第3話
説明回
本家を出てから数十分、僕とカナタは街へと買い物に来ていた。直接自分の家へと向かっても良かったのだけど、僕はあまり服を持っていなかったことを思い出したので、カナタに着てもらう用の服を買いに来たのだ。ついでに、夕飯用の食材も買うつもりだ。
服屋までの道のりを二人でただ歩いているのが苦痛だったのか、カナタが話かけてきて、いつの間にかこの世界の魔法について話すことになっていた。
(カナタの世界には魔法がないらしいから、まずは魔力の説明からしないとかな)
「まず、魔力について。魔力っていうのは生物なら絶対に持っている肉体の力以外の『精神の力』とでも言うべきものなんだ。いや、この言い方も実際には間違いかな」
「間違い? なんでだ?」
「魔力というのは、精神と言うよりは魂に宿るものだとされているんだ。だから、生物では無いものには基本的に魔力がない。逆に言えば生物ならば確実に魔力を持っているってことだね」
「へー、そうなのか」
例外としては、自動人形や孤高の番人などがある。この二つは、術者から魔力を込められて動く兵器だ。僕は生物以外で魔力を持っているのはこの二つしか知らない。
他に例外として言えるのは歩き回る死体だろうか。彼らは死霊術師が使役する存在で、本体に魔力は宿っていない。死霊術師が魔力の糸の様なものを使い、魔力を纏わせる事で操ることができるのだ。
「じゃあ、魔法は一体どういうものなんだ?」
来ると予想していた質問が来たので、思わず内心でほくそ笑む。やっぱり気になるんだな、という感想を抱いた。
「そうだね、魔法は一言で言っちゃえば、物理現象ではない現象かな。正確には、物理的な法則だけでは発生し得ない現象を、属性神と呼ばれている神様に魔力を捧げることで起こす現象の事を言うんだ。ちなみに、属性神というのはこの世界で一般的に信仰されている神様達だよ。まぁ、神様と言っても実際には概念らしいんだけど」
カナタは顔を顰めて唸っていた。頭から湯気が出そうな状態というのは、こういうことを言うのだろうか。少し面白かったので内心で笑ってしまった。もちろん顔には出していない。たぶん。
「なんか色々と難しいな。神様『達』って属性神っていうのは何人もいるものなのか?」
「うん、一般的には6人……いや、6神かな。火、水、土、風、光、闇の六属性を司る概念群を神として崇めているよ。属性についてはもっと多くの種類があるんだけど、最も力を持っている属性の神様だからこの6神が広く信仰されているんだ」
「なるほどねぇ。あ、そういえば魔法って俺でも使えたりするのか?」
カナタが目を輝かせて、期待するようにこちらを見つめてきていた。自分と同じ顔で見つめられるとなんだか恥ずかしいような、こそばゆい感覚があった。
そんな気持ちを誤魔化すように、僕は少々口早に、若干気分を上げて返答した。
「もちろん! 魔法は基本的に誰でも使えるからね。たまに例外もあったりするけど、原則魔法が使えない人間はいないよ。ただ、操れる魔法の質や属性は生まれた時に決まってしまうから、適正がないとあまり強い魔法は使えないかな」
「そっか。魔法が使えるってだけで俺は嬉しいから強い魔法とかはいいや。でも、転送魔法は使ってみたいな」
「ごめん、それは無理なんだよね……」
期待してくれているカナタにこんなことを言うのは少し心苦しくて、段々と声が細くなる。
「え? なんで?」
でも、カナタはそんなことは特に気にしなかった様で、純粋に疑問の表情を浮かべて問いかけてきた。
「僕やゲルダ、イリアさんが使う転送魔法っていうのは『血筋』による特殊な魔法適性がないと使えないんだ。だから、クルジオ家以外だと転送魔法を使える人はいないよ」
「それってめちゃくちゃレアだってことか」
「レア?」
「あ、ごめん、珍しいって意味」
(これもまた異世界の言葉なのかな)
聞き慣れない発音に少し戸惑ったが、僕としては意外と好きな言葉だった。レア、か。うん、語感が好きかもしれない。
「うん、そうだね。世界でも使えるのは僕達の家系だけだから相当珍しいと思うよ。そのお陰で、この魔法を使った遠国との貿易で利益を得ることが出来るし、国にも活躍が認められてクルジオ家は大きくなった訳だしね」
「もしかしてと思ってたけど、やっぱりセルジュの家柄って立派なのか……」
「一応イリアさんは辺境伯だからね。ここガラードも国内の十分の一くらいの広さはあるし。厄介払いみたいな意味合いもあるらしいけど、色々と特別扱いされているみたいだよ」
「マジか。凄いな」
「凄いのはイリアさん達で僕はそこまで凄くないよ。初めて成功した生物転送でもカナタを連れてきちゃうし……僕ってやっぱりダメだなぁ……」
自分で振った話題なのに何故か自分自身で落ち込んでしまった。思考がどんどんネガティブに寄ってしまうのは僕の悪い癖だ。なんとかして治したいが、こういう性格なのでもはや割り切るしかないのかもしれない。
「その事については俺はそこまで気にしてないよ。いい体験だと思ってこの世界を楽しんでるくらいだし。むしろ、そこまで落ち込まれるとこっちが申し訳なくなってくるんだが……」
「あ、ごめんね。つい癖で。僕は転送魔法が上手く使えないからそれをいつも引け目に感じてて、思考が暗いって言われるんだよね」
「セルジュは転送魔法は上手くないのか?」
「僕は魔力が弱いからね。まぁ分家だからしょうがないんだけど」
「分家? あの家の子じゃないの?」
あれ? 話し忘れていただろうか?
でも、確かによく考えて見れば僕が分家の人間だと言うのは1度も言っていない気がする。
「うん。あの家は本家。僕は、長男であるイリアさんの弟のケリアの子供。イリアさんが家を継いだから、僕の家はクルジオ家の断片になっちゃったんだよ」
「あの家に住んでるんじゃないんだよね? だったら、なんで本家の近くで、その……魔法を使ってたの?」
「今は修行中なんだ。転送魔法を完璧に使いこなすために、本家でコツを教わっているんだよ」
「ふーん」
と、話している間に目的地である服屋に付いたので、店員に適当に数着の服を見繕って貰った。あとはカナタが気に入ったものを選んで買った。
その後は、すぐ近くの市場に行ってパンや野菜などを買った。色々と掘り出し物のようなものを見つけたので幸運だった。
カナタからは何度も荷物を持つよと提案されたのだが断った。だって、カナタは『シナイ』とか『ドウギ』とかいう道具を持っていて両手が塞がっているんだもの。なんでも、僕が襲われた時に助けられるように、だそうだ。僕がここの市場ではよくスリが起こることを話したせいだろうか。
正直、カナタが戦えるのか心配だが、接近戦があまり得意ではない僕にとっては意外と心強かった。
僕が買った服と食材を転送魔法を使って取り寄せた袋に入れて進み出すとカナタが先ほどの続きについて聞いてきた。
「本家と分家で、そんなに力の差ってあるもんなの?」
「うん。結構違う。例えば、このパン」
僕は買い物の荷物からパンを一つ取り出した。これを例として説明すればわかりやすいと思ったからだ。
「分家が一度に転送できる量がこのパン一つだとしたら、本家はその五十倍は転送できちゃう」
「………」
カナタがちょっと驚く。確かに、衝撃的ではあると思うけど、事情を考えたら仕方ないんだよね。
「でもセルジュの親父さんとイリアさんは兄弟なんだろ? その子供なら魔力は変わらないはずなんじゃないの?」
「魔力自体はそこまで大差ないよ。むしろ魔力は個人差で変わるから。違うのは魔法の適正値なんだよ」
「適正値?」
「血筋依存の魔法は、長男が一番適正が強くて、その次から適正が圧倒的に低くなるんだよ」
例えば、イリアさんの転送魔法に対する適正値が10だとすると、僕の父さんの転送魔法の適正値は1になってしまうぐらいには違う。何故かはわからないけれど、クルジオ家では転送魔法の適正が長男と次男以降で天と地ほどの差があるのだ。
「だから、親父さんも適正値が低く、その子供のセルジュも適正値が低いのか」
「う……本当の事なんだけど、ストレートに言われると、グサッとくるな」
「あ、ごめん」
カナタはなかなか痛いところをついてきた。思わず変な声が漏れる。恐らく、僕の顔は今しかめっ面になっているだろうと思われた。
カナタは抜の悪そうな顔をしながら、落ち着きなく周囲を見回している。そんなカナタに僕は恨みがましい視線を向けるのだった。