第15話
「君達がカミヤ君とセルジュ君か、皆崩してよいぞ」
跪いていたカナタ達が立ち上がる。
ダオス、と呼ばれた人物は表情を変えずに淡々と言葉を紡いでいく。なんだか怒っているようにも見える。
「まずは、帰還おめでとう。シエラ、なぜ私が呼んだかわかるか?」
「命令を無視してアーティルの救助に向かったからでしょうか……?」
「そうだ」
おずおずといった感じでシエラさんが縮こまりながらダオスさんの問いに返答する。あの強気なシエラさんがこうして弱気というか、しおらしくしているのを見ると少し気分がいい。
「命令違反したことに関しては咎められて当然だと充分承知しています。しかし、私達が行っていなければアーティルは死んでいたかもしれないんです」
「そうかもしれないな。だが、あの程度で死ぬならばここにいる必要がない」
「なっ!」
「それにアーティルにはちゃんとした理由があったため、あの場所に行ってもらっていたのだ」
「え!」
シエラさんが振り返ってアーティルさんのほうを向く。だけど、アーティルさんは心当たりがないようで困惑気味に首を振る。
ちょうどその時、後ろの扉が開いてシエラさんの着けている赤色の鎧と同じような緑色の鎧を着た男が入ってきた。
「ヒエクラスト……!」
シエラさんが驚いたように呟く。仲でも悪いのか?
それと、アーティルさんもなんだか雰囲気が変わった。緑色の鎧を身に纏う人物は二人と深い関わりがありそうだ。
「アーティルが帰ってきたと聞いて来たのだが……なんだ、シエラもいたのか」
「よくもぬけぬけと顔が出せたものだな!」
「やめろ、シエラ」
「ですが総長!」
ヒエクラストと呼ばれた人物がやれやれと溜息をついて肩を竦めながら口を開く。
「秘密裏に行うはずだったが、これはアーティルの団長昇格試験だったんだ」
「しょ、昇格試験……?」
皆が一斉にアーティルへと視線を向けるが、アーティル本人も知らない事のようだった。
「アーティルに話すわけがないだろう。話したら自分には団長の器がないなどとほざくだろうからな。これは総長と俺の隊の人間しか知らない事だ」
「わ、私にも伝えてくれれば」
「伝えても伝えていなくても、お前なら付いて行くと思い、伝えないという決断に至った」
「そんなこと……」
否定などできるはずもないだろう。なんて言ったって、カナタを囮にしてまでアーティルさんを救おうとしたんだ。どんなに安全だろうが危険だろうが、そんなの関係ないとばかりにアーティルさんにベッタリとくっついて行くはずだ。
「あの……私の昇格試験って……ヒエクラスト隊長は……」
「俺は退役だ。歳を感じてな。自主的に」
「そんな……でも、私などでは、とても……」
「お前なら周りからの信頼も厚いし、爽風の騎士を名乗るのに相応しいと思ったからさ」
「でも、私に団長を務める程の腕は……」
「だからそれを測るために試験をしたと言うのに。シエラが助けに行ってしまうから……」
「ぐっ……」
「こうなると、また別の機会にやるしかなくなるか。今度はシエラが脱走しないように見張らなくてはな」
えーと、なんだろう。これは僕とカナタはシエラさんの勘違いで巻き込まれた形になるのかな?
(はぁ……なんかもう、怒る気にもなれないや。あとで要求もう一つ付け足しておこうかな)
そんな事を考えていると、シエラさんが手を強く握りしめながら小さな声で何かを言った。
「……レクス」
「ん?」
そうだ、結果としてレクスさんは試験に巻き込まれたせいで死んでしまった。今のいままで薄情なことではあるけど忘れてしまっていた。いくら試験とは言え人が死ぬような事態はいただけないと思う。
「レクスの死は、無駄だったのか」
「あぁ、レクスなら死んでないぞ?」
「え!?」
(え!?)
声を出したのはシエラさんだけだが、内心では僕も驚いていた。カナタとアーティルさんは詳しくは知らないだろうから驚いていないようだ。
「試験って言っただろ? 死ぬような仕掛けは作らない。罠は全て幻影魔法だ」
「レクスは……」
「死んでない。今は救護室で眠っているはずだ」
「良かった……良かった…………」
シエラさんがその場にへたり込む。こういうのを見ると普通の仲間思いな人に見える。実際そうなのだろう。だけど、それがアーティルさんを守る時には行き過ぎてしまう感じなのか。
(その気持ちは分からなくもないけど、他人を犠牲にして助けられた人に一生罪悪感が付き纏うかもしれない可能性を考慮してなさすぎる。これでもうちょっと思慮深ければ良かったんだけどな……)
今更それを言っても仕方ないことではある。
シエラさんがカナタを囮にしたという事実は既に過去の事であって、もう覆りはしない。これから先、シエラさん達との関係にどこかぎこちなさが残ることになっても、それはシエラさんの自業自得だ。
「ということは、あの洞窟はヒエクラスト隊長が作ったものなのですか?」
「あぁ、そうだ。罠以外は全てな。なかなかの出来だろ?」
「はい。まさかゴブリンまで出てくるとは思いませんでした」
「え? ゴブリン?」
「え?」
「え?」
部屋の中に沈黙が降りる。
先ほどのヒエクラストさんが「罠は幻影魔法」と言っていたからてっきりゴブリンもそうなのかと思っていた。でも、そうじゃなかった……?
生き残れたからいいとは言え、もしカナタがゴブリン達を倒せるほどの強さでなければ僕達はあの場所で死んでいたことになる。あの時の事を思い出してしまって背中から嫌な汗が流れた。
「まさか……ゴブリンは本物……」
「い、いや、まぁモンスターがわくことぐらいあるよね? ね?」
「『ね?』じゃないですよ! こっちは命懸けだったんですよ!? 死ぬかもしれなかったんですよ!?」
「わ、悪かったって」
そんな二人の会話になにか思うところがあったのか、シエラさんが僕とカナタの方へと顔を向けてくる。そして、門の前での時のように再び頭を下げた。
「本当に申し訳なかった。君達を命の危険に晒してしまったことを改めて謝る」
正直に言うと、もう謝らなくていいから行動で示して欲しい。
過ちを犯して謝るだけなら誰でもできる。問題はその反省や後悔、申し訳ないという気持ちをどれだけ行動として表せるかが重要だ。……とイリアさんが言っていた。
「だからいいですって。生きているんですから」
「例え生きて帰ったとしても、一般人を危険に晒したことは咎められなければならない。私が呼び出したのはそのことについてだ」
「はい……」
横からダオスの声がかかり、シエラさんが連れてこられた猫のように大人しくなる。相当参っているらしい。
「シエラを一週間の謹慎とする」
「わかりました」
あまりに罰が軽い気もするが、シエラさんへの要求の分が引かれているのかもしれない。まぁ、そういうことなら別にいっか。結構大きい要求を叶えて貰う訳だし。
「さて、ここからは私の個人的な話だが、カミヤ君は腕の良い剣士みたいだな。こっそり観察させていただいた」
「……どうも」
ダオスさんが一息吐いた後にカナタへと興味深げな視線を向ける。あ、これ知ってる。興奮したカナタと同じ時の目だ!
「あのゴブリンの一群をほぼ一人で片付けてしまうとは。騎士団でも一人であそこまでできる人間はなかなかいないよ」
「そうなんですか?」
不思議そうに言ってるけど、本当だからね? カナタがやったことはとんでもない事なのに自覚がなさすぎだよ。こっちの世界のことをあんまり知らないから仕方ないんだろうけど……。
「そこでだ。もしよければ君を騎士団に向かえ入れたいと思うのだが、どうかね?」
「本当ですか!?」
いや、駄目でしょ! と思わず口に出しかけるが、すんでのところで止める。
僕は今までカナタを元の世界に返すために頑張って来たけど、一番尊重したいのはカナタ本人の意思だ。僕はカナタが元の世界に帰りたいと思っているのだと、勝手に想像していた。だけど、カナタはこの世界を楽しんでいる節がある。もしかすればカナタは元の世界に帰りたいと思っていないのかもしれない。ここでカナタが騎士団に入るのなら、それはカナタが望んだ事なんだから止めるべきじゃないだろう。
僕がそんな事を考えているとも知らないカナタは目を輝かせながらダオスさんへの返答をどうしようか迷っている。だけど、なにかを決めたのか、一度目を瞑ると目の奥の輝きはなくなっていた。
「いえ、せっかくのお誘いですが、お断りさせていただきます。あいにく別件でバグザムに来ておりまして」
「そうか。ならしょうがない。手放すには惜しい人材だが」
ダオスさんは惜しそうにそう言うが、本気で引き抜けるとは思っていなかったのか顔には笑みが浮かんでいる。
「今回の件は、我々が巻き込んでしまったと言ってもいい。そこで君達を客人としてもてなしたい。先程シエラに宿を提供するよう言っていたようだが、こちらで準備しよう」
「ありがとうございます」
「シエラ。この子達を客間に連れていってくれ」
「承知しました」
「アーティルとヒエクラストはここに残ってくれ。昇格試験について話がある」
『わかりました』
かなり濃い一日だったけど、ようやく終わった。色々な事が起こりすぎて今日はもう疲れた。ダオスさんの威圧感によって何処かへ消えていた眠気がまた戻ってくる。
シエラさんの後ろについて部屋を出てしばらく歩いていると、急に視界が揺れる。自分で思っていた以上に疲れていたようで足に力が入らない。そこで僕の意識は途切れてしまった。




