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第八話 第三王子との遭遇

「たああああ!」


 ユリエラが打ち込み、ヒカリは剣で受け止めた。腕力で簡単に押し返せるが、力持ちだと絶対に知られたくはない。ギリギリを装って押し返し、後ろに仰け反らせる。同時に、ヒカリは駆け出し、首元に剣を向けようとした。だが、思ったよりも早く体勢を立て直され、頭上を飛び越えられる。振り返ったと同時に、ユリエラがヒカリの顔に剣を向けた。


「そこまでだ」


 クロウが止めると、ユリエラはにやりと笑んだ。ヒカリは、その場に座り込む。


「ふふ、まだまだね。新米」

「弟子相手に十五分。かかり過ぎだ」

「わ、わざとよ! 新米が成長するためにも、長い時間をかけてやったほうが身になると思ったの!」


 クロウは、目を細めてユリエラを見つめる。明らかに疑っていた。


「ほ、本当よ!」


 ユリエラが怒鳴り気味に話すのを無視し、クロウはヒカリを見やる。


「弟子、甘すぎる。首元に突く癖を直せ。斬風で止めを――」


 ヒカリへの指摘を止めたクロウは、遠くからこちらに視線を送る男女を睨んだ。赤髪の男性は背が高く、無表情のまま、ポケットに片手を入れている。


「あの人は?」

「アウディ様……この国の第三王子。で、お気楽な女がフェーリッヒ。アウディ様の武官よ」


 ヒカリは、帝王に謁見したときを思い出す。アウディが何らかの研究を行い成果を出している、と言っていたことを。


「私たちの敵よ」


 私たち、は第一王子ウィル・第二王子レインを示しているのだろう。つまり二人は、第三王子アウディと敵対している、ということになる。ヒカリは、同じような内容の乙女ゲームを遊んだことを思い返す。それは、王妃派の王子と妾妃派の王子がいて、ひょんなことから主人公が、二つの派閥争いに巻き込まれていく物語だ。おそらく、この国でも同じような派閥争いが繰り広げられているのだろう。


「おーい、ユリたーん!」


 可愛らしい声の主、フェーリッヒはこちらに手を振りながら歩いてくる。太陽のような笑みを浮かべながら。


「ちょっと、その名前やめなさいよ!」


 敵同士であるはずだが、そんなふうには見られない。フェーリッヒがヒカリを見ると、小さく手を振った。ヒカリは頭を下げながら、彼女を見つめる。瞳はぱっちりと大きく、黒髪を巻いている彼女は、一言で表すと癒し系である。しかし、前が開いた黒いコートから、グラマラスな体つきを覗かせている。それは、ヒカリが憧れる体型であるため、彼女に対して嫉妬心が芽生える。


「君が噂のヒカリんかあー! あたしはフェーリッヒ、よろしく!」

「よ、よろしくお願いします」


 ユリエラはヒカリの前に立ち、フェーリッヒを睨み付けた。


「あんた、何しに来たのよ」

「偵察に来たんだー! うちの殿下が気になってるからさ。急に入って来た武官はどんな人なんだってね。そういうわけだから、よろしくね、ヒカリん!」


 変なあだ名をつけられたヒカリは、苦笑した。アウディは、正直に話してしまったフェーリッヒに呆れ、溜息を吐く。


「昼の稽古は終わりだ。解散」

「えー! ちょっとだけ見せてよ、お願い!」

「弟子、俺について来い」

「は、はい!」


 偵察に来たと分かっている上で、手の内を明かす者はいない。フェーリッヒの懇願も空しく、クロウはヒカリを引き連れて、その場を去った。アウディの横を通る際、クロウは彼を睨む。


「帝国祭が楽しみだ。なあ、最強の剣士とやら」


 アウディは不気味な笑い声を漏らす。クロウは無視し、ヒカリと共に城内に入った。


「あの、帝国祭とは何でしょうか?」

「国の平和を祝う祭りだ。だが、今回は……」


 クロウは、言っていいものか悩む。


「今回は?」

「継承者が発表される。帝位を継ぐ者がな」


 継承者の候補は、ウィル、レイン、アウディの三人が考えられる。そして、継承者を決めるのはおそらく、帝王なのだろう。謁見したときの話によると、ウィルに比べてアウディは着々と研究の成果を出しているそうだ。このままでは、アウディが継承者に選ばれる可能性が高いように思える。アウディも同じように考えているため、帝国祭が楽しみだと自信ありげに話したのだろう。


「ウィル様は、選ばれるのでしょうか?」

「さあな」


 クロウは、俯きながら歩いている。しかし、無表情なので、何を考えているのかさっぱりわからない。

 ヒカリを自室まで送ると、クロウは中に入って扉を閉めた。そんなことは初めてだったので、ヒカリは目を見開いた。


「お、きゃえり、みゅー!」


 ベッドの上で辞典を読んでいたアメノは、ヒカリに近寄り、足に抱きついた。ヒカリは抱き上げると、頭を撫でる。


「ただいま、アメノ」

「アメノ、か」


 クロウはアメノを凝視する。クロウは観察しているつもりだったが、アメノは睨まれているように感じたらしい。怯えて、ヒカリの後ろに隠れる。


「……」

「あの、師匠、なにか用があるのでは?」

「……ああ、そうだ」


 クロウは、ヒカリに視線を戻した。硬派な見た目によらず、アメノを好きなのだろうか。


「魔力の鍛錬は行わない。本を渡す。自室でやれ」


 クロウはコートのポケットから、小さな本を取り出して渡した。


「これを参考にしろ」

「どうしてやらないんですか? 強くなるためには教えてもらわないと……」

「危険だからだ」


 先ほどのように、フェーリッヒやアウディに知られたくないからだろうか。


(この国で、水の魔力を使える奴はいねぇ。その状況で、お前の魔力が水だと知られたらどうなる? 注目を浴び、狙われることは間違いねぇ。適格者だとばれなくてもな)


 クロウは、ヒカリに背を向ける。


「分からない事は答える。いつでも来い」

「ありがとうございます! ……あと、お聞きしたいことが」

「何だ?」


 聞いていいことなのかは分からない。だが、ヒカリは確認したいことがあった。


「ウィル様には、婚約されている人がいるのでしょうか?」

「なぜだ?」


 クロウが振り返ると、ヒカリの顔が強張った。彼が怒っているように見られるからだ。だが、ウィルを好きだから気になる、なんて本音を言えるわけがない。


「う、ウィル様の武官を務める以上、婚約者がいるのであれば、婚約者もお守りする必要があるかと思いまして」

「そうか」


 クロウが向き直ると、ヒカリは肩の力を落とした。


「いない」


 そう答えると、クロウは扉を開けて出て行った。その言葉に、ヒカリは心の中でガッツポーズをする。


「やった、私にもチャンスはある!」

(お前、俺の忠告聞いてねぇだろ! あいつに惚れるのはやめとけ)

「エクスレイドは剣だから、恋心を知らないでしょ? 好きな気持ちは、やめろって言われて、簡単にやめられるものじゃない。むしろ、もっと燃え上がるんだから!」


 エクスレイドが溜息を吐くと、呆れたように言い捨てる。


(……恋は使命の障害物。くそじじいの言ってた通りだな)

「くそじじいって誰?」

(何でもねぇ。とにかく、魔力を使える練習をするか。ゴリラ女子、俺が直々に教えてやるから感謝しろよ)

「この本があるからいいですー」

(おい、断るな! 読む時間が勿体ねえ。いいから剣を持て、まずは……)


 半ば強制的に、エクスレイドによる稽古が始まった。

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