国王の提案
父ヘイルムートとユティアは城の応接室にて国王を待っていた。
暫くすると扉が開き、最敬礼の体勢をとろうと膝を折る。
しかし、なぜか国王に止められ、立つようにと告げられた。
逆に入室した国王と二人の男性は、ユティアの前に跪き最敬礼を。
五歳児を前に膝を折る国王と二人の男性にユティアは狼狽した。
一種異様な室内に慌てて“普通に接してほしい”と頼み込む。
室内の全員が座ったところで国王の視線がユティアに固定された。
「ユースティア嬢が神子であるとの報告はアステル卿より受けておる。まだ幼くとも…本来ならば国王はもとより、教皇すら跪くのが神子という存在なのだと承知の上で聞いてもらいたい」
父ヘイルムートもいるが、国王の視線はユティアをまっすぐ捉えていた。
国王のあまりにも真剣な表情に無言で頷く。
「順番が逆となったが、私が国王ゼノンバード・エルグランドだ。彼等は―――」
レピオス公爵家のロイズ・レピオス宰相、フォルガン・ウィゼット公爵が同席していた。
お互いに自己紹介を終えると宰相が本題を切り出した。
「近々、貴女が神子であると聖教国より発表されます。その前に国からユースティア様の護衛として近衛騎士を派遣しようと陛下と話していたのですよ」
神子の出現は聖教国より世界中に通達される。
それは原初からの決まりなので避けることはできない。
父ヘイルムートは“国と娘の話し合い”のため沈黙を保っている。
その状態にこれ幸いとユティアは話し始めた。
「宰相様、それは決定事項なのでしょうか?」
「近々、聖教国より騎士達が到着するでしょう。それまでは近衛騎士から護衛を派遣してユースティア様の身の安全を確保することになると思います」
なにそれ、聞いてない―――ユティアにとっては、まさに寝耳に水。
せっかく聖教国の保護という名目での幽閉生活を回避(拒否)したのに…
次は騎士の護衛(監視)付きの生活とは…
「その話よりロイズ、先にこちらであろう」
宰相の話を遮って国王が身を乗り出した。
「ユースティア嬢も洗礼の儀を終えたのだ、婚約者を決定しても良い頃であろう。神子なのだ、周囲もすぐに婚約者候補へと名乗りを上げよう」
「…は?」
「そこで提案なのだが、私の息子のどちらかと婚約してはもらえぬだろうか?どちらも顔は整っておる。王子としてもユースティア嬢の伴侶としても、能力的にも性格的にも問題はないと思っておる。周りが騒がしくなる前に決めてしまった方が良いと思うのだ」
畳みかけるように言葉を発する国王に今まで沈黙を保っていたヘイルムートが待ったをかけた。
「陛下、少しお待ちください!娘はまだ五歳なのですよ!?婚約など早すぎます!」
慌てて言葉を割り込ませる父を横目にユティアは口を開けたまま、固まっていた。
あまりの予想外の話の展開にポカンと口を開けたまま。
ヘイルムートとしては『愛娘の幸せ第一!政略結婚など論外!』と。
言葉には出さずとも娘を溺愛していると有名なヘイルムートの心の内など、大人達には容易く読み取れたに違いない。
そんな彼に宰相が呆れを込めたような不憫そうな眼差しを向けていた。
「神子と発表されれば直ぐに婚約の申し込みが殺到するとでしょう。陛下の提案はそれを避けるためでもあるのですよ」
「あぁ。宰相の言うようにユースティア嬢が有象無象の輩に煩わされるのは、ラピス侯爵とて本意ではないであろう?しかし、既に王子と婚約しているとなれば外野もそう下手なことはできまいよ」
「それは…」
親バカなヘイルムートは、頭では理解できていても納得がいかなかった。
それ以上に納得していない者が一人。
「皆様にご心配いただいたことは感謝いたします。ですが!私の意見は無視…ですか?」
全員の視線が一斉に集まった。
不満を隠そうともしないユティアの態度にウィゼット公爵だけが面白そうな顔をしている。
基本的に貴族なら政略結婚などはよくあることだ。
しかし、前世が日本で育ったユティアの感覚は異なっていた。
本人の意思を無視するなどありえない話だ。
そして自由に生きると決めて転生したのだ。
自分には神子という世界最高の権力者の地位があるのだ、使わない手はない。
「現時点で私はどなたかとも婚約するつもりはありません。護衛の件については、侯爵家の私兵がおりますので問題ありません。聖教国の騎士につきましても、私から教会にお断りさせていただきます」
国王と国の重鎮を前にユティアは平然と断った。
それも断ったというより―――
「好きでもない方との婚約など互いに不幸になるだけです。利害の一致による家同士の政略結婚は当家には不要と、以前にお父様が…。ですので、この件は聞かなかったことにいたしましょう」
一国の国王相手に不遜にも、いらぬ世話だと容赦なく切って捨てた五歳児。
何とも言えない雰囲気になってしまった室内に笑い声が響いた。
「…くっ…ははっ!あぁー!あぁ…もうっダメ!いいねいいね!」
国王と宰相がジト目になるも気にせず、ウィゼット公爵は腹を抱えてひとしきり笑うと目に浮かんだ涙を拭った。
「ほら陛下、しっかりとした子だったでしょ。大丈夫だって言ったじゃないですか」
「それは話していてわかったが…」
「五歳でこれですよ?問題ないじゃないでか。ね、宰相?」
「あ、あぁ…」
何が何だか理解できない。
父ヘイルムートも同じ様で首を傾げている。
これはもしかして…
「…試されました?」
ぽつりと呟くと微妙な表情の国王と宰相が目を逸らした。
その反応だけで充分だった。
「そうですか。では、無事に問題解決ですね。お父様、帰りましょう」
にっこりと明らかに作った笑顔を貼り付けユティアは席を立つのだった。
国王に退出の許可を求めることすらせず、父の手を引き部屋を後にする。
普通ならば不敬罪にあたるその行為も相手が神子となれば罰することはできない。
神子など面倒臭いと思っていたが――事実、面倒事に巻き込まれるだろう――ならばその分も使える権力は行使しよう。
そして自由と幸せを得るために。