第7話
朝起きると、イリアさんからと思わしき手紙がテーブルの上に置いてあった。恐らく転送魔法を使用して送ってきたのだろう。
内容は「手掛かりが中々掴めないので、カナタには一番情報の集まる大陸中央にある大国『バグザム』へと赴いて欲しい」というものだった。
手紙を読んでいると、ちょうどカナタが起きてきた。まだ眠いのか目を擦っている。
僕はカナタにイリアさんから呼ばれていることを伝え、朝食の用意をし始めた。
朝食が終わった後は、すぐに支度をして家を出る。道中はカナタと他愛もない話をしながら暇を潰した。
そして、クルジオ家に着く。家に入り、イリアさん直々に応接間まで案内された。
「王国……ですか?」
「あぁ。北の山を越えると、バグザムという国があって、そこでなら何かしら情報が集まるのではないかと思ってな」
「王国かー……」
カナタが『王国』と2度口に出した。それは行くのが嫌だとか、そういう理由ではないはずだ。多分、この前も話していたように、カナタはこの世界の『騎士団』に興味があるのだろう。だから、これはどちらかと言えば期待しているからこそ、自分の中で現実を受け止めるために口に出したのだと思う。
「知り合いの情報屋にも頼んであるから、手掛かりは集まるかもしれないよ」
「ありがとうございます」
正直、カナタを王国に行かせるのは……心配だ。だって、王国にはあの人がいる。僕と同じ顔をしているカナタを見たら、必ず絡むはずだ。
「セルジュ。奏多君と一緒にバグザムに行ってあげなさい」
「え? 僕がですか?」
そんな心配をしていると、イリアさんが予想外のことを伝えてくる。
僕が、カナタと一緒にバグザムに行く?
もちろん、普通に考えればカナタをこの世界に連れてきてしまった僕が責任を取って情報収集をするべきなのだろう。だが、僕はそれをさせて貰えないとばかり思っていた。
僕には高い情報収集能力もないし、高い戦闘力もない。そういうのはイリアさんが全て処理してしまって、僕は邪魔だとばかりに関わらせて貰えないと思っていたのだ。
「申し訳ないが、私は他にやるべき事があってね。それに、セルジュの修行中に奏多が来たわけだから、セルジュ自身も奏多君がこちらに来てしまった原因に関係があるかもしれないしね」
「……はい、わかりました」
なるほど、と思った。僕の何らかの特殊な条件とか特徴によってカナタがこの世界に来てしまった、という考え方もあるのか。そんなこと、一切考えていなかった。
言われてみればそれもそうだ。普通に生物転送の練習をしていて、人間を転送してしまうはずがない。ならば、僕か、あるいは周囲の環境か、何らかに原因があると考えるのが自然だ。なぜ僕はこんな簡単なことを考えつかなかったのだろう。
「それと以前頼んでおいた例の物も持っていってくれ」
イリアさんはそう言い残すと、部屋から出ていってしまった。
例の物がなにかはもちろん分かっている。アレが一体どういうものなのかは知らないが、イリアさんの友人に届けなければいけない大切なものだ。
僕は、イリアさんの言った例の物を取りに倉庫へと向かった。
「セルジュ、奏多君の事をよろしくな」
「はい」
数分後、僕とカナタとイリアさんは庭にいた。イリアさんの転送魔法でバクザムへと転送してもらうのだ。
イリアさんは当主だけあって、僕の使えない転送魔法も数多く使える。これから使う転送魔法もその中の一つだ。名前は知らないけれど、人間さえ転送出来てしまう。
「それじゃあ、いくよ」
イリアさんが目を瞑り、手の甲の魔法陣に力を集中させる。詠唱をしていないのは、イリアさんが『詠唱破棄』の技術が使えるからだ。もちろん、簡単にという訳ではない。だからこそ、手の甲に魔法陣を書いて多少なりとも魔法発動の補助をしている。
「ん? 何をするんですか?」
イリアさんの突然の行動にカナタは疑問を覚えたようだ。見ていれば魔法を使うって分かりそうなものだけど……
「あぁ、今から転送魔法で、山の逆に移動するんだ」
「え!? 転送されるの!?」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「言われてないよ!?」
おかしいな、最近言ったと思っていたことが言っていない気がする。どうにかできないかな、これ……。
「転送!!」
転送前、若干騒がしくなってしまったが、無事目の前が光に包まれる。瞬きをして目を開ければそこはもう先ほどの場所ではなかった。
ふと横を見てみると、カナタが変な体勢で転送されていて背中を地面に打っていた。
「うぐぐ……痛い」
「大丈夫?」
前途多難な予感だが、僕はカナタと一緒にバグザムへと来られたことに密かにワクワクしていた。
転送時のトラブルはなんだったのか、と言いたくなるほど道中は安全で、平和で、そして退屈だった。
転送された位置からほどなくして、バグザムの南門に到着。開いている門から、中央の大きな城が見えた。
「…………スゲェ……」
「久しぶりだなぁ……バグザム」
お互いに思ったことを呟く。こういうところは顔と同じく似ているのかもしれない。
「お前ら邪魔だ。どけ」
突如声が聞こえる。冷や水を浴びせられたような気分になった。
隣にいるカナタは「なんだこいつ?」とばかりに不快な表情を浮かべていた。
「ここを利用するのはお前らだけじゃないんだ。とっととどっかいけ」
「すみませんレイダーさん」
自分でも驚くほどに単調で抑揚がなく、冷たい声が出た。いつもそうだ。この人と会話する時は必ずこうなる。
「そんなこと言ってやんなよぉレイダー。同じ一族なんだろぉ?」
「一族とか関係ありませんから」
「面倒臭い奴だなぁ」
レイダーと共に来たらしき商人の人がなにか言っている。その言葉も今の僕には届かなかった。
「セルジュ君も、あんまり気にするなよ」
「し、失礼します」
レイダーと話していた商人とはまた別の商人に励ましの言葉を掛けられたところで、やっと意識が戻ってきた。
僕はカナタの手を取り、逃げるようにその場から去った。