第5話
街で事件に巻き込まれたせいで時間を食ってしまったが、気を取り直してカナタと共に我が家へと帰ってきた。
僕の家は街のそばにある森の中にある。舗装されていない小道を歩き続けて20分程度、僕とカナタは家へと到着していた。家は森の中の少し拓けた場所に建っている。
森とは言っても、街近くのため動物や魔物などは定期的に狩られていて比較的安全な場所だ。
「へー。こんな町外れに住んでるんだな」
「こっちには修行で来ているから、街にはそんなに用は無いからね」
家の扉を開け、カナタに入るよう促す。カナタは興味津々といった様子で楽しそうに家に入った。
「それに転送魔法を失敗すると衝撃波で被害が出たりすることもあるしね」
「マジかよ。もう物理魔法でいいじゃん」
「勘弁してよ。攻撃用じゃないし」
いや、でもよく考えてみれば攻撃に使うのもありかもしれない。転送魔法が攻撃用じゃないと誰が決めたというのだろう? そんなことクルジオ家の誰も決めていないのだから使い方は自由だ。今度暇な時に転送魔法を攻撃に使えるように色々と考えてみようかな。
そんなことを考えながら部屋の奥へと歩いていく。そして、買ってきた食材を床に置き、調理器具を用意した。
(カナタは何が好きなんだろ? 聞いておけば良かったな……あ、でもこっちの食材は食べたことないのか。なら、僕が好きな料理でも出してみよう。顔が同じだから好みも似てると良いけど……)
包丁を手に持ちながらトントンと音を立てて食材を切っていく。その間、頭の中に浮かんでいたのは街での出来事だった。
(カナタは凄かったなぁ……)
たまに手元に意識を向けながらも、僕は頭の中に街でのカナタの姿を浮かべる。
手に持った剣。地を固く踏みしめる足。鋭い視線。一瞬で変わった雰囲気。
衝撃だった。自分と同年代だろうカナタがあそこまで強いとは、正直想像すらしていなかった。『まぐれ』とか『運が良かった』とか、そういう要素も恐らくあるのだろうけど、それでも僕は素直に感動し、思わず鳥肌がたった。
(転送魔法を攻撃に、か……)
本格的に考えなければいけないかも知れない。
当主のイリアさんやゲルダは、接近戦にも対応するために体術や短剣術を習得している。僕は生憎そちらの才能は全然なかったので護身術程度だ。
(咄嗟に攻撃できないと下手したら一瞬で死んじゃうかもしれないし……)
それは今日、嫌という程に思い知った。今回は強盗が武器を持っていなかったのと、魔法を使ってこなかったので平気だったが、次はどうなるか分からない。
クルジオ家の人間は『転送魔法』という魔法の貴重性から他国の人間に拉致されそうになることが多々ある。僕は今までそんな目にあったことはないけど、これからもないとは言い切れない。だからこそ、僕も自衛の手段をきちんと持たないといけないのだけど……
(どうにかして転送魔法を攻撃用にして、なるべく素早く発動できるようにしないと。それかいっその事カナタを護衛として……いや、ダメだ)
自分の中に浮かんだ考えを頭を振って消し去る。カナタにはただでさえ迷惑を掛けている。そもそも、自分はカナタに対して罪を償うような立場なのだ。そんな僕がカナタに何かを頼むなんて烏滸がましいにも程がある。
しばらく色々と考えながら料理をしていたが、煮込んでいたシチューが出来上がったことで一旦考えるのをやめることにした。
できあがった料理は、シチュー・兎の漬け焼き・野菜のサラダ・魚の煮付け・自家製パンの5品だ。
飲み物は近くの湧き水で、これに関しては『魔石』という道具を使ったある方法できちんと清浄に保っているため凄くキレイだ。
料理を運んでいくとカナタが驚いていた。何かむこうの世界では見たことがない料理でもあったのかな?
「スゲェ……。料理上手なんだな」
「まぁ一人で暮らしているしね。このぐらいはできなきゃ」
実際、料理が作れないと生活水準が落ちて精神的に落ち込む。別に街に行ってお店で料理を食べてもいいのだけど、値段がかなり嵩むのだ。節約のためにはやはり自炊が一番という結論に至った。
雑談もそこそこに、料理が冷めてしまう前に早めに食べることにした。
「いただ──」
「我々の血肉の一部となり、命を繋ぎたまえ」
料理を食べ始める際、いつも決まってこの言葉を言う。カナタも何かを言おうとしていたので、恐らく世界は別でも食事の前に感謝を捧げるのは同じなのだろう。
カナタは迷ったようだけど、こちらの世界に合わせて僕が言ったのを真似して食前の挨拶をしていた。
「これも美味い。セルジュ、お前良い嫁になれそうだな」
「男だよ? ていうか、奏多は料理できないの?」
「んー。まともに作った事はないなぁ」
「まともじゃない時ってなに……?」
料理をまともに作らない時って……凄く気になる。けど、カナタが何か昔のことを思い出すようにボーッとしだしたので、聞くのはまた今度でいいかなと思った。
カナタのこういう姿を見ていると、年相応の普通の少年……もう青年と言った方がいいのかな。 ともかく、年相応に見える。街での出来事が嘘のように、今は迫力もあまり感じられなかった。
「……さっき……助けてくれてありがとう…」
気づいたら口から言葉が出ていた。
「ん? あの男のこと?」
「うん……………。奏多は……何であんなに強いの?」
「え? 俺が強い? 冗談はよしてくれよ〜」
「冗談じゃないよ。あんなこと、僕にはできないし……」
カナタはこの世界に来たくて来たわけじゃない。僕が無理矢理連れてきてしまったのだから、本来なら僕がカナタを守るべきだった。それなのに、僕はカナタを守れないどころかカナタに助けられる始末だ。情けない事この上ない。自分で自分が嫌になってくる。
「……あっちの世界では、俺より強い人はいくらでもいる」
カナタが急に真剣な声でそう言った。僕は思わずそれに驚いてしまう。カナタが急に真剣になったことや、カナタより強い人が沢山いることにではなく、『カナタでも劣等感を感じていることに』だ。
「でもそれは、闘争的な強さじゃなくて、あくまで競技的な強さ。人同士で傷付けあうことはしない」
「競技的……」
「僕はその中で上に登ることはできなかった。ずっと弱いままだったんだ……」
そう言ってカナタは過去の事を話し始めた。