第七話 決意
「あ……みゃお、みゅ!」
(アメノだってよ)
ヒカリは、アメノという可愛らしいウサギのような生物に、懐かれてしまった。町で魔獣に襲われ、瀕死のアメノを救い、此処までついてきたのだ。そしてアメノは、ベッドの上で分厚い辞典を読んでいる。
「よろしくね、アメノ」
ヒカリが頭を撫でると、もふもふしている。アメノはヒカリを見上げて、にこっと笑った。
「あーどっかの誰かさんと違ってすごく可愛い。ずっと撫でていたいわー」
(おい、それ俺に対して言ってんだろ。このゴリラ女子!)
「ご……あ……どし、みゅ?」
(ゴリラ女子? だってよ)
「アメノが変な言葉覚えたら、エクスレイドの責任だからね! ……ん?」
ヒカリは、アメノを見つめる。
「ちょい待ち。エクスレイドの言葉、聞こえるの?」
「みゅ!」
(お前、適格者じゃねぇだろ。どういうことだ?)
そのとき、前触れもなく扉が開かれた。ヒカリが驚いて視線を向けると、そこには第二王子のレインが立っている。
「れ、レイン様!」
ヒカリは慌てて立ち上がる。レインは、後ろ手に扉を閉めると、ヒカリの前に立つ。そして、頬を思い切り引っ叩いた。乾いた音が鳴り、ヒカリは頬に手を添える。
「兄上に怪我を負わせたのは、君だってね」
「みゅー!」
アメノはヒカリの前に立ち、両手を横に広げた。これ以上手出しをしないで、ということだろう。レインはそれを無視して、話を続けた。
「君は何のために此処にいるの? 地位のため? 金のため?」
ヒカリは、正直に答えたかった。魔獣を浄化するため、クロウから剣術を習うため、ウィルのためだ、と。
「……違います」
「そう。どうやって兄上に取り入ったのかは知らないけど、僕は――」
「一言、よろしいでしょうか」
堪忍の尾が切れたヒカリは、レインを見つめた。そして、疑問に思っていたことをぶつける。
「レイン様はなぜ、行動しないのでしょうか」
レインは、眉間に皺を寄せた。
「ウィル様を思っているのであれば、魔獣が町を襲撃した時は共に行ったり、軍を派遣したりすることができるはずかと」
第二王子という肩書があるのだ。第一王子には劣るかもしれないが、それなりの権力を持っていてもおかしくはない。しかし、レインは拳を握った。
「もし、それがしたくてもできない状態なら?」
ヒカリの胸倉を掴み、叫んだ。
「兄上の力になりたくてもなれない。僕には何の権限もない。ただ兄上の足枷として生きているだけだとしたら? 僕はどうすればいいんだ!」
「レイン様!」
ユリエラが入室し、ヒカリからレインを放した。
「レイン様、自室にお戻りください。彼の者が待機しておりますので」
「……」
「あと新米、ウィル様が呼んでいたわ。寝室に来るように、だって」
「わかりました」
去り際に、レインは振り返る。
「もし、もう一度兄上に怪我を負わせたら、容赦はしない。兄上がなんと言おうと、此処を追い出すから」
二人が去っていくと、ヒカリは無気力になり、ベッドに倒れ込んだ。アメノは頬に寄り添い、摩ってくれる。
(レインはやり過ぎ、お前は言い過ぎだな)
「だい……おーむ、みゅ?」
(大丈夫、大丈夫。こいつはゴリラ女子だからな)
「うっさいわ」
ヒカリは起き上り、化粧台の前に立つ。頬は未だに痛むが、一見ではビンタされたとは気づかれないだろう。アメノとエクスレイドを連れて、ヒカリはウィルの部屋に向かった。
「いらっしゃい。ふふ、君も来たんだね」
「みゅ!」
ウィルは、ソファーでくつろいでいた。ヒカリとアメノを座らせてから、紅茶を淹れて、二人に差し出す。ヒカリの膝上に乗るアメノは、紅茶に息を吹きかけて、一生懸命冷ましていた。
「昨日のことで、話があるんだ」
ウィルは、ヒカリを真っ直ぐに見つめる。その視線に、ヒカリの鼓動が高鳴る。
「エクスレイドを鞘から抜かないでと約束した。でも、君は抜いてしまったね」
「……はい」
「そのおかげで、この子と僕の命を助かった。だから、礼を言わせてほしい」
ウィルは軽く頭を下げた。
「私も、ウィル様に怪我を負わせてしまい、申し訳ございませんでした」
ヒカリは深々と頭を下げる。この国の武官は、主を守る為に存在するのだ。しかし、ヒカリは主を守るどころか、守られてしまった。そして、主に怪我を負わせるという大失態を犯した。
「これも私の力不足が原因です。なので、今後は私を庇う行為はやめてください」
「どうして?」
「ウィル様が怪我をされたら、悲しむ人が多くいらっしゃいます。それに、武官はウィル様を守る為にいます。ですから――」
「やめないよ」
ウィルは、紅茶を飲み終わると、口を開いた。
「僕は王族である前に、一人の人間だ。君も適格者だけど、一人の人間に変わりはないよね。人が人を助けるのに、地位や悲しむ人の人数なんて関係ない。そう思わないかな?」
「それはそうですが……」
「もし、やめてほしいと思うなら、僕よりももっと強くなって。そして、僕に庇わせるような行動は起こさないで」
確かに、その通りだ。ウィル以上に強くなればいい。しかし、稽古を行うだけで、ウィル以上に強くなれるのか。不安はあるが、ヒカリは何も言い返せず、ゆっくりと頷いた。
「話を戻すけど、やはりエクスレイドを鞘から出すのはやめてほしいんだ。今回は何もなかったけど、その剣を狙う輩はこの国に居るからね。そいつらに見つかったら、今の君は簡単に殺されてしまう」
「は、はい。出来る限り、出さないようにします」
「ありがとう。君は特別な魔力を使えるみたいだから、鍛えればエクスレイドでなくとも、しっかり戦えるはずだよ」
「あれは、エクスレイドの魔力ではないんですか?」
ウィルは、否定した。
「魔力は、人間が持っている力でね。この国の人間は火か風。王族は月の魔力を宿しているんだよ」
「そうなんですね」
ヒカリが、エクスレイドを睨む。
(いや、俺は嘘をついてねぇ! お前の魔力は水で、俺は適格者の魔力を倍増する能力があるんだよ)
「クロウに言って、魔力の鍛錬も組み込むように伝えておくよ」
「あ、ありがとうございます」
クロウの稽古は厳しいが、丁寧に教えてくれる。当初は否定的な気持ちを抱いていたが、今は前向きだ。ヒカリが紅茶を啜ると、エクスレイドは頼みごとをする。
(おい、こいつに聞いてくれねぇか。今まで戦った魔獣の特徴と、幼女型の魔獣と戦ったことがあるかってな)
ヒカリはカップを置き、ウィルに質問した。
「そうだね。今までは小型魔獣……人間より身丈が低い魔獣だけだよ」
ウィルは、カップを置いた。
「幼女型の魔獣は、戦ったことがないよ。そもそも昨日、初めて見たからね」
(そうか。じゃあ、人間のような魔獣はどうだ?)
エクスレイドの言葉を伝えると、ウィルは頭を振った。
「いや、見たことがないよ。役に立てなくてごめんね」
「いいえ、答えていただきありがとうございました!」
ヒカリは、うとうとしているアメノを抱えて立ち上がる。礼をすると、ウィルも腰を上げた。
「ヒカリ」
ウィルが傍に来て、愛でるように頭を撫でる。その行為に、ヒカリは緊張して固まってしまう。
「君は、僕にとっては希望だ。だから、絶対に死なせたくない。僕より強くなるまでは、僕の手が届く範囲にいてね」
「あ、ありがとうございます」
ヒカリは、改めて決意した。好きな人を、主であるウィルを守る為にも、もっと強くなることを。
自室に戻ると、エクスレイドをソファーに放った。
(さっさと上達してもらって、マリアージュを探さねぇとな)
「マリアージュってどこにあるの?」
(隣国のアマテラス王国だ)
ヒカリは聞いたことがない国名に、首を傾げる。
(あとお前、ウィルに惚れてるだろうが、やめといたほうがいい)
「なんで?」
(嘘をつかれているのに、気づかなかったか?)
ヒカリが考える仕草を見せると、エクスレイドは、呆れたように溜息をつく。ウィルが嘘をつくなんて、考えられない。それに、嘘だと疑うような言葉は話していなかったように思える。
(……まあいい。とりあえず、腕立て伏せを二百回終わらせるか)
「これ以上力をつけたくないけど、仕方ないね」
ヒカリは、床に両手を置き、クロウに指示された自己鍛錬を始めた。




