海を汚すかのように、前方には真っ黒な煙が見えている。


 つまり、あそこで今……ゾッとする光景だ。


「……」


 大地の色が右側に行くと若干違うように見える。あちらがファダムード王国だろう。

 しかし、国境を判断する境目は大地の色だけで、警備隊がいるわけでも柵があるわけでもない。

 馬鹿で無学な僕にもわかるが、こんなもん争いにもなるわ。


「港町は、ファダムード王国側ね。幸運というべきか、あの煙とは別方向になるわ」


「助かったぁ」


「あの煙の下に行かないという保証ではないです」


「フラグ立てないでよ、モルちゃん」


「わたくしは、フラグを立てることだけを、生業としているです」


「初めて聞いたよ。しかも何で区切って言うのさ」


「ちょっとしたお茶目ですよ」


「二人とも、馬鹿話してないで、いくわよ」


「「はぁい」」



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 港町へとやってくると、入る前から既にわかることがある。

 町の手前に立っている武装した兵士を見ればすぐだ。


「何者だ、お前達。もしやエスタ王国の――」


 武装した一人がエリカちゃんに剣を向けた。

 なんて勇者だ。勇敢と無謀は違うんじゃね?


「いや、あのぉ……ひっ?!」


 あぁ、言わんこっちゃない。隣でエリカちゃんがどえらい殺気を放っている!!

 エリカちゃんは殺気を放ったまま、僕の前に出た。


「私達がエスタ王国の手の者に見えるのなら、あんたの目はドブね」


「なんだと!?」


「こんな門番を使ってるようじゃ、あんた達の王国に勝ち目はないって言ってんのよ! 私達がエスタ王国? そんなもの、考えたらわかるでしょ?! どこの馬鹿が相手王国の兵士の目の前にわざわざ歩いてくるってのよ!!」


 あーあ、やっちゃったよ。港出禁になるんじゃね?


「モルちゃん、この展開やばくね?」

「いいですよ。エリカさんの本調子です」

「そういう問題じゃない気がする」


 二人で揉め始めると、もう一人の兵士もやってきて二対一で言い合いを始めた。

 大騒ぎになるようなことはないだろうが、目立ちすぎている。


「おうおう、どうした?!」


 どうやら騒ぎを耳に入れたのか、街の中から目に古傷のある上半身裸で強面の男がやって来る。

 見る感じでは、海の男といった風貌だ。

 年老いてはいるものの、風格と威厳を保っており、体つきもどこかガッシリとしている。


「あ、ガイゼフさん、この女が変な事を言ってやがるんですよ!」


 この感じだと、この武装兵ってもしかして――。

 エリカちゃんもそれに気づいたみたいだ。


「そういうことね。あなた達、王国の人間じゃないのね」


「どういう意味でい? わしらは正真正銘――」


「いいわよ。派遣された騎士じゃないってことでしょ?」


 そう言うとガイゼフと呼ばれた男は眉間にしわを寄せた。


「なかなか肝の座った嬢ちゃんじゃねえか。後ろの奴らも連れかい?」


「ええ。かの有名な勇者様よ」


 おいおいおい……いかつい瞳で睨まれてまっせ。

 エリカちゃん、何してくれてんの!


「勇者様、ラブコールを送られてるですよ?」


「これを見てそう言い切れるモルちゃんの感性がわからないよ」


「じゃあ、もっとわかりあってみるです?」

「けっこうです」


 僕等がふざけていると、いかついガイゼフが目を細め、一つ大きな溜息を吐いた。


「……入んな」


「「ガイゼフさんっ!?」」


 何が起こったのかわからないまま、僕等が街に入る許可が出る。

 エリカちゃんは勝ち誇ったように振り向いてくるが、心臓に悪い。


「勇者様、エリカさん行ってしまいますです」

「僕等も行こうか」



 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~



 ガイゼフ=デデ。あの男はそう名乗ったが、きっと明日には忘れるだろう。

 何故かって? 野郎の名前は憶えない主義だからさ。

 

 港町リリーフ。とても大きな貿易港となっており、港を中心に町が出来ていた。巨大な港、赤レンガで造られた倉庫などがあり、この王国の貿易業の中心地のようだ。

 しかしどこか物悲しく、活気が無い。海も寂しげで、すれ違う人々は下を向いていた。

 船が一隻もないため、港もがらんとしている。


「こっちだ」


 ガイゼフの先導に従って、僕達は町の中を歩いて倉庫へと案内された。

 一際大きな倉庫の看板には「貿易組合」と書いてあり、そこを開くが、中には小汚い机と椅子、曇ったランタンの灯りが乏しく、中は昼なのに暗い。そして何より魚介や塩の臭いで充満しており、頭が痛くなりそうだった。


「うぇ」

「汚いです」


「すまんな。お嬢ちゃん達には辛いだろう。ここはわしの組合でな。わしは港を仕切ってる」


「へぇ……でも、船が一隻もなかったけどな」


「勇者さんよ、ないんじゃねえ。全部倉庫にしまってあるのさ」


「は? なんで」


「戦争中だからに決まってんだろ」

 

 ガイゼフは視線を落としてそう言った。どこか呆れたような素振りにも見える。


「ファダムード王国による、港の封鎖が起きているってことかしら?」


「そうでい。まったく……早く終わってほしいもんだ。まあ、港以外は何もねえ町だけどよ、ゆっくりしていってくれや」


 ガイゼフはそう言ってから力無く笑うが、うちの女王様は首を縦に振らずにぶっきらぼうな態度をとる。


「留まる気はないわ」


「ちょ、エリカちゃん?! もう結構歩いたじゃん!!」


「少し黙りなさい」


 凄い睨みを利かされた。

 さすがにガイゼフも驚いたらしく、頭を掻いていた。


「もしかして、若い連中の件で気を悪くされたんかい? すまんなぁ、あいつらは進んでリリーフを護ってくれてんだけどもよぉ、どうにも頭の弱い連中でなぁ」


「そうじゃないの。無理を承知でお願いしたいのだけど、私達は海を渡ってヒルデ大陸に行きたいのよ」


「ヒルデ大陸……モルちゃん、ヒルデ大陸って?」


 訊ねると、モルちゃんは鼻をつまんだままで首を振る。

 知らないという意味ではなく、説明したくないという意思だろう。


「エリカちゃん、ヒルデ大陸ってのが魔界に近いの?」


「……黙ってなさいって言ったばかりよ」


「すんません」


「ガイゼフさん、お願いします。一度だけでも船を出していただけませんか?」


 エリカちゃんが頼み込むと、ガイゼフは目を瞑ってしばらく口を開かなかった。

 そしてじっくりとこちらを見てくると、首を横に振る。


「駄目だ。わしらは動けん」


「……勇者の旅を中断させることは、世界の意思に反する行動よ?」


「そんなもん知らんと言う者が五万といる。嬢ちゃんは知っておるだろう?」


「それは、そうだけど……」


 そうなのかよ。もしや今までが特例ってことなの?


「でも、あなた方は連中とは違うでしょ?」


 連中? なんか、わけのわからないところで話が進んでいく。


「確かに、あんな連中と一緒にしてもらいたくない。だがなぁ、わしらは海に生きる男。そんなわしらが海に出れん今、あんたらを送るために船を動かすことは出来ん。海に出たい者は多くいるんだ」


 ガイゼフの言葉に、エリカちゃんは明らかに怒っている様子だった。

 しかし、この男は港を仕切る人物。

 自分が動いてしまえば、下の人には示しがつかないってことか。


「どうしても、動かす気はないのね?」

「もちろん」


「……ふうん」


 あ、これヤバい。また悪いこと考えてるやつだ!!

 止めないと……って、モルちゃんは臭いにやられてるし!!


「エリカちゃん、さすがにここは……」

「黙りなさい」

「はい……」


 ふっ。僕が意見できるわけないじゃん。

 だって借金してんだよ?

 いまのはそうさ。取り返しのつかない事態に陥った時、一応止めたと言い訳できるようにしておいただけの保険さ。


「嬢ちゃん、何を考えてるのか知らんが、船を盗んで海を渡ろうとするんなら無茶だぞ」


「――! な、なんのことかしら?」


 エリカちゃん、マジかよ……。さすがにそれはやばくね?


「今夜から雨が降る。荒れた海を素人が渡ろうとすりゃあ、死ぬだけだ」


「……アドバイス、助かったわ」


「戦争が終わったらいつでも来い。そんときゃ、ヒルデ大陸だろうとなんだろうと、連れて行ってやる。約束だ」


「ありがとう……」

「いいってことよ!」


 ガイゼフの笑顔が印象的だった。

 力ない笑いで、協力できないことを無念に思っていることが伝わってくるような笑顔。

 そして、前歯が無かったから余計に印象的だった。






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