悪魔な神様
おもしろそうに笑う少年を前に、起き抜けの頭がゆっくりと回転を始めた。
「死んだ気分はどうだい?子猫ちゃん」
「ぇ……あ、嘘………死んだ…?」
どうやら私、死亡したみたいです。
回転を始めた頭にサラッと告げられた少年の言葉がゆっくりと浸透していく。
「…死ん、だっ…え…?嘘……。ホント…、本当に!?」
「うん、そうだよ。神様の僕が言うんだから本当だよ」
死亡報告を楽しそうにする少年の言葉は引っかかるが、そんなこと今はどうでもよかった。
「やったぁぁ!!死んだ!私やっと…やっと死んだんだ!!」
叫んだ私を見て自称神様の少年は、ますます面白そうな顔する。
「死んで喜ぶ人間なんて珍しいよね。何があっても生きようとするのが人間だと思ってたんだけどね。実に興味深いね」
「自殺願望持ちは喜びます!」
って、そんなことはどうでもよかった。
病室の閉鎖的な空間で自由もなく、発作に怯える毎日。
一度発作が起これば、痛みに耐えるだけの苦痛な地獄の耐久レース。
いつ大きな発作で死ぬかわからない恐怖と痛みと苦痛の日々からの解放。
私は十三年の人生を今、やっと終えたのだ。これを喜ばずにいられるはずがない。
たとえ目の前の相手が、自称神様でも悪魔でも死神でも。
あ、でも…もう痛いのは、いらないなぁ。
「死神や悪魔扱いは、いただけないね。神様だから、ちゃんと敬うようにね」
病室という限られた世界の中で私にできることは少なかった。
そんな私を虜にしたのは、空想の世界に入り浸れるゲームや想像力あふれる素敵な本の数々。
当然、神様が出てくる異世界転生もののラノベも読破している。
ここはとりあえず、頷く一択だろう。
「…はい」
「うんうん。素直な子は好きだよ」
満足そうな少年を見て、半ば確信する。神様が心を読むとかよくある設定だし。
とりあえず、心を読まないで下さい!と念じたら、楽しそうに笑われた。
「いいよ。その方が楽しそうだし」
…確信した。これ、逆らっちゃダメなやつだと。
私の心境を知ってか知らずか、少年は手を振る。
突如、何もないはずの白い空間にテーブルセットが出現し、視線で座るように促された。
「まずは自己紹介といこうか。僕の名はファルツォーネ。ファルって呼んでね」
「ファル様…ですね。私は枢木叶実、十三歳です」
「うん、知ってるよ。じゃあ、状況説明ね。君は発作で死亡したんだけど、君の記憶を消すのが勿体なくてね。君ほど不幸で諦めながらも、歪みのない輝きを持つ魂は珍しいんだよ。僕の暇つぶしにちょうどいいかと思ってね」
「…は?」
爽やかにサラッと言う神様の言葉は、表情と不釣り合いなほど不穏なものだった。
「それでね、君が珍しい色の魂の持ち主だから、たまに観察してたんだよ。暇つぶしも兼ねてね。それで―――」
実に楽しそうな神様の話を要約するとこうだ。
暇すぎて楽しいものを探しにたくさんの世界を覗いていたら、珍しい色の魂を発見。
観察してたら面白かったので、死んで輪廻の環に戻る前に回収し、今に至る。
これから神様は自分暇つぶしのため、私に雑用をさせたいと。
「因みに、その雑用って…」
「それはね―――」
どうせ拒否権はないのだろうと恐る恐る尋ねてみたら、返ってきた返答に顔が引き攣るのを止められなかった。
叫ばずに堪えたことを自画自賛してもいいだろうと思うレベルだ。
ちょっとした調査だよ。などと言いながら、最初の案からおかしかった。
深海に飛ばすから生態系を調査してきて。僕は何もしないから自力で頑張ってね!って。
酸素は?潜水服は?そもそも、深海って水圧がすごいところですよね?無事に済むとは思えない…。
疑問を口にすればファル様は悪びれなく言い切った。
「頑張って工夫してね、僕が退屈しないように。大丈夫だよ、何度死んでも生き返らせてあげるから」
「無理です、無理!そんなの出来ません!」
逆らっちゃダメだと心に刻んだはずが、早々に躓いた。
そもそも、大丈夫という言葉の使い方が間違っている気がする。
どう考えても大丈夫ではないだろう。いろいろと。
「残念。じゃあ、巨大肉食獣しか生息しない絶海の孤島と攻撃的な猛毒種しか生息しない巨大密林。一年間サバイバルするならどっちがいい?」
…なにが、じゃあ、なのだろう…。
巨大肉食獣にとって私はきっと餌だろうし、猛毒種しかいない密林なんて毒死の未来しか想像できない。
どうしてそんな選択肢しかないのだろうか。
「どっちも死んだら最初からやり直しね。一年間を生存できるまでリトライしてもらうから」
「いや、それ、一生無理ですから!お断り、させていただきます」
「死んでもすぐまた生き返るんだから、一生とか気にしなくて大丈夫だよ」
うん、大丈夫じゃない。絶対に。
断ったのに、と不満が顔に出たのだろう。
承諾しない私にファル様のいい笑顔が向けられた。
「なら、一年間アイアンメイデンの中にしようか。君の悲鳴を聞くのもおもしろそうだし」
「い、嫌です!痛いじゃないですか!」
「あれ?悲鳴って聞こえない構造になってたっけ?」
そんなこと知りません!と声を大にして叫びたい。
さっきから、私はどうなってもいいと言われている気がする。
たぶん、気のせいじゃない。
私、死んだはずなのに…死んでも楽になれないなんて、どうなってるの!?
僅か十三歳。
死んで終わった人生のはずだが、今更ながらに世の不条理を痛感するのだった。